雑誌と文庫本

酒井カサ

第『拾』話 YONDA?

 キオスクで雑誌を買って、教室で読んで、駅のホームで捨てる。

 僕の高校生活はそんなルーティンの集積だった。


 代わり映えのしない授業は嫌いで。つまらない話をさぞ大切そうに語る同級生が嫌いで。そんな彼らを遠巻きに眺めることしかできない自分が嫌いで。

 自分を含めた全てを疎まないと生きていけないことが嫌だった。

 だから、無関心を装うための道具が必要で、一番手軽だったのが雑誌だった。

 ゆえに雑誌を読むことが好きだったわけじゃない。週刊誌を読んでも面白いと感じることはなく、ただページをめくる行為と化していた。けれど、時間は確実に経過していて、気づけば高校生活も残り六分の一となっていた。


 べつに意図的にやったわけじゃない。

 空き教室に読み終えた雑誌を置いていったのは。

 テストが近く、ロッカーにいれていた教材を持ち帰る必要が生じて、カバンに空きが欲しかった。たしかそんな理由だった気がする。空き教室の机は埃が積み重なっていて、指でなぞると小さな玉になった。見ているだけでくしゃみがでそうだ。

 また、周囲には過去、授業で用いたであろう教材が散乱しており、たとえここに雑誌が一冊紛れ込んでいても誰も気づかないであろう状況だった。故に捨てた。


 三日後。

 この日は柔道着を持ち帰るために立ち寄った。雑誌といえども教科書以上にかさばった。捨てて帰れるのはありがたかった。それに教室のゴミ箱に捨てると、学級委員長がうるさい。彼は学び舎に雑誌を持ってくることにも難色を示している。受験期に入り、神経質に磨きがかかった彼を刺激したくなかった。そうして今日の雑誌を昨日の雑誌の上に重ねようとして、気が付いた。

 先日の雑誌がなくなっていたこと。

 かわりに一冊の文庫本が置いてあったこと。

 その文庫本はコピー用紙にくるまれていて、表紙には『フェアトレード』と書かれていた。いや、なんでだよ。誰もいないのに口から漏れた。


 文庫本は持ち帰った。

 誰も使っていない空き教室にわざわざ置いていった雑誌を回収し、かわりに文庫本を置いていく変人がこの高校にいるという事実がどうにも嬉しく感じた。通っている高校はいわゆる自称進学校で、ここにいる連中は未来にしかピントがあっていない。愉快な特技を持っていてもココで発揮しようとは思わない。

 ゆえに興味がわいた。久しぶりに。


 一日後。

 心臓が高鳴っているのを感じる。学校のなかにいるにも関わらず。

 理由には心当たりがある。謎の人物から押し付けられた本が面白かったこと。そして、この本を誰かに薦めたいという意思を持ち、それを実行した人物がいるということ。灰色だった校舎がすこしだけ色を付けた。

 そして、思った。もう一度雑誌を置いていけば、文庫本が手に入るのでは、と。

 もう一度、この気分を味わえるのでは、と。

 しかし、今回のトレードが行われたのは偶然であり、二度叶うものではない可能性も高い。このまま、空き教室に行かないという手段もあるのではないか。

「……でも、やっぱり賭けてみたい。トレードができることに」

 僕はトレードは成功すると思う。

 だって、僕が唯一、捨てずにとっておいた雑誌を置いていくのだから。

 きっと、楽しんでくれると思うから。


 そうして、僕は空き教室の扉に手をかけた。

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雑誌と文庫本 酒井カサ @sakai-p

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