私と読者と仲間たち

新吉

第1話

 僕はトラックにひかれて死んだ。死にたいとは思っていたけど、こんなことになるなんて。お母さんも姉貴も、ビックリするだろうな。


 雨音が遠くなっていく、救急車の音がかすかにきこえて。痛くてしかたなかったのに眠くなる不思議に身を委ねた。



 目が覚めると体が縮んでしまっていた。こどもサイズではない。どこからか甘い花の香りがする。お母さんが好きな花の話は僕も姉貴も興味がなかった。和室の花瓶を思い出すが、目の前は全く違う景色だった。


 頭が少し痛い。ゆっくり体を起こすと、ふかふかのベッドになにやら高そうな寝巻を着ていることに気づく。そして2つの胸のふくらみがあることにも気づいた。きっとマッチョの男の胸筋の方がふくらんでいるだろう。手のひらに収まるサイズ、や、柔らかい。けどこれ僕の体、なんだ、な…気持ちいい。揉みながら寝ぼけた頭でもう一度部屋を見渡す。明らかに日本ではない。異国の文字が並ぶ書類が目に入った。机に向かって歩くとずむっとベッドが沈む。こんなところで寝たら一生目覚めない気がする。


「おお、読めない」


 自分の声が、可愛い。


「目が覚めたな!!それ、読んだのか?」


 部屋に入ってきたのは男。


「大丈夫か?俺が誰か分かるか?」


「わからない。これも読めないよ」


「いい加減、その芝居はやめてくれ。なあアリー。お前は魔法使い、アリー·D·グラン」


「まほーつかい?」


「記憶、戻らないんだな。俺は仲間のナルス、剣士だ。お前は療養のためここに残る方がいいだろう。さっき他の仲間と決めたんだ。たがもし俺らを覚えていなくても協力してくれるなら…」


 背中に大きな剣を背負っている。この体の女はどっかのパーティーにいたのか。


「敵はなんだ」


「魔王だ、これから魔王城に乗り込むって時に、次元の扉が急に暴走した。お前は巻き込まれた。杖はここにある」


 ベッドの奥に立てかけてあった杖に見覚えはない。自分に魔法が使えそうな気もしない。ここに来てしまった理由はきっとその暴走とやらのせいだろう。


「ナルスだったか?僕は男だ、ここではない世界から来た。目が覚めたらこの体にいた。残念だが僕は魔法の使い方すら知らない」


「な、なんだってー!!!?記憶喪失だけじゃないのか!?おいみんな!!!」


 大声で驚くナルス。ガッチャガッチャと剣を揺らし出ていく。そりゃ驚くか。今を生きているからな。


「アリー!!!嘘でしょ?可愛いアリーが、そんな!?」


 真っ先に走って、いや飛んできたのは妖精。耳がとがっていて、羽が小刻みに震えている。こどものような体格だが、抱き締められたときの胸のふくらみは僕よりでかい。


「残念ながら」


「アリー…昨日まではアリーだったよね?ね?」


「たぶん、昨日は意識がもうろうとしてたんじゃないかな?僕ももうろうとしてたから。僕がここに来たのはついさっき」


「これじゃ魔王は倒せない」


「そんなことないです、私がもっと強ければ」


 勇者とヒロインのような2人、ヒロインも魔法使いのようだ。名案が浮かぶ。


「ヒロインちゃんは何て言うの?」


「アリーさん、本当に忘れてしまったんですね、私は見習い魔法使いのマーリンと申します」


「僕の魔力とやら全部あげます。僕戦うの苦手なんで…そもそも魔力あります?体はアリーさんのまんまですよね?」


 そこで驚きっぱなしのナルスが出てくる。


「魔力は簡単には人に譲れない、杖やローブ、あとはそのペンダントそういったものへ力として念じて蓄えねば」


「ならあげます」


「アリーの宝物でしょ!?」


「だって僕にはなんの思い入れもないんです。仲間のあなたたちに持ってもらった方がきっといいでしょう?もしこの体がもとの持ち主に戻ったら、きっとあなたたちを訪ねるはずだ」


「それはそうだろうが」


「あんたなんでそんなに落ち着いてるんだ!?自分のことじゃないみたいに話してるよな?」


「勇者様、そんな言い方」


「俺が本当の勇者だったら仲間を失ってなかった」


 ネガティブ気味の勇者に内心腹が立つ。落ち込んでるんだろけどさ。


「僕は異世界から来ました。こんな剣と魔法の世界があったらいいなと妄想ばかりしていました。その妄想の世界に今入り込んでいる。だから僕は今、読者ではなく書き手の気持ちでここにいる。そりゃ冷静にもなります。もちろん自分の作った世界ではないけどそれにしたって粗だらけです。いいですか?まずパーティーバランスがめちゃくちゃです、勇者も剣を、剣士も。アリーさんが魔法使い、マーリンさんも魔法使い。エルフちゃんは?超能力ですかね?もっとパワフルなキャラや頭脳キャラは?」


「キャラ?」


「それにここはどこです?魔王城の前まで来てたんですよね?」


 長台詞に圧倒されながら答えてくれたのはエルフちゃんだった。


「アリーが一番頭がよくて、はじめは男の子のフリをして私たちを助けてくれて。ナルスが気づいたの、お前女だろって。冒険をしながら、あなたは女だって強くなれるって。男に嫁いで人生終わるのが嫌だって言った。すごくかっこよかったよ?それが突然倒れて、ここはアリー、あなたの故郷よ。意識が早く戻ったらって」


「そんなことだろうと思いました、魔王倒しなさいよ、勇者パーティーなんだから!仲間の一人くらい見捨てろよ!」


「ふざけるな!一人くらい救えないで魔王が倒せるか!」


「勇者様の言う通りです、みんなでみんなと一緒がいいんです!」


 本当に僕はここにいてはいけないと感じることがある。向こうの世界でもこちらの世界でも。それは変わらないのか。



「僕はここにいてはいけない異端児です。どこかでひっそり死ぬつもりです。失礼します」


「行くな!お前が誰であっても体は女の子のまんまなんだ!俺が守る、守らせてくれよ」


 寝巻きのまま飛び出す僕に、ナルスが追いかけてきた。勇者をなだめるエルフちゃんの声が閉まったドアの奥から聞こえてきた。



「中身は男、ですよ?」


「わかってる」


「あんたね、絶対わかってない。勇者パーティーどうするんですか?唯一のパワフル系剣士なのに」


 廊下を走りながら、急に僕をお姫様抱っこしやがる。


「おろせってば!!」


「こっちの方が俺には大事だ」


「やめてくんない?大事とかいうの…!」



 僕は認めない、こんな展開認めない!絶対ない!ていうか、お前ら戦えよ!僕に構うんじゃないよ!アリーさん、早くこの体に戻ってきて!!僕がこの世界にきたのもきっと何か意味があるんだろうけど。アリーさん、あなたはいまどこにいるの?



 アイリ君。私も含めてそりゃ死ぬほど驚いたけど、君のお母様もお姉様も私を歓迎してくれた。お花のいい香りのする家だね。私がこの世界にきたのもきっと何か意味があるんだろう。こちらにも敵はいるのだな、この体が強くなるよう鍛えておくよ。君がこの体に戻ってきた時のために。アイリ君、君はいまどこにいるの?




 なあ我が弟よ、ちょっと読んでみて?お仲間にもまだ見せてないんだけどさ。


 …俺のこと女体化させるのやめてくんない?名前を変えろ!それを読ませるな!


 なんでよ、めっちゃ可愛くしたでしょ!?


 ふざけんな!なんで貧乳なんだよ!


 そこかい!?

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