ぼくらのデスゲーム

てこ/ひかり

第1のゲーム

『それではこれから皆さんに、私と読者と仲間たちで殺し合いをしてもらいます』

「は……!?」


 教室にどよめきが走った。

 僕らのデスゲームは、そうしてスタートしたのだった。



「デスゲーム?」

「何それ?」

 さざ波のように、教室に疑問の声が広がっていく。教壇に登った、黒い仮面の男が嗤った。


『何、深い意味はありません』


 5時間目も終わりかけた今日この頃。窓の外は、雲ひとつない青空だった。突然黒いスーツの男が教室に乱入して来て、持っていたショットガンで担任の頭を撃ち抜いた。そして僕らは、武装した男にスマホやタブレット端末と言った通信機器を取り上げられたのだった。


『強いて言えば、そうですね……』


 仮面の男は、少し考え込むように顎に手をやった。


『ますます発展していくインターネット、情報社会。

 今では子供からお年寄りまで、個人が誰でも自由に情報を発信できる時代になりました。


 しかし現実をご覧なさい。その実情はどうか。

 ネット私刑、誹謗中傷、指殺人、海賊版、個人情報の無断流出……。

 上げればキリがない。自由と言うの名の無法地帯。あまりにも残忍で利己的な発信者が多すぎる! そこで我々【組織】は無能な発信者、情報弱者を減らすため!!


 皆さんに殺し合ってもらうことに決めたのです!!!


 ……とか、今この場で、適当に理由をでっち上げることは簡単なのですが』


 そう言って男は肩をすくめた。


 僕は生唾を飲み込んだ。教壇からは、真っ先に撃ち殺された担任の真っ赤な血が、床に絨毯のように広がり始めている。そのうちツンと鼻をつく鉄の匂いが教室中に立ち込め、僕は頭がクラクラして来た。


 僕は自分の席に座ったまま、突然やって来た殺戮者をじっと観察した。知らない男だった。少なくとも、あの大きな背格好はこの中学では見かけたことがない。両目の位置と、口元を三日月型にくり抜かれた仮面からは、その下に隠された表情までは窺い知れなかった。


 ”教室を、突然テロリストが占拠する”なんて妄想は良くする。これも妄想の延長線上なのかと思った。男は嗤った。


『要するにいつの時代もそれなりの理由をつけて、テロリストは日本の教室を占拠する。そしてデスゲームの幕が上がるのです。後は皆さんが円滑に、仲良く友達同士で殺し合ってくれれば、私はそれで満足なのです』

 それがのルールですから。

「んなバカな……!」


 僕の右隣の方から、悲鳴のような雄叫びが上がる。野球部のニシサトだ。クラスで一番ガタイの良い彼が、弾かれたように立ち上がった。


「そんなフザけた理由があってたまるかよ……! だいたい、”読者”って何なんだ!?」

 ニシサトの声は、震えていた。

『お教えしましょう。おっと。逃げようだなんて考えない方がいい』


 男が持っていたショットガンを素早く入り口に向けた。きゃっ、と悲鳴が上がり、一番扉に近いところにいた女子生徒……ミヤザキさんがその場にしゃがみ込んだ。どうやら仮面男が演説しているうちに、こっそり逃げようとしていたらしい。


『……無駄ですよ。廊下には私の仲間たちが待機しています』

「ウソ……!?」

『本当です。ゲームから無断で逃げようとすれば直ちに射殺します』

「ひッ……!?」


 口調は変わらなかったが、男の声には不気味な凄みがあった。

 すると、その言葉を待っていたかのように廊下の方からザッ、ザッ、と聞きなれない靴音が聞こえて来た。曇った窓ガラスの向こうに、ぼんやりと黒い影が浮かぶ。

 1人、2人……いや、もっとだ。 ……ひょっとしたら、このクラスよりも多いかも。たちまち窓ガラスの向こうは人影で覆い尽くされた。それでミヤザキさんもニシサトも、クラスのみんなも僕も、誰も動けなくなってしまった。


『それでは改めて。実はこの中にひとり、”読者”がいます』

「は……!?」

『”読者”とはつまり、我々が事前に仕込んだ内通者です。今この瞬間も、”読者”は私たちを観察している。この教室の中に潜み、さも『自分だけは安全だ』と言った顔でほくそ笑んでいる訳です』


 教室はシン……と静まり返ったままだった。


 みんな、ショットガンの銃口に釘付けで、男の話が全然頭に入っていないようだった。僕だってそうだ。耳のすぐ隣に心臓が引っ越して来たみたいに、鼓動がやけに頭に響く。喉はカラカラだった。ただふわふわとした意識のまま、男の説明を聞いていた。


『良いですか? これは”情報戦”です。皆さんが手に取る武器は“情報”』


 プリントでも回すみたいに、全員の手元に真新しいスマートフォンが配られた。男が教室内に声を響かせた。


『今からこの教室では、合法違法問わず、指定のスマートフォンを使った如何なる行為も私が許可します。


【第1のゲーム】は、24時間以内に支給されたスマートフォンを駆使し、”読者”を探し出すこと。


 仮に”読者”が見つからなかった場合……』


 ドォン! ……とすごい破裂音がして、たちまち教室の天井が粉々に砕け散った。男が発砲したのだ。


「うわっ!?」

「きゃあああっ!?」

『……その場合、皆さん全員に、この担任のようになってもらいます』


 悲鳴が収まるまで、しばらくかかった。教室の中は爆発したような騒ぎになった。誰かがたまらず教室から逃げようとして、廊下にずらりと待機していた仮面の集団に、あっという間に制圧された。


