第72話 現実逃避とハプニング

「ドワーフがテルミナ領に来る?」


 伯父上の言葉を思わず復唱してしまう。ついこないだ王都から帰ってきたばかりなのに、今度は外国から使節団が来るって? どういうことだよ。


「レオナルドを名指しでな」


 伯父上の表情は厳しい。貴族を領内に迎えるだけでも、大変な手間である。お風呂にお湯を運ぶのが重労働だとかとは一線を画す面倒臭さだ。それが外国からの使節団ともなれば、多大な苦労と重大な責任を負う必要があるのだろう。なので、厳しい顔つきというわけだ。


「レオ、冬が来る前にロッシーニ領にお邪魔しましょうか。同行される方も多いでしょうから、私たちが離れを占領するのは良くないわ」


 母上が、即座に逃走計画を立てる。


「言っただろう。レオナルドを指名だと。逃げられるわけがなかろう」


 が、伯父上が即座に却下する。


「あの、目的とかは聞いてますか……?」


 ドワーフ。ドンガ親方もその血を引いているが、種族としての特徴は、イメージ通りに金属の扱いに長けているということだ。

 それが、俺を目的にわざわざ国外からやって来る。


 猛烈に嫌な予感しかしない。


 俺の【金属操作】スキルがバレている可能性も大いに有り得る。そうでなくとも、厄介ごとの気配が濃厚。


「俺、ドワーフが到着する直前に病気になります! 名付けて『ガラスの貴公子作戦パート2』です!」


「そんなわけにいくか馬鹿者。相手の思惑はどうあれ、歓待はせねばならんのだ。細々したことはこちらでやるが、直接に相対するのはお前の役目だぞレオナルド」


「でもですね、ドワーフが俺に会いに来るって、やばくないですか? 『今後ともヨロシク』じゃ、済まないと思うのですが」


「かと言って逃げるわけにはいかんのだ。他国の使節団を蔑ろにしたら、それこそ問題になる。儂も細心の注意を払うが……、うまくやれレオナルド」


 うまくやれって、それ、丸投げー! アドリブでいい感じにさばけるわけ無いじゃん! 俺、社会経験少ないっすよ伯父上!


「ボロは出さないようにね」


 簡単に言わないでよ母上!


「冗談よ。みんなで対策は考えておくわ。まずは情報収集からかしらね」


「そうだな、使節団ということは一度王都に行ってから、こちらへ向かうのだろう。数人ばかり送り込んでおくか」


 うへえ、大事おおごとだよー。『次は、ドワーフの国にも来てくれい!』とか言われちゃうのかなぁ。そんで、二度と帰ってこられないの。


 おおう、寒気で震えが来たぞ。


 どうしようか? どうしようもないか……


 よし、ここは現実逃避だ。


「親方! 俺にも蒸留酒を!」



◇◆◇◆◇



 寝付きは悪かったが、一晩寝てとりあえず少し落ち着いた。


 なんにせよ、情報待ちだ。伯父上は早くも王都に情報収集に行かせる人員の選定にかかり、銀星商会からは、セバスとバスケスの二人を送り込むことになった。


 銀星商会の商会長と番頭だから、テルミナ領本店こっちでの実務面に支障が出るが、それでも必要だという判断だ。

 できれば事前に接触して来訪の目的なんかを探りたいので、最低でも商会長という肩書は必要だろう。


 俺? もちろんテルミナ領に居残りだよ。仕事もあるし、わざわざアウェーに行く気にはならない。我が後見人たる王弟殿下に手紙を書くくらいだ。


 大人の皆さん、ガッチリ俺を守ってくださいよー。ほんとにお願いしますからね!



 心配事を忘れるためにも、楽しい楽しいお仕事をしよう。早速に銀星商会の社屋にお風呂の設置を始める。


 まずはボイラーに当たる部分の作成からだ。


 親方の工房で、薪ストーブの拡大版、薪ボイラー的なものを作り、それに湯船へつなげるパイプや煙突を部品ごとに作っていく。足湯用に作った試作品があるので、それほど苦労はしない。


 そんで、それを銀星商会の社屋に運んで、大工に注文しておいた木製の浴槽に現物合わせで調整して設置してと。


 日の入らない社屋の北側にある小部屋が、真新しい木の香りのする浴室に生まれ変わりつつある。


「もうお風呂入れるの?」


 見学に来ていたフランがワクワクした顔で訊いてきた。


「まだちょっと無理かな。排水の工事をして、脱衣室とかも必要だからね。大工さん次第だけど、3日後くらいかな?」


 もともとの小部屋は、だいたい6畳間くらいの大きさだった。これを2つに仕切って、浴室と脱衣室にする。浴室の方は、防水できるようにきっちりと床面を貼り直し排水管をつなぐ。その上にスノコを敷いてすってんころりんと転ばないようにしてみる。うち、幼女も高齢者もいますから。


 脱衣室の方は、改装はほとんど必要ないので、棚と大きめの籠をいくつか設置しておけばいいはず。細かいところは使いながら改良していこう。


 浴槽は、横2メートル、縦1メートルくらい。母上とフラン、チャコちゃんが並んで浸かれる大きさだ。


「新しいお風呂楽しみです」


 チャコちゃんがハニカミながらそう言った。


 工事の完了までは、木桶とかを買って来たり、風呂用の椅子を自作したりして待つ。

 桶に『ケロリン』と入れるのは自粛したが、焼きごてを自作して温泉マークを入れやったぜ。



 で数日後の今日、風呂場の工事が完成して最初の入浴回である。


 暗くなる前、昼の2刻半(午後3時)くらいに関係者が銀星堂の社屋に集合した。セバスとバスケスは風呂の完成を見ることなく王都に旅立っていったので不在だが、代わりというか伯父上も駆けつけている。


