第71話 レオナルド式エコ・システム

「というわけで親方。風呂釜を作ろう」


「坊っちゃん、藪から棒になんですかい。風呂釜? 人間を煮込むのは賛成しませんぜ」


 なんでだよ、石川五右衛門じゃないんだから煮込まないよ。む、五右衛門風呂もアリか? 後で検討しよう。


「そうじゃなくてね、俺は毎日お風呂に入りたいの。そのために、浴槽に張った水を直接温めたいと考えてるんだ。桶で運ぶなんて大変でしょ?」


「それが普通だと思いやすがね。それで、どうするんです? 俺っちもそんな暇じゃねえんですぜ」


 そう、親方は板バネとローラーベアリングの部品づくりに加えて、マットレス用の針金づくりで結構忙しい。モニカ用以外にも剣も打つと言っていたし、余計な仕事はお断りという表情だ。


 だがここで秘策がある。


「親方、蒸留酒って好きかい?」



◇◆◇◆◇



「さあさあ、お立ち会い。これから発表するのは、気持ちが良くて健康にも良い、新型のお風呂でござい」


「どうしてレオは、こういうときにおかしな喋り方になるのかしら」


「あたしもお風呂好きなの!」


 母上に発表会の開催を約束してから5日。親方の工房脇の空き地に関係者を集めた。


 母上、フラン、お祖母様にチャコちゃん。伯父上とモニカ、他数名だ。先生は俺の提案どおりにハネムーンに旅立ったので欠席。


「母上、先日『毎日お風呂に入るのは贅沢だ』と言いましたよね?」


「そうね、言ったわ」


「その言葉を俺なりに考えてみました。具体的に何が贅沢なのだろうか、と。それで思うに、まず一つ目の理由として風呂に湯を張るのは大変手間がかかるということが挙げられます」


「そのとおりよ。あれは重労働だもの」


「ですが俺はそれに異を唱えます。重労働? そんなものは工夫次第です。まず水汲みですが、木のといでも作って用水路から水を引けば解決です」


 今俺たちが住んでいるテルミナ領の領都ジュリアノス市は、生活水の利用で悩むことはない。市の東をカントト川が流れているからだ。親方の工房もこの川沿いにある。また、そのカントト川上流から用水路が市内に引いてあって、テルミナ邸の敷地内を始め、市中に供給され、生活用水を担っている。

 もちろん、飲料水のための井戸も各所にあるのだが、火事の場合などのことを考えると有用なインフラだ。


「続けますね。風呂の近場まで水を引ければ、水汲み器(手押しポンプ)があるのですから、浴槽に水を貯めるのはそれほどの重労働ではありません。なんなら揚水式の水車を作ってもいいですね」


「そうね、あれがあれば水汲みは楽になるわね。でもお湯を沸かすのも運ぶのも重労働よ」


「浴槽に貯めた水を直接温めればいいじゃないですか。浴槽を壁際に設置して、屋外または隣の部屋で薪を燃やせば解決です」


 ここで目隠しのためにカーテン状にぶら下げていた布を横にどける。


 はい、現物です。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。関係者の皆さん、カントト川から水を引き込み、一旦この大桶に貯めます。その後に水汲み器を使って浴槽に水を移すのです。余った水は川に戻してますよ。

 見てのとおり、水汲み問題は解決です。例えばフランだってやろうと思えば水を貯められます」


「で、その次はさっきレオが言った『直接温める』って部分ということね。そこの箱暖炉(薪ストーブ)がその解決策なのかしら?」


「ご明察です。これからその説明をしますが、いい感じにお湯ができているようなので、温まりながら聞いてください」


 今日の発表会にはドレスコードを指定した。全員素足であることと、男性は膝上まで捲れる太めのズボンの着用、女性はスカートを。


 目の前にあるのは、レンガで作られた高さ30センチほどの浴槽。そこから上下2本の鉄管が向かって右端の薪ストーブにつながっている。浴槽の長さは約2メートルで、脇に丸イスを並べてある。


「椅子に座って足を浸せということかしら?」


「はい、今日はお試しですので足湯にしました。まさか全員裸になれともいえませんしね」


 幾人かはあぶれてしまったが、主要人物はみんなお湯に足を入れた。


 家族や親戚が並んで足湯をしているのは、家族旅行感があってとても良いな。実に平和的で牧歌的だ。


「では、説明を続けますね。いま足で感じてもらっていますが、これは脇の箱暖炉で熱を与えています。壁に穴を2つ空ければ、浴室と分けられますし、煙たくもなりません」


 一応、原理の説明もしておく。浴槽にコの字形の鉄パイプをつなげる。これをストーブに貫通させて薪火で炙れば、パイプの中で温められたお湯は上に行く。そうすれば、下のパイプに冷水が吸い込まれ、上の方からお湯が吐き出されるという循環が出来上がる。


