第70話 石鹸の次は

 石鹸の作成に成功した俺は調子に乗っていた。悪い意味ではなく、精力的かつ創造的な仕事をしていたと言っても過言ではない。


 具体的になにをやったのか、ここ10日間の成果を報告させてほしい。


 まず、石鹸の完成度を上げるべく、銀星商会で手の空いていた面子、トッドとマイルスの家族に仕事を振って、働いてもらった。

 樹種ごとに灰を作成し、その灰汁の加熱時間やら材料の分量などを少しづつ変えた石鹸を作成し、記録してもらった。もちろん、石灰水の作成や混合比率なども。


 油脂を混ぜる前の混合水が地肌につくと肌荒れがでたので、そこは要取り扱い注意だ。手袋とマスクの着用を厳命する。


 結果、完全な固形は無理だったが、シャボン草並に泡立つ石鹸が完成した。ポイントは塩を入れることだ。更に完成度を高めるべく、試作は継続していこうと思う。


 次に、モニカへの贈り物だ。


 ペン先は、錆を警戒して純鉄で作成した。贈り物で量産はしないし室内で使うものだから、誰かに見咎められることもあるまい。そして軸部分は木工職人に木象嵌で瀟洒なものを発注した。近日中に納品されるだろう。

 その間に、試作品をこの屋敷で最も書類仕事の多い人物、クラリーノ伯父上に試してもらった。


「インクの保ちが良いのは非常にありがたい。しかし、羽根ペンとは書き心地が違いすぎるので、好き嫌いがでるだろうな」


 とのことだ。確かに書き味は、ペン先のしなりがないから羽根ペンとは全く異なるだろう。とはいえ「儂の分も作ってくれ」と依頼されたので高評価と言っていいだろう。なお重さは気にならないと言っていたが、女性への贈り物のため、軽量化を目指すことにした。具体的には、ペン先を無垢ではなく中空にしてみたた。


 作り方としては、細い木の棒の先端に【軟化】させた鉄を纏わせて整形した。細かい作業ではあったが上手くいった。

 ペン先を【硬化】させてから木の棒を引き抜けばその分だけ軽量になるし、ペン軸との接合部にもなる。売り物にするんだったらこんな面倒くさい作業はやってられないが、プレゼント用に少数作るなら気にならない。


 その他では、長いこと懸案事項になっていた携帯用の武器の開発に成功した。なんのことはない、折りたたみナイフだ。かっこいいよなジャックナイフ。


 もちろん、折りたたみナイフを持ち歩くのは、特に女性は難しい。男であっても、武器を持ち込めない場所はたくさんある。


 そこで、髪をとかす櫛にカムフラージュした。簡易的なマルチツールみたいなものだ。


 「これはなんですか?」と訊かれても「折りたたみ式の櫛なんですよ」と言い逃れが出来る。櫛の部分は市販の木製のものを買ってきてグリップ部分と刃物部分は自家製だ。


 それを使って、髪型をオールバックにしてみたら、母上に見つかって大笑いされてしまった。破壊的に似合わないらしい。

 レオナルドつながりで、有名ハリウッド俳優のようになれるかもと思っていたのだが、いくらなんでも高望みが過ぎたか。


 まあ、ヘアスタイルのことは置いておいて、課題の1つをクリアしたことは喜ばしいことだ。


 この調子で、アクセサリーや、ベアリング、サスペンションの量産に励もうと思っていたのだが、俺の好調期はここまでだった。


 来たるべき冬に向けて、卓球台の設計書と、楽器類のイメージ図をまとめていたときだった。


「レオ君、随分と怠けているようですねぇ」


 ふらりと銀星商会にやってきたサンダース先生の抜き打ちチェックである。


 実は先生には結婚祝いとして1ヶ月間の休暇を差し上げた。サマンサさんとの新居を構えることになるし、王都では忙しそうにしていたから、2人きりでゆっくりという時間もとれなかっただろうという配慮からそういうことになった。

 なお、サマンサさんは王都滞在中、ずっと先生の生家であるアクィナス家で遅ればせながらの花嫁修業をしていた。


 先生は伯爵家の庶子という扱いで、家督の継承権とかはないが、普通に家族づきあいをしている。ちゃんと話し合って今の形に落ち着いているのだそうだ。なので、サマンサさんも、新しい嫁っ子として可愛がられ、身内だけの結婚式も挙げたそうだ。まあサマンサさんの親や親戚がいないから、ごく簡素に行っただけのようだが。

 俺も、先生の父親であるアクィナス伯爵とはパーティで話をしたが、頼りになる上司という雰囲気だった。


「ど、どうしました先生。まだ休暇中のはずでは……」


 冷や汗が背を伝う。


 先生には日々の訓練は欠かすなと言いつけられていたのだが、ついついサボってしまっている。元々ガチムチ体型でもないし、太ってもいないはずなんだが、一目でそれを見抜かれるとは……


「レオ君がちゃんとやっているか視察に来ました。見たところ……休暇を切り上げて、レオ君を鍛え直す必要がある気がしてきましたねぇ」


 ヤバい! 目がそこそこ本気だ!


「い、いえいえ。先生は存分にお休みを楽しんでください。雪が降る前に新婚旅行なんか行ったらどうでしょうか?!」


 ハネムーンですよ! 蜜月旅行で俺のことなんて忘れちゃってください!


