第41話 賢者モードと放置プレイ

 行くところまで行ってしまいそうだったベッドの上での出来事は、俺が有菜をハグしたことで一旦終了した。


 かなり盛り上がってしまったと思う、今はお互いベッドの端にちょこんと座り、前を見つめている。


 まだこちらは男のナニの収まりが悪い。


 一瞬だけ隣を見ると、白く綺麗なうなじに玉の汗を垂らしている。


 危ない……今でもまだ油断してはいけない。

 なんだか気まずさもあるし、このままトイレに直行しよう立ち上がった。


「ちょっとトイレ……」


「私が先」


「え……あ、うん。どうぞ」


 仕方ない。

 レディーファーストの精神で譲ろう。


 目の前を通り過ぎた有菜の横顔はまだ紅潮していた。

 扉に向かっていく背中は服越しでも分かるほど汗で濡れている。


 それを見た俺は思わず唾を飲み込み、喉を鳴らしてしまった。


「ちょ〜っと待っててね」


 こくりと頷くしかなかった。

 何を待てというのだろう。


 有菜が出て行ってから数分間、ぼーっとしていた。


 しかし、全然帰ってくる様子がない。


 トイレは一階だ。

 もしかしたら一階のフロアをぐるりと歩き回り、懐かしんでいるのだろうか。

 出る時に部屋の扉を閉められたせいか音は聞こえない。


 そのまま扉を見つめていると、やっと開いて有菜は帰ってきた。


 憑き物が取れたようなスッキリした表情だ。

 真っ赤になっていた頬は普段の白さを取り戻し、学校で見かける有菜そのもの。

 少しばかり肌ツヤが良さそうに見えるのは、さっきまで汗をかいていたせいか。


「ふぅ! スッキリした」


「……? お、おう。んじゃ俺トイレ行く」


 トイレでスッキリしたらしい。

 ただ、このタイミングでそれを言われると別のナニかをしていたように聞こえてしまう。


 立ち上がり、扉の方に向かう。

 有菜と通りすがった瞬間、落ち着いたトーンで囁かれた。


「……勇緒はすぐに帰ってきてね」


 当たり前だ。流石に抜かない。臭いでばれそうだし。

 そんなことを聞くそっちは一体何をしていたんだ、と追求したい気持ちをグッと堪えてドタドタと慌てたように下に降りていった。


 そしてトイレの中に入る。

 まだ有菜の甘いシャンプーの匂いがした。


 いつもと変わらない家、所詮そのトイレの中だというのに幼馴染の残り香だけで脳が蕩けてしまいそう。


 立って用を足すと飛び散るから、座ってする。

 ところが今度は便座に残るほのかな温もりを感じて、なんとも言えない背徳感に襲われた。


 結局、我慢することは出来なかった。



 ▽ ▽ ▽



「すぐに帰ってきてって言ったのに」


「ちょっとな……まぁお互い様だろ」


「え……何言ってんの!?」


 せっかく陶器のように白くなっていた頬をまた赤く染める有菜と、賢者モードの俺。


 確かに失言をしてしまったが、今の俺は無敵だ。

 全ての事象に対し冷静に対応できる気さえする。


「すまない、今のは忘れてくれ」


 一応謝っておいた。

 すると有菜は一瞬、顎に手をやり何かを考えている。


 そして俺に近づくと犬のようにスンスンと首元の匂いを嗅ぎながら、ぐるりと一周。

 前から後ろまで、丁寧に臭いをチェックされてしまった。


「ふ〜ん、勇緒……体臭が濃いね。小さい頃は全然臭わなかったのに」


 大丈夫だ。

 今の俺ならこれぐらいの攻撃はかわしてみせる。


「やったな? 俺も嗅いでいいか?」


「駄目っ! 変態でしょ!」


「先にやったヤツが言うなよ」


「じゃあそれも忘れて! ほらほら、パソコンで凛ちゃんに会わなくていいの?」


「あぁ、そうだった」


 はぐらかされた感じがしたが、俺も変態認定はされたくない。


 ダンボールスペースにあるパソコンの前に座った。

 電源を入れ、いつもの操作していく。


 ────『コルネット』ログイン。


 有菜は後ろから興味深そうに覗き込む。


 曰く、『実況』と言っていたこと、それの大体の察しはつく……。

 恐らくアオと遊んでいる間に横から何かされるんだろう。具体的な何かまではわからないが、そこまでする必要はあるのか。


「有菜……あのさ。もういいんじゃないのか?」


「もういいって何? 勇緒、私は分かってるんだよ」


 耳元、後ろから呟くような声量だが、どこか確信めいた言い方だ。

 俺は首を捻って顔だけで振り向いた。


「え? 分かってるって……?」


「凛ちゃんのこと、本気で好きになりかけてたよね?」


 バレていた。

 アオに対する気持ちの変化、きっと、その機微の全ても。

 これは自分の中で消化しようとしていた。いや、するべきだと思っていた。


 有菜の宝石のような大きな瞳に見つめられる。

 そこに映っているのは情けない俺の顔。


「ご────」


「謝らないで、そんなの聞きたくない」


 ピシャリと言われてしまった。

 何を言っていいかわからず、黙るしかない。

 有菜は続けて話す。


「頑張って言い訳してよ。それなら私も我慢できる……から」


「言い訳って、逆に良くない気がするんだけど……」


 なぜか有菜は段々と弱々しい言い方になっていく。


「ううん、だって他の人にちょっとの目移りするぐらい、カップルでも結婚してても当たり前。だと思うし……」


「…………」


「思い付かないなら、我慢する……。自分でもビックリするぐらいその……独占欲が強いだけ、だから」


 秘めていた独占欲を吐露した有菜。


 元々はこういう性格じゃなかったかもしれない。

 俺たちはお互いに、例の事件で心に深い傷を負っている。きっとそのせいだと思う。でなければ付き合っていない状態で、ここまでのことは言えないだろう。


 普段は自信に満ち溢れている、学校一の美少女。

 彼女はその実、幼馴染が違う女の子を見るだけで不安になったり、嫉妬したりしてしまうようだ。


 きっと本当は言い訳も嫌なんだろう。

 思わず謝りそうになるが────。


「ご……こほんっ、アオはでも悪くなくないか?」


 そう言うと、弱々しかった有菜は再び、瞳に力を宿していつもの調子に戻った。


「善い悪いの話じゃないの! 同情が心変わりになっちゃったらどうするの! 恋って残酷なんだよ!」


「残酷……か」


 確かに付き合ったとしても、結婚したとしても、人の気持ちなんて変化するもの。


 俺が今以上にもっと有菜のことを好きになれば、少しの目移りさえしないだろうか……。


 そしてふとパソコンの画面を見ると、既にコルネットにプレイ中になっていた。


 二日前にログインしたときはアオとチャットしながらも狩場にいた。

 だから俺のキャラクターは今、モンスターから攻撃されまくって死んでいる────はずだった。


 しかし、確認したHPは全く減っていない。


 誰かがずっと、回復魔法を掛けてくれていたようだ。


 画面左上にはメッセージが来ているマークもある、下にはチャットウィンドウ。

 そこにも『isaoman』宛にチャットが来ていて、何から手をつけていいか悩む。


『ao≫いつまで放置してるんですか(´・ω・`)』

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NTRノート◆書かれた人は寝取られる◆学校一の美少女は書かれた腹いせに幼馴染の俺の名前を書いたようです 荒ぶる米粒 @mafukal

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