鳥蟹合戦

「ヤ国の王、ミヤビヤカニよ。われわれに力を貸してほしい。ともに、鳥と戦おうではないか。そうして、捕虜にした鳥を焼き鳥にして食べてしまおう。そうでもしないと、たくさんの蟹を水揚げされてしまったわれわれ族の気持ちは救われない」


「イ族」と「遺族」の掛詞かけことばを雅やかに感じたミヤビヤカニは、イカニの願いをすんなり聞き入れた。「よろしい。われわれヤ族も、鳥貴族の連中には長年悩まされてきた。いまこそ力を合わせ、鳥たちに一矢報いるときだ。それに、の焼き鳥は手頃で美味しいと聞く。食べるのが楽しみではないか」


 こうしてイ国とヤ国は一時休戦し、鳥貴族を打ち倒すべく同盟を結んだ。民族の垣根を超え、蟹たちの心は一つになった。


 ところが、である。そんな蟹を嘲笑うかのように、鳥貴族はすでに次なる作戦を実行に移していたのである。


 ちょうど、イ族とヤ族の蟹が、ヤ国の中央広場に集まって作戦会議を始めた頃だった。議長として会議を取り仕切っていたミヤビヤカニは、唐突に後ろから背中をつつかれて、びっくりして飛び上がった。「わっ」


「父さん。僕だよ。スコヤカニだよ」


 そこにいたのは、ミヤビヤカニの二匹の息子、スコヤカニとノビヤカニであった。ミヤビヤカニは胸を撫で下ろした。「なんだ、お前たちか。一体、何の用だね。いま、お父さんたちは大事な会議をしているところだ。すまないが、後にしてくれないか」


 スコヤカニは鋏を横に振った。「父さん。違うんだ。僕たちは、大事な話があって来た。作戦会議なんかよりも、ずっと大事な話なんだ」


「どうしても、いまでなければ駄目なのか」


「そうなんだよ。とっても大事な話さ」ノビヤカニも言った。「この話を聞いたら、作戦会議なんかしてる場合じゃないってことに気づくはずだよ」


「どういう意味だ。まさか、キラビヤカニの身に何かあったのか」身体の弱いキラビヤカニが重篤な病に倒れたのではないかと、一瞬ミヤビヤカニは身構えた。


「違うよ」即座にスコヤカニが否定した。「もっと重要なことさ。父さんも本当は気づいているんだろう?」


「何のことだ」


 ミヤビヤカニが問うと、スコヤカニはくすくす笑い始めた。


「父さん、もしかして本当に何も気づいていないのかい。まったく驚いたね」


「所詮、蟹っていうやつはこの程度の知能しか持っていないってわけさ」ノビヤカニは嘲笑して言った。「だって脳には蟹味噌しか詰まっていないんだもの」


「何だその口の利きかたは。お前たち、どうかしてしまったのか」


「まだ気づかないのかい、僕たちの正体に」


「ならばご覧いただこう。これが僕たちの正体だ」


 スコヤカニとノビヤカニが、自らの殻をぱりぱりと剥がし始めたのと同時に、地響きがして辺りが砂煙に覆われた。


「どうしたことだ」何やら身体に違和感を覚えたコワイカニが、藻掻も が くように身体を動かすと、頑丈な紐のようなものがまとわりつくではないか。慌てて周囲の蟹の様子を見ると、どの蟹にも同じように紐のようなものが絡みついている。コワイカニは叫んだ。「此は如何に!」


「何ということだ!」事態を把握したミヤビヤカニが叫び返した。「これは蟹漁をするための網だ!」


 ミヤビヤカニは網から逃れようと必死で藻掻きながら、息子たちを目で探した。しかしスコヤカニの姿もノビヤカニの姿もすでになく、ただ蟹の殻のようなものが散らばっているのが見えるだけだった。


 ミヤビヤカニは、はたと気づいた。


 スコヤカニとノビヤカニに見えたあの二匹は、実は蟹の殻に入っていたスパイだったのである。


 実は、鳥貴族が戦争時の混乱に乗じてスパイを潜り込ませていたのは、イ国に対してだけではなかった。ヤ国にも、鳥貴族から派遣された侵入者がいたのだ。水びたしでも生きていける体質を持つシットリとジットリという兄弟の鳥である。


 シットリとジットリは、ヤ国にこっそり忍び込むと、それぞれスコヤカニとノビヤカニに化けて、まんまと国の中枢へ潜入することに成功していたのである。そしてシットリとジットリは隙を見計らって、あやとりを得意とするアヤトリの作った網を、ヤ国じゅうに張り巡らせていた。この網を使うことで、いま、鳥貴族は蟹を一斉に引き上げることに成功したというわけだった。


 ミヤビヤカニがさらによく辺りを見てみると、ジカニ、マジカニ、ミジカニ、テミジカニの四匹からなるジ族の蟹が、イ国ともヤ国とも関係ないくせに野次馬として戦争を見に来ていたせいで、網に巻き込まれているのが見えた。


「戦争を直に観察したいと思ってここに来たら、とんだ災難に巻き込まれてしまった」とジカニは嘆き、「戦争を間近に見てみたいなんて思わなければよかった」とマジカニは後悔し、「戦争を身近に感じたいなんて馬鹿なことを考えた」とミジカニは頭を抱えたが、いまさら何を言っても遅かった。鋏で網を切ろうとしても、頑丈に作られていて切ることができない。なすすべもなく、蟹たちはぐんぐん上昇していった。ちなみに、この一生を手短に終わらせたいと考えていたテミジカニだけは、「災難に巻き込まれてちょうどよかった」と喜んでいたという。


 かくして、イ国とヤ国の蟹は、一匹残らず網で水揚げされてしまった。

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