ヒロイン・主役はすぐそばに

結葉 天樹

最強の読者を倒せ!

「瑞希いぃぃっ! 勝負だ!」

「はいはい。で、自信満々で昨日アップした新作の結果リザルドは?」


 俺は自信満々でスマホの画面で俺のマイページを見せつける。満を持して公開した新作「転生無双の大賢者~転生前の言語”漢字”が呪いの言葉だと気味悪がられてパーティを追放されたけど本当の使い方を教えてやる。元のパーティが頭を下げて戻ってきてと願うが今更遅い~」は堂々の新作一位を勝ち取っていた。


「お前こそどうなんだ」

「はい」


 なんともかったるい様子で幼馴染の長森瑞希ながもりみずきがスマホの画面を向けてきた。そこに表示されていたのは……。


「そ、総合一位だと……!?」

「はいお疲れ様。今回も私の勝ちね」

「くうう……持ってけ泥棒!」


 今日の昼食代よさらば。代わりにワンランク豪勢な瑞希の昼食よいらっしゃい。


「なんで勝てないんだあぁぁぁ……」


 小中高生専用投稿小説サイト「ヨミカキ」は生徒たちの探求、発表の場として生み出されたサイトだ。どんな内容の発表もできる(もちろん公序良俗に反する系統はアウト)ことから、勉強のまとめから趣味嗜好の研究まで様々な利用のされ方がされている。

 俺はそんな場所で小学生の頃から執筆に励んできた。物語を作ることが楽しくて毎日書いているうちにコンテストにも参加し、サイト内での作家順位も上がっていった。

 だがしかし、そんな俺の前に立ちはだかるのがこいつ、瑞希だ。


「教えてあげよっか?」


 上機嫌の瑞希がニヤニヤと俺の前にノートを広げた。そこにはびっしりと何やら書き込んである。


「まずタイトル。これ昔の流行取り入れた? 今の時代、『転生もの』も『追放ざまぁもの』もとっくに下火でしょ」

「いや、やっぱり王道ファンタジー的なのはいつの時代も受けるだろうし」

「王道ファンタジー? おっぱいエルフやビキニアーマー女剣士がキャーキャー持てはやすのが? 男の妄想詰め込んだら確かにファンタジーだけどそんなのに『王道』を名乗ってほしくないわよ」

「妄想言うな。ロマンと言え!」

「はいはいロマンロマン。で、なんで呪いの言葉と言われてた言語使ってる奴がモテるのよ。気味悪がられて追放されたんじゃないの?」

「うぐっ……」

「キャッチーなタイトルは確かに人を引き込みやすいけど肝心のストーリーと設定に整合性がとれてなかったらダメでしょ。ほら見て、アクセス数に対して三話切りの山」


 俺のスマホの画面に指を走らせ、瑞希はアクセス数の内訳を表示させる。圧倒的な第一話のアクセス数に対して二話目は一気に半分。三話目はさらに半分まで落ちている。


「智明は確かにタイトルと人を引き込む冒頭を作る力はあるのよ。だけどそれだけ。設定も他のと似たか寄ったかだし、一週間もしたら一気にランキング圏外じゃない。結局見切って次の作っちゃうからまともに完結まで持っていけてない」


 瑞希のノートにはこれまでの俺の作品の打ち切りまでの話数が書かれている。色々言いながら俺の作品全部読んでるのかよ。


「当たり前でしょ。ただ見た目で判断して駄作と言うことは誰だってできるの。ちゃんと中身を見なくちゃ小説として何が間違っているかなんてちゃんと指摘できないじゃない」


 ぐうの音も出ない。瑞希の書いているのは恋愛小説が多いのだが、俺からしたら「男と女が出会って誤解やすれ違いを繰り返しながら結ばれる」ってだけだ。「いや、もっとちゃんと言えよ」とか「こんな関係実際にあったらやべえだろ」と突っ込み所は読まなくてもわかると思ってしまうのであえて読む気にもならないのだ。あとそもそもタイトルが短いの多くて内容をどう期待すればいいのかわからない。


「私は書かないジャンルだってしっかり読む。むしろ知らない世界だからこそ新しい知見も得られるの。あとこれ、智明の最大の弱点なんだけど」


 まだあるのか。ああ分かった。言ってくれ。俺の弱点とやらを。それを乗り越えて新作を――。


「女の子が男に都合よすぎ。毎回主役の引き立て役にしかなってないのよ」

「は? 主役が活躍してヒロインを守るのは当たり前じゃないか?」

「その展開自体は否定しない。でも女の子だって自分の意思があるのよ。考えて悩んで、時には自分があえて傷ついてでも困難に立ち向かうの。そういう『生きたキャラ』が智明には足りないの」

