第11話 帰宅と再会

「そういえば母さん、あそこの河鹿ってもしかして……」




 オスカーはマリアと共に家の方へ歩きながら、花園に佇む河鹿と呼ばれた大きな青い鹿を指差した。


 河鹿とは、普段人の立ち入らないような深い森の中にある清らかな川や泉に住む精霊獣の事だ。滅多に人に懐かず、契約を結ぶことなどもほぼ無いため、「幻の精霊獣」、「精霊獣の長」などと呼ばれている。鳴き声は美しく透き通っており、古来より多くの人々を魅了した。




「ああ、そのまさかさ。もっとも、今は少し出掛けているがな」




 マリアはすこし微笑みながらそう答える。




「さてと、改めて言おうじゃないか我が息子ギルベアド……いや、オスカー。そして、我が孫ヘレナ……お帰り」




 マリアは家の前まで来るとヘレナとオスカーの方へと振り返り、心底嬉しそうな顔でそう言った。




「ああ、ただいま!」


「ただいまー!」




 オスカー達もそう返事する。




「疲れたろう、ゆっくり休むと良い」




 マリアはそう言って家の扉を開く……が……




「はぁ……母さん、どう休めと?」


「うわー! すっごく散らかってるー!」




 家の中は本やら実験器具やら得体のしれない薬品やらが至るところに散乱し、散らかり放題になっていた。




「片付けが絶望的に苦手なのは僕の性分だ、仕方ない!」




 そう言ってマリアはなぜか誇らしげに胸を張る。




「いやそんなに堂々と言われても……」




 オスカーはため息をひとつつくと、




「やるしか無いか……せっかくゆっくり休めると思ったのになぁ……」




 と言って家のなかに入って、片付けを始めた。




「ヘレナは危ないから入ってきちゃダメだぞ。あと母さん、ヘレナとちょっと遊んでてくれ、すぐ片付けるから」


「はーい!」


「わかった、任せておけ!」











「やっと片付いた……」


「おとーさんお疲れさまー!」


「おおー! 流石はギル、僕は久しぶりにこの家の床を見たぞ! 流石は息子だ!」




 結局、オスカーが片付けを終える頃にはもう日が傾き始めていた。夕日が家を囲う森の木々から差し込み、西の空は赤く燃えている。




「さぁ、片付けも終わったことだし夕飯にしようか」


「わーい!」




 そう言ってマリアとヘレナが家に入ってくる。どちらもオスカーが片付けをしている間に作ったのだろう花冠を頭に着けている。




「はい! おとーさんにもあげる!」




 ヘレナはそう言ってオスカーの頭にも花冠を被せる。




「ありがとう! ヘレナは優しいなぁ」


「えへへ~」




 オスカーにそう言われてヘレナは少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしている。


 そんなときだった、




「お母さん! 外にシュバルツが居るんだけどもしかし……て……」




 そう言いながら力強く開け放たれた扉の向こうには、オスカーのよく知る女性が立っていた。真っ白なマントを羽織り、腰には細身の剣を帯びた、短い銀髪の女性。耳はマリアほど長いわけでは無いが、少し先が尖っている。所謂ハーフエルフと呼ばれる、人間とエルフの混血だ。




「よう、久しぶりだな。元気にしてたか?『アンナ』」




 オスカーはそのハーフエルフの女性の方を見、微笑みながらそう言った。




「兄さん……やっぱり生きてたんだ! 兄さん……」




 そう言ってアンナと呼ばれた女性は口元をおさえ、涙を浮かべる。




「おう、俺は生きてるぞ。もっとも、ギルベアドとしての俺は死んだけどな」




 そう言って立ち上がり、アンナを抱き締める。




「ただいま、俺の妹。アンナ……」


「うん、お帰り!」




 アンナはそう言って涙を押さえて、無理矢理笑う。


 そんな中、ヘレナはポカンとその状況を見つめる。




「ああそうか、まだ言って無かったな。こいつはアンナ、俺の妹だ」




 抱擁を止めたオスカーはヘレナにそう言う。




「おとーさんの妹?」


「そう、俺の妹。ヘレナにとってはおばさんになるな」




 オスカーはそう説明していると、




「え……ちょ、兄さん!? この子誰!?」




 アンナがヘレナに気づき、声をあげた。




「おっと、そうだった。こっちはヘレナ。俺の娘だ。ほらヘレナ、挨拶しようか」


「こんにちは! ヘレナです!」




 ヘレナはにっこり笑いながら元気に挨拶をする。




「え、ええーー!? む、娘ーー!?」




 アンナはそう、驚きの声をあげた。

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大烏~カラスと娘と旅する世界 かんひこ @canhiko

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