 五右衛門風呂だと下から直火で燃やすんだけど、これはそういう理屈だ。


「確か熱気球のときもそう教えてもらいました」


 これはチャコちゃんの台詞。うんうん、よく覚えていたな。


「そのとおり。空気だけでなく、水も同じ性質があるということだね」


 同じようにいくつかの質疑応答を終えると、足湯をしているメンバーの額に汗が浮かびはじめる。


「足だけを温めているのに、身体全体が温まってきたわ。確かにこれはいいものね。でもこれじゃまだ納得できないわよ。薪だってタダじゃないのだし」


 たぶん、母上は分かっててダメ出しをしているんだろう。懸念となるポイントを指摘して俺の説明をスムーズにしてくれている。


「まあ、まずは汗を拭いてくださいな。皆さんハンカチをどうぞ」


「ありがと――あら、素敵な香りね」


 これが俺の秘策その1だ。


「精油ですよ。あの筒暖炉で蒸留して上澄みを掬いました。どうですか? いい匂いでしょ?」


 これは、ミモという柚子とオレンジの合いの子のような酸っぱい果実の皮を集めて作ったものだ。

 皮の白い部分を削り取って、ペースト状になるまで叩く。それに水を加えて煮込んだのだ。蓋を三角フラスコの形にした銅製の蒸留器からの水蒸気を集めて水で冷やせば、香り付きの水が取れる上に、わずかながら油成分も採取できる。


 この油部分が精油で、エッセンシャルオイルと言う方が通りが良いかもしれない。有名な精油では薔薇のものなんかがある。何よりこれは量が取れないだけに高級品なのだ。


 柑橘系の爽やかな香りだけでなく、お金儲けの臭いがプンプンするぞ。ぐふふ。


 今回は出来た量が少なかったから、ハンカチに数滴つけるのが精一杯だったが、量が取れるなら、石鹸に混ぜ込んでもいいだろう。


 ついでに、親方を魅了した蒸留酒も披露する。酔っ払っては困るので、小皿一杯分だけだが大人たちに振る舞った。


「レオナルド、こりゃあまた酒精の濃い酒だねえ。もしかしなくても火酒なのかい?」


「ご名答ですお祖母様。去年のワインを蒸留しました」


 いわゆるブランデーだな。熟成もしてないし味は良くないだろうけど、原材料はすこし酸っぱくなってしまったワインだから、これも上手くすれば儲かる。何度か蒸留すれば消毒用アルコールも作れるだろう。


 いまも、ロケットストーブの上部に蒸留器を設置して、アルコール蒸留をしている。


 今回は、生姜風味のホットブランデーだ。蜂蜜を少し入れて優しい飲み口になっている。ホットワインが好きな母上にも満足してもらえるだろうとこれにした。


 生姜は、こないだ街で高級食材を物色したときに発見した。分類的には薬の扱いだが、他にも使えそうなので箱買いしたよ。


 フランとチャコちゃんには甘めの生姜湯。これを飲んで、もう風邪にはかからないようにしような。


「さて、話を最初に戻します。なぜ毎日の入浴が贅沢なのか、2つ目の理由は薪の消費量が多すぎるということです。でもですね、こうやって売れそうな商品を作るついでにお湯を沸かすなら、話は別だと思うのです」


 石鹸、精油、蒸留酒という高額商品を作る際の排熱での風呂焚き! 床暖房までも視野に入れたトータルソリューションです!


 渾身の決め顔で参加者に微笑みかける。ビシッと決まったな!


 でもまだ終わらんよ。トドメのひと押しが残っている。


「伯父上、ここで提案があります。公衆浴場を設置しませんか? 廉価でもいいので入浴料を取れば、薪代は取り戻せます。それに――住民に仕事を与えられますよ」


 雇用対策! これから冬に向かって気温が下がる上に仕事も減る。特に農家はそうだ。そこで、精油や酒を蒸留する仕事が増えたら、市中にお金が回って、為政者として嬉しいはず。


 これぞ、レオナルド式エコ・システム。


「レオ、ちょっと待ちなさい、話が飛びすぎだわ。まずは精油よね。これはたまたま出来たわけではないのよね?」


「もちろんです。ミモならすぐにでも量産できます。温度管理などの試行錯誤は必要でしょうが薔薇でもいけると思いますよ」


 繊細な香りの精油の場合は水蒸気蒸留だろうな。


「薔薇の精油ね……。小瓶一つで最低でも小金貨(約10万円)。他の精油でも大銀貨(約5万円)以上だわ」


「それだけの値をつけるなら採算は取れると思います」


「後で計算してみるけれど、利益は十分出そうね。それとお酒だけど」


 母上が、既に酔っ払っている親方を見やる。ストーブの管理をしてくれていたはずなのだが……


「ドンガ親方が酔っ払うくらいだから量産の目処もついているのよね?」


「蒸留酒は精油よりも簡単ですね。酒から酒ですから」


「よろしい。量産するかはちゃんと下調べをしてからだけど、とりあえず商会の建物にお風呂を設置することは認めます。精油の完成品は全部私に寄越すこと。いいわね?」


「ありがとうございます」


 ようっし。今日はいい仕事をしたぜ。プレゼンは商会オーナーの仕事じゃないかもだけどな。


「少し待てレオナルド」


 じゃあ、解散。ということで、撤収を始めようとしのだが、今日これまで無言だった伯父上が低い声と迫真の眼光で俺を睨みつけた。


「な、何でしょう?」


 あれ、先日の先生に続いて伯父上にも怒られる? 公衆浴場まで提案したのが差し出がましかったか?


「風呂のことは好きにしろ。それよりも話しがある」


 良かった。怒られるわけじゃないらしい。


「近々、ドワーフ山岳国から使節団が来る事になった。我が領にだ」

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