「生きた……キャラ?」


 俺の作品の中でもキャラはいろんな感情を見せているはずだ。それじゃ足りないのだろうか。


「薄っぺらいのよ。だから髪型や髪の色、服装とか胸の大きさとかの表面しか可愛さが伝わってこない。その子を作り上げたものが全く感じられないの」

「がーん……!」


 思わず擬音を口走ってしまうほどに俺はショックを受けた。たくさんの可愛い女の子たちが惚れるからこそ主人公の凄さを強調できる。そんな考えで書いていたのに根本から否定されてしまった。


「だから一緒に主人公にも魅力がなくなるのよ。智明の歴代主人公、全員武器と能力以外で違いをどう説明できるの」

「えーっと……」

「黒髪、寡黙、鈍感、女の子の告白の際に何故か難聴になる。世界の知識が足りなくて事件に巻き込まれる、手に入れた力で悪人を叩き潰してニヒルに笑う。力の差にやれやれと肩をすくめる……まだ欲しい?」

「やめてくださいおねがいします」


 やべえ、死にたくなってきた。


「一度いろんな作品読んでみたら? 形はどうでも智明はランク上位の常連なんだから何がウケるかは見つけられるでしょ」

「……そうする」


 瑞希からノートを渡された。ペラペラとめくりながら自分の席に戻っていくが、尋常じゃない量の瑞希の書き込みがあって戦慄する。


「今日は特にへこまされたな」

「物好きだよな。毎回あいつに挑んでいくなんて」


 一部始終を見ていた大我たいが遼太郎りょうたろうが慰めるためかジュースを渡してくれる。こいつらも小説書きのメンバーの一人だ。


「なあ、俺の作品の悪い所ってなんだ?」

「んー、三話でだいたい読み切った感がある」


 瑞希と同じことを大我が言う。こいつは義理で最後まで読んでくれるし評価ポイントも入れてくれるがレビューを書いてくれたことは一度もない。


「言っちゃ悪いがお前の作品、やってることの根本が変わらないから全部同じ感想にしかならんのよ。コピペでいいなら全部書いてやるぞ」

「荒らしかクラスタ認定されかねないな」


 おおっと、主人公没個性&ヒロイン都合よすぎ問題がここでも。


「遼太郎は?」

「ヒロインが毎回巨乳。あれ、智明の趣味でしょ?」

「馬鹿言うな。大小問わず好きだ」


 だが巨乳じゃなかったら抱き着かれたり腕を抱き込まれて胸の柔らかさにドギマギするシーンが書けないじゃないか。


「それは俺も含めて男は好きだけどさ、女の子からしたら『そこまでする?』なシーンが多いんだ、智明のは」

「野暮かもしれんけどこの際聞くわ。モンスターが跋扈ばっこする世界でなんで女の子が薄着なん? 防御力捨ててね?」

「いや大我、お前のヒロインも薄着じゃね?」

「俺のはちゃんと理由があるんだよ。モンスターと戦うのに武器防具を使うのは臆病者とされる民族だから。素手で軽装なのが戦士の証なんだよ……ってか、お前さては読んでねえな?」


 しまった。墓穴を掘った。罰として大我にジュースを持っていかれてしまった。


「瑞希も言ってたけど、他の人の作品読んだ方がいいのかなあ」

「それがいいと思う。プロアマ関係なしに上手い奴は上手いから」

「でもよ遼太郎……人の作品読んだら自分の作品に影響受けるんじゃないかと思って」

「いや、智明は好きな小説の影響モロに受けてるじゃないか。昔に流行った転生とかざまぁ系」

「俺の一次創作のルーツだからな」

「いい設定あったら『自分の作品に使える』って言ってたのはどこの誰だ?」

「俺だな」


 指摘されるとわかるものだ。自分は何を変なプライドで意固地になっていたんだ。


「瞬間的に一位取れる腕はあるのにな、こいつ」

「だから一発屋って呼ばれてるんだよ」

「おい」


 初めて聞いたぞそのあだ名。


「コンテストでも智明、一時的にトップ出るけどすぐ落ちるじゃないか。それを小学生からやってたら……ねえ?」

「お前にタグ付けするなら確実に付ける」

「するな」


 さすがに一発屋のあだ名のまま卒業するのはごめんだ。いい加減本気になるとしよう。


「よし、俺は読む。そして勉強する。あいつの順位を上回れるその日まで」

「打ち切りか死亡フラグみたいなセリフだぞ」

「うるせえ」


 早速スマホを操作してランキング上位の作品から読み始める。そんな読書モードに突入した俺を置いて、大我と遼太郎は離れていった。


「智明さ……長森のも読むのかなあ?」

「読まねえんじゃね? あいつ、変なところで意固地だから」


 なんだか二人がボソボソ言っているが、多分俺の悪口だ。あるいは結局瑞希に勝てないかもと賭けをしているのだろう。


「読んだらバレバレなんだけどなあ。小説書きの幼馴染に恋する女の子の話なんて」

「小学生の頃からの長期連載してる奴だろ……卒業までに完結すりゃいいんだけど」


 どこかでため息が聞こえたような気がした。

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