 ドワーフの来訪に向けて、屋敷にも同じタイプの風呂を設置しようという計画があるためだ。


「じゃあ、栄えある第一入浴者はフランたちにお願いしようかな」


「最初でいいの? やったー」


「いいんでしょうか……?」


 喜ぶフランと遠慮がちなチャコちゃん。なに、全く構わんよ。それにだ。


 第一号入浴者がドンガ親方と伯父上だった場合の絵面を想像してほしい。無いよな、オープン記念とは思えないむさ苦しさだ。誰に見せるものじゃないにせよ、それは麗しくない。


「一応、私も一緒に入るわね」


 母上も一番風呂に立候補。最初だし、子供二人よりは良いか。


「んじゃ、俺は裏に回って火の世話をしますね。伯父上も裏にどうぞ。蒸留の様子も確認してください」


 男衆数人で裏に回り、薪ボイラーのところに行く。


 すでに、使用人が火を入れてお湯を温めてくれていて、現在は燃え盛ると言うよりも、熾火に近い状態になっている。


「さて、水をお湯に変えるために薪で温めているわけですが、構造はこないだの足湯と変わりません。違いは、蒸留のための鍋を置きやすくなっているくらいですね」


 薪ボイラーは、水の通ったパイプを効率よく炙るために、やや奥行きの長い構造になっている。煙突は、壁際に設置してあるので、上面に大きめの鍋を乗せることができる。現在も精油のための蒸留をしているところだ。


「伯父上、ここに沸かされたお湯の蒸気が、この管を通じている間に冷えて、水に戻ります。――これですね、このぽたりぽたりと滴り落ちているのが精油と香りのついた水『芳香水』になります」


 タジン鍋のような円錐上の蓋の頂点から細いパイプが伸びて、水槽をくぐっている間に冷えて水になるという、極めてオーソドックスな形だ。


「ふむ、たしかに爽やかなミモの香りだな。これは皮の香りが水に溶け込んでいるのだと思うが、単に絞るだけではダメなのか?」


「ミモの皮ならそれでも行けるかもしれません。しかし、熱で煮出したほうが、より香りの成分を取り出せと思います。煎じ薬と同じですね」


「そういうものか」


「まだ、手探りのところもありますからもっと良い方法があるのかもしれませんけどね。でもとりあえずはこの方向で試行錯誤してくつもりです」


 化学が進化すれば、香り成分だけを常温で取り出せるようにはなると思うが、それは未来の誰かにお任せだ。


「それと、これを見てください。昨日の試運転で作業したときに出来た精油と芳香水なんですが、大体一回の蒸留でできるのが、これだけです」


 ガラスのコップに入れたそれを見せる。


 ほとんどが水で、上面に薄っすらと精油の層ができている。


「全体量は、鍋を大きくすれば増やすことは可能です。でも、精油は見てのとおりほんの僅かしか採れません。大鍋で作業しても、一日にコップ一杯分が採れるかどうか、というところです。それ以上は多分原材料が足りなくなるでしょう」


「この鍋からわずかこれだけか……。精油と言うものが高価なのも頷ける話だ」


「ただ、原材料費はそれほど掛かりませんので、利益率は大きいですね。それに、この芳香水も使いようはあると思います。布に染み込ませて部屋に吊るせば、ほんのり香るでしょうし、贅沢な使い方としては、お風呂に入れてもいいと思います」


 そんな感じで、蒸留の説明をしていると、壁の向こうから声が聞こえてきた。

「すごい! おっきいお風呂にお湯がたっぷりなの!」


 フランの声だな。そうだろう、そうだろう。大きい浴槽は珍しかろう。


 壁の上の方に設置した、湿気を逃がすための小窓を開く。


「先に身体を洗ってからはいるんだぞー」


 予めレクチャーはしておいたが、この後に俺たちも入る予定なので注意をしておく。


「分かっているわ。フラン、チャコ。まずはかけ湯を……あひゅん!!」


 なんじゃいな、変な声を出して。


「ちょっとレオ! お湯が熱すぎるわよ!」


 あ、湯が沸きすぎてたか。その対策も説明したはずなんだけどな。


「母上ー、そういうときはお湯をそこにある棒でかき回すんでーす。それでも熱すぎたら隣の水瓶から水を移してくださーい。でも『あひゅん』ってちょっと可愛いかったですよー」


 伯父上たちもクツクツと笑っている。


「可愛いって……、母親に向かって……」


「それに面白かったですよー。あひゅん!」



 その後、母上たちの入浴も終了して、伯父上たちや他の関係者も上機嫌で風呂を堪能した。


 俺は前日の試運転で体験済みだったので、最後の方で入浴したのだが、ちょっとしたハプニングがあった。


 俺が服を脱ぎ終わったタイミングで、モニカが脱衣所に入ってきたのだ。


 俺、真っ裸まっぱ。モニカ、真っ赤。


「HAHAHA! ちょっとお転婆が過ぎるぜ? お嬢様フロイライン


 テンパって変なセリフがでちゃったよ。


 脱衣所の向こうから、母上の笑う声がした。

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鉄は柔らかくして打て ~異世界で【金属操作】スキルを駆使して幸せをDIYします~ 的場 為夫 @matoba_tameo

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