『静かに! 皆さんが静かになるまで、5秒ごとに1人頭を吹き飛ばします!』


 静かになった。


『いいですか? 生き残れるのは、”読者”を見つけた者のみ。同じゲームが今、この学校の各教室で行われています。勝ち残った1人が、クラスの代表として、次のゲームに参加できるのです』

「つまり、”スパイ探し”ゲームってことか……」


 教室の隅で、誰かがボソリと呟いた。

 内通者。

 生徒のうちの誰かが、この仮面集団と事前に手を組んだ裏切り者なのだ。自分たちを隠れて観察している存在。ここで言う”読者”とはつまり、そう言う意味だろう。


 僕は支給された黒いスマホを手に取り……試しにこっそり警察に電話してみた。


 繋がらなかった。顔を上げると、いつの間にか仮面の男が僕の前に立っていた。


『その手の発信は、不思議な力で遮断されています』

「不思議な力?」

 男が自信満々に頷いた。

『ネット検索や情報発信は自由にできますが、外部に助けを呼ぼうとしたり、我々が不利になるような情報には、検閲がかかるのです』

「それってどこが自由なんだよ」

 何が情報戦だ。×××野郎が。

 ……と言い返したいところだったが、相手がショットガンを持っていたので今日のところは止めにしておいた。


 どうやら素直にこの巫山戯たゲームに参加するしか、道はなさそうだ。


 僕は諦めてスマホに視線を落とした。


 一見、普通のスマホと変わらない。

 動画アプリに、SNSもある。ただ普段と違うのは、妙な男たちにガッチガチに検閲されているってことだけだった。後で分かったことだが、動画や書き込みの公開範囲も、この学校の構内に限られていた。外からは見えないように、入れないように巧みに情報統制されていたのだった。


 そしてゲームが始まった。

 

 内通者探しゲーム。情報統制下の、不自由な情報戦。

 教室の中に潜む、殺戮者集団が用意した”読者”を見つけ出すこと。


 ”読者”を見つけなくてはならない。でなければ、僕らは全員死ぬ。殺される。

 もっとも生き残れるのも、この情報戦に勝った1名のみではあるが。


 この教室の中に”読者”が、僕らをじっと観察している奴がいる?


 ……本当にそんな奴、いるのだろうか。分からない。僕はこっそり周りを観察した。教室は、生徒の様子は昨日と変わらないように見えた。この中に裏切り者がいるのか? 本当に?


 何か確かめる術はないだろうか? 僕はじっと考え込んだ。

 広大な砂漠の中から、たった一粒のビー玉を見つけ出す方法が……。


「そうだ……!」


 僕はふとを思いつき、それから急いでスマートフォンを立ち上げた……。



「おい」

「何だよこれ」


 教室の中がにわかに騒ぎ出したのは、それから数10分後である。


「動画になんか写ってるぞ!」


 気づいた誰かが叫んだ。みんなが一斉に動画アプリを立ち上げて、僕がアップロードした動画を見た。


「これって……」

「教室?」

「私たちの教室だわ。ライブなの?」


 僕がアップしたのは、この教室内の様子を撮影したものだった。

 動画だけじゃない。用意されたSNSの掲示板に、イラストや漫画投稿サイト、小説投稿サイト『カクヨム』に、今の状況をできるだけ克明に描写して添付した。


 教室に囚われた全員が、その動画や掲示板の書き込みを共有した。


「これで”読者”が増えた……」


 上手くいった。僕は拳を握りしめた。”裏切り者”探し。教室砂漠の中で、誰が裏切り者ビー玉かは分からない。だったら、砂漠の砂を、全部ビー玉に変えてしまえばいい。


「確か……発見者と読者がゲームクリアー、だったよね?」


 僕は仮面男を見据えながら、静かに言った。男は黒板に背を預け、黙って僕の方を見ていた。


「少なくともこのクラスは……たった今全員が”読者”になった」


 これで生徒全員で、ゲームクリアーだ。情報の共有。白から黒を炙り出すのではなく、全員を黒に染めることで。少なくともこのゲームは、もらった。もちろん同じ方法を他のクラスにも教えて、共有した。これで学校内の、【第1のゲーム】の犠牲者を大分減らすことに成功したはずだ。助かった。それが分かってくると、教室内が、いや構内全体が徐々に活気付いて来た。


『……いいでしょう』


 仮面の男は、ショットガンを肩に構えたまま、面白くなさそうに吐き捨てた。


『だけど次は、そう甘くはありませんよ。【第2のゲーム】は……』

 

 男が説明を始めた。動かなくなった担任を足蹴にしながら。


 今にして思えば、他のクラスにもこの作戦を共有したことで、後々波紋を呼ぶことになってしまうのだが。それはまた、別の話である。この時点で僕らのデスゲームは、まだ始まったばかりだった。


《続く》

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