創作はブレス

上月くるを

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 いろいろな出来事が一度に重なったせいか、生物の一個体としての呼吸の仕方を思い出せなくなったとき、文字どおり命がけのネット検索で辿り着いた心療内科医がケイコに助言してくれました「あなたはやはり文章を書きつづけるべきです」。


 といっても、カサカサに潤いを失くして老人のようになった心身の快復にかなりの歳月を要し、ようやくその気になったのが、ちょうど1年前の春のことでした。


 けれども、なまじ業界の内情を知悉ちしつしているだけに、書籍にせよ雑誌にせよ新聞にせよ、だれかが(企業にせよ個人にせよ)家を何軒も買えるぐらいの巨額のリスクを負わなければ成り立たない、紙の媒体に頼る気にはなれなかったのです。


 そんなとき、ネット検索で出会ったのがカクヨムという無料小説サイトでした。

 どこのだれとも知れない作者が書いた小説もどきなんぞ、時間と労力をつかってわざわざ読んでくださる方が、果たして世の中にいらっしゃるんだろうか……半信半疑のケイコでしたが、いらっしゃったんですね! そのことがまず驚きでした。


 最初は鳴かず飛ばずでしたが、毎日コツコツと連載をアップするうちに少しずつ訪問してくださる方が増えて来て、フォロワーという憧れの存在を自分のサイトに発見したときは、思わず「ありがとうございます!」PCを伏し拝んでいました。


 かくして、ほぼ1年余りが経過した現在は、歴史長編小説、エッセイ、俳句、詩もどきなどを連載しており、さらにアットランダムで掌編小説も加えたりなどし、流行作家でもないのにノルマに追われていますが(笑)、最初に心療内科の先生が見抜かれたとおり、おかげさまで心身の状態は極めて良好なケイコでございます。

 

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 なぜそんなに書きたいのか、という疑問を持たれる方もおいでかもしれません。

 仕事時代に身に着いた習性もあると思いますが、ケイコの内部で文章の執筆は、いっときその作法を忘れてしまった呼吸と同じポジションを占めており、とにかく書いていないと生命そのものが成り立たない仕組みになっているみたいなのです。


 さらに心の奥底を覗けば「愛されたいと歌っているんだよ」(桜井和寿「終わりなき旅」)のフレーズが引き出されて来ます。ケイコもまた、自分の紡ぐ拙い世界をどなたかに理解して欲しいのかもしれません。多くは望みません、ほんの僅少でいいので、この社会のどこかに共感してくださる方々がいてくださったら……。


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 ささやかな生の軌跡を残したいという連携した望みは「記された文だけがこの世に残ってゆく」(中島みゆき「伝説」)が代弁してくれているようです。現役時代のケイコは、書き手の魂魄である言葉が記されるのはどうしても紙であるべきだ、否、断じて紙でなければならない、かたくなにそう思い込んでいましたが、無力な一個人がどんなに抗おうとも、時代は夏空の積乱雲のようにムクムクと進歩と成長を止めない、そのことを、びしっと、痛く痛く思い知らされた現在はちがいます。


 かつての仕事仲間に「不易流行を称えていたあなたが……」と揶揄やゆされながらも、半永久的に記録が残るネットであるからこそ、ときには書き手の命そのものですらある言の葉を託すに足るツールなのだと、現在のケイコは迷わず信じています。


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 そんなケイコがいま、勝手な想像を巡らせて楽しんでいるのは、ネット作家仲間がつなぐリレー小説。カクヨム運営さんによる春の恒例イベント(であるらしい)KAC2021に投稿した掌編『恋』(お題「スマホ」)の続編を、個性ゆたかな作家陣にオムニバス形式で書いていただくという、新人らしからぬ生意気な発想(笑)です。


 舞台は地球あるいはどこかの惑星で、時代背景も、たとえば日本なら戦国へ飛んだかと思えば江戸を通り越して幕末へ、ふたたび中世にもどったかと思えば一気に近未来へなど自在ですし、キャラクターも人でも動物でも宇宙人でも何でもよく、各編に通底するのはただひとつ「一途な恋」というテーマだけ……奇想天外にして才知あふれる創作世界の展開を空想し、ひとりでワクワクしているケイコです。

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