KAC2021 #6 私と読者と仲間たちと数字

くまで企画

KAC2021 #6 私と読者と仲間たちと数字

 ミサは、朝起きた時から、人の頭の上に数字が見えるようになっていた。


 食卓を囲む家族の頭上にそれぞれ数字が浮かんでいる。

 母親の頭の上に「12」、父親の頭の上に「7」、弟の頭の上に「43」。

 数字の形はいわゆるデジタル時計に表示されるような形。色は黄色だ。

 疲れているのだろうかとミサは、目を擦ってみるが消えない。


 慌てて洗面台に行くと、鏡に映ったミサの頭の上にも数字が浮かんでる。

「5」――いや、違う。鏡で逆さになっている。「2」だ。色は赤。


 数字の辺りに手をかざしてみるけれど、ホログラムのように通り抜けて触れない。

 何の数字だろうか。どうやら年齢ではないようだ。


「ねえ、頭の上になんかついてない?」

 ミサがそう言うと、弟は変な顔をした。見えていないらしい。

「なんでもない」


 (ヤバい。このままだと変人扱いだ)


 ミサは、学校のクラスメイトたちに、随分と前から変人扱いされていた。

 中学に入ってから、環境の変化についていけずに友達も作れなかったミサは、ひとりで隠れるようにお弁当を食べていた。用もないのに図書室に通ってみたり、眠くもないのに机に突っ伏したり。孤独な3年間がようやく終わろうとしていたのだ。


 今日は卒業式なのである。


 苦痛でしかない日々をようやく抜け出せるのだとミサは歓喜していた。高校は受験したが、行くつもりはない。中学を卒業するのは最後の意地みたいなものだった。


(今日ですべてが終わるんだ)


 だが、そんな決心をした日に限って、なぜこんな変なことが起きているのか。

 もしかしてストレスの限界を超えて幻覚が見え始めたのだろうか。


(はは、もうヤバすぎ)


 早く、早く終わらせよう。卒業証書さえもらえば終わる。

 逃げるんだ。この現実から――ミサはいつもより少し多めの荷物で家を出た。


「おはよう」


「……お、はよう」


 思わずミサの声が上ずる。通学路で話しかけてきたのは、学校の人気者のカナだ。カナの周りにはいつも人がいた。毎月のように告白される少女だった。

 そんなカナと学校にひっそりと生息するミサに接点はなかった。


 ミサから話しかけたことはおろか、話しかけられたことも当然ない。

 そして、カナの頭の上にも、やはり数字があった。「1」。ミサと同様に赤い。


(一番人気ってこと? いや、それなら私の「2」が説明つかない……)


「これ、あなたにも見えているでしょ?」

 カナはそう言って、自分の頭上を指さした。ミサは驚いた。学校の人気者と孤独な生徒が、同じものを見ているのだ。


「なんでわかるの?」

「『仲間』は分かるようになってるの」

「『仲間』?」

「ほら、頭の上の数字に星がついてない?」


 そういわれて、カナの頭上の数字に目を凝らすミサ。数字の脇には小さいが、確かに星のような模様がついている。

「これは『読者』がついているということ」

「『読者』……」


(ヤバ、関わらない方がよさそ……)


「あの、卒業式遅れちゃうから――」

「あなたも……」

「え?」

「……なんでもない」


 彼女はそう言って、先に行ってしまった。


 ミサが教室に入ると、すでに紙で作った花を胸ポケットにつけて、クラスメイトたちが騒いでいる。ミサは誰とも目を合わせず、一言も発さずに、教卓の上に置かれた花を手にして自分の席に座った。


 一息ついて、鞄からスマホを取り出す。

『今日卒業式だよー泣けるー』

『もう高校生かー』

 シホとマユがグループで話している。ふたりは、ミサの小学校の時の親友だ。ミサだけ学区が違って、別の中学校に入った。メッセージのやり取りはしているが、徐々にメッセージの内容が身内ネタばっかりになっていき、息苦しくなったミサは既読スルーするようになった。


(未読できない自分がイヤすぎる)


『卒業式終わったら集まろー』

『いいね!』


(どうせ会ったって、分かんない話なんて聞きたくないし、既読スルーしてばっかりの私なんて、もう誘ってないでしょ……)


 シホとマユの会話にため息を吐いて、ミサはアプリを閉じる。


(もう友達じゃない)


 ミサはそう考えて泣きそうになった。


(ヤバ……顔)


 ミサはスマホのカメラを起動し、自分を画面に映した。最近の女子高生がメイク直しの時などに手鏡でなく、スマホでそうするように。


(ん、大丈夫)


 前髪を直してから、カメラを閉じて、そのまま別のアプリを開いた。この時、ミサの頭上の数字が「0」になり、黒く点滅していたが、ミサは気づかなかった。


 ミサが開いたのは、昨日インストールしたばかりの『おともだちアプリ』。ネットでたまたま話題になっていたので、なんとなく落としたのだ。日記をつけて気の合う人間を探そうというもので、ミサは『友達がいない、家を出たい』と書いた。


 通知が来ている。そこの一文にミサは背筋が凍るのを感じた。


 ――『読者』がつきました。


 さっき学校の人気者カナはなんと言っていたか。『読者』がついた。これは、このアプリのことであったのか。『読者』がついたから数字が見えるようになったというのか。ミサは考える。確かに、そう考えると時期は合う。

 カナもこのアプリに書き込んだのだろうか。


(……か・な……)


 カナの名前を打ち込んで検索してみる。


(いた。信じられない……)


カナにも、ミサのように『読者』がついていた。いくつか日記が投稿されている。最初の日記自体はかなり前に投稿されたもののようだ。つまりカナの言う通り、ふたりは『仲間』だったということなのだろうか。


(彼女はたしか、隣のクラス――)


いてもたってもいられなくなって、ミサは席を立つ。だが――


(あれ?)


 机に両手を置いて、ミサは動きを止めた。何をしようとしていたのか。急に分からなくなってしまった。のもとへ行こうとしていたのだが――


(彼女……? 彼女って誰? 私はアプリを開いて……)


 ミサがスマホを見ると、昨日入れたばかりのアプリにの日記が表示されていた。


『私には友達がいません。学校のクラスメイトとは話すけれど、嫌われることが怖くて正直な気持ちを話せる人はいません。こんな私を好きだと言ってくれる人もいるけれど、本当の私を知られたら嫌われるに決まってます。両親とも長いこと口をきいていません。でも外では仲良し家族のように、うまくいっているようにふるまいます。そんな毎日を続けていたせいで、誰も信じられなくなりました。もう嫌です』


それに続いて最新の日記が投稿されている。


『さっき仲間を見つけたと思ったけれど、やっぱり無理だった。違った。私には友達がいない。仲間もいない。誰もいないいないいないいないないいないなな』


(なにこれ……バグってんの?)


 ミサは今朝、家出するつもりだった。卒業式の後、帰らないつもりだった。だが、このメッセージを読んで少し考え直していた。


(……メッセージくれる『友達』がいるし)


『私も行っていい?』


 ミサは勇気を出して、シホとマユとのグループにメッセージを書いた。

 すると、すぐに返信が来た。『当然でしょ!』『心配してたよー』と。


 中学ではすぐになんでも諦めてしまっていた。


(高校に入ったらクラスメイトに話しかけてみようかな……)


 ミサの頭上の数字が再び「2」になり、ゆっくりと消えていったが、ミサには見えないものだった。そして、スマホの中の『おともだちアプリ』も消えていった。


――まるで最初から、なにも存在していなかったかのように。

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