「まあ、今日は厳重注意ということにしておきましょうか。ただし、私の休暇が終わっても同じ様子だと……分かりますね?」


「じゅ、重々承知したであります!」


 執行猶予ですね。明日から体力づくりに励みますとも!


「それで本題ですが、レオ君。またいくつか発明をしましたね?」


「えっと、発明というほど大層な物ではないのですが、石鹸を自作して、ペン先を改良しました……。何かマズかったですか? あと一応、護身用の道具も……」


 なんだろう、危険な物を開発したかどうかチェックされる感じ?


「ふむ、石鹸は私の新居にも届けてもらいましたね。ありがとうございます。それで、ペン先と護身具とはどういうものです?」


 先生の話を聞いていくと、やはり俺が危険なものを作っていないかを調べに来たらしい。大事になりそうなブツだった場合は、大人たちとの会議を経て発売禁止にされるという。


「『発禁』とは、随分と不穏ですね……、そう言われると自分が悪いことをしている気分になるのですが、まっとうな商品開発ですよ?」


「言い方は別にして。王弟殿下からそう厳命されているのです。一々報告はしませんが、チェックはしますよ。今回は大丈夫そうですが、隠し事は無しでお願いしますね」


「隠しはしませんが、もし兵器転用できそうなものができちゃったらどうなります? 鉄の品質が良いから駄目とか言われたら、商売上がったりなんですが」


 兵器そのものを開発するつもりはサラサラないんだけど、例えばサスペンションの板バネはほぼそのままクロスボウの材料になり得る。

 完成品は安全でも材質を見咎められると、やりづらいな。


「さすがに材質までは、と言いたいところですが……、ミスリルアレとか新素材だと要相談ですねえ」


 はー、ちょっと残念。クロモリ鋼とか狙ってたんだけどなぁ。高炭素鋼くらいまでで素材研究は控えるか。


「では、護身用の折りたたみナイフはどうですか? 暗器だから封印でしょうか?」


「いえ、あれは問題なしですね。あの手のものはすでに世にはびこってますから今更です」


 そうなの? はびこっちゃってるの?


「怖いことを言わないでくださいよ先生」


「だから、訓練をサボるのは許されないのです。いいですね、明日からしっかりと身体作りをしておくように」


 ほぎゃ。そこに話が戻るのか。



◇◆◇◆◇



「銀星商会の社屋にお風呂を備え付けたい?」


 翌朝、先生からは訓練メニューが届けられた。朝のジョギングから始まって、筋トレ、素振り、型稽古。そして持久力向上のための訓練方法まで。先生、インターバルトレーニングは先進的すぎないですかね……


 というわけで、これから毎日俺は朝から汗だくになることが確定した。


 監視役のモニカと一緒に今日の分の訓練をひーこら言いながら終わらせて、裏庭で休憩していたところに母上が現れたのでそう進言してみた。せっかく石鹸も作ったことだしな。


「そうなんですよ母上。見てのとおり訓練を再開したんで、ひとっ風呂浴びてサッパリしたいなと思うんです」


「それって、蒸し風呂じゃないのよね? 毎日のように浴槽に浸かるなんて、贅沢が過ぎるんじゃないの?」


 別にお風呂に全く入らないというわけではないのだが、大体週に1,2回というのがこれまでだった。普段は体を拭いて終わりだ。

 おぼろげな知識では、しっかりと湯舟に使って身体を温めると風邪もひきにくくなると効いた覚えがある。たぶん免疫とかそういう関係だろう。


 母上の反応は渋い。贅沢と言われればそれも間違っていはいない。今の風呂というのは、蒸し風呂が標準的で、湯船に浸かるためにはお湯を桶で運んできて流し入れるという方式をとっている。

 いつも以上の水汲みが必要で、沸かす手間もある。その手間を減らすために浴槽は小さく、お湯も冷えやすくて、入浴一人ごとにお湯を追加する必要がある。

 要するに、非常に面倒くさい。


 母上は、銀星商会の人事も司っているから、毎日の肉体労働となると従業員の過重労働に思えるのだろう。元貴族邸の使用人がほとんどだから、言えばやってくれるだろうけど、儲けにつながる仕事じゃないし。


「手間を省けるなら、許可してもらえますか?」


 水なら、社屋近くの小川から水を引けばいい。手押しポンプがあるのだから、浴槽に水を貯めるのに桶で運ぶより随分楽なはずだ。

 それにお湯を沸かすのも、薪を使った湯沸かし器を設置すればいいだけだ。お湯を沸かす機構を屋外に設置して、浴槽とつなげればいい。


「そうねえ、でもこれからの季節に薪をたくさん消費するのも気がひけるわ」


 ああ、そっちもあるな。冬に向けて、貧富関係なくどこの家でも薪を大量に備蓄している。テルミナ家では、ちょっとした倉庫並みの薪小屋があるくらいだ。大丈夫だとは思うが、一般家庭で薪不足になるのは不味い。

 薪というからには、当然薪割りの手間もかかるし、これも肉体労働だ。


 それでもだ。俺は風呂に入りたいし、家族にも入浴習慣をつけてほしい。健康第一!


「分かりました。久しぶりに発表会をします。それで判断してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る