A devoted reader

澤田啓

第1話 僕は読者と仲間と

 いつの頃からだろう、僕が物語を紡ぎ始めたのは………。


 幼き日から拙い小説もどきをノートに書き連ねて、両親や兄弟……そして学校の友達に自慢げに見せていたあの日。

 最初はどこかで観たアニメや読み終わった漫画、そして図書室で借り出した本の内容を丸写ししたような物語とも感想文ともあらすじともつかぬような……多分、今読み返してしまうと『穴があったら入りたい』を凌駕し『自分で地殻とマントルを突き破る程の穴を掘って、そのまま飛び込んで6370km下にある地球の核で押し潰されてしまいたい』程の思いに駆られる暗黒歴史の年代記クロニクルとでも云うべき……恥辱の文書群達であったと思われる(度重なる転居による紛失を幸運と見るべきであろう)。


 そんなおぞましき記憶から幾星霜を経て、少年は青年となり……そして今や中年と呼ばれる年代に差し掛かりつつあるが、それでも僕は未だに何の役にも立たない……そして一銭の銭にもならぬ文字列を積み上げ駄文と成し、そしてそれらを更に重ね合わせて物語を産み出し続けている。


 発表の場も少年期の終わりには学校のクラブ活動にあった文芸部の部内報、そして青年期には『公募ガイド』なる雑誌を購入し……短編・中編・長編と書き上げたタイミングで間に合う賞レースに片っ端から応募し、そのことごとくに片っ端から落選して行った。

 そして2000年代に入り、小説投稿サイトが全盛期となった今でも……中年となった僕はPCのキーボードや携帯端末スマートフォンのタッチパネルを駆使しては、自分自身の書きたい物語を奏で続けている。


 幼少期から少年期にかけては親も兄弟も友人達も、僕の創造した物語を読んで……お世辞が半分以上だったとしても喜んでくれていた筈だ。

 しかしながら時が過ぎ、僕が青年となった頃から……定職にも就かずアルバイトで糊口を凌ぎ、明けても暮れても原稿用紙を汚い文字列で埋め尽くすだけの異邦人となってしまった僕の成れの果ての姿が、彼らにとっては疎ましい存在となってしまったようだった。

 そして彼ら自身が世間の代表者と云う肩書きの勇敢な討伐者として……異常者へと変異してしまった僕に対峙し、正論や常識……一般的な大人としてあるべき理想像と云う名の聖剣エクスカリバーを振りかざしては、物語を紡ぎ出す以外に何の能力も持たない哀れなるヒトの変異体である僕の精神こころ肉体からだを切り裂いては、満足げに僕の前から立ち去って行った。

 その後は僕の目の前から兄弟が捨て台詞を吐きながら消え去り、友人達も前向きかつ現実的な人生の構築に向かって詫びるように走り去り、同好の士から始まった恋人ですら呆れ果てたように僕を見捨て去った。

 毎日のように説教をしながらも、唯一の理解者と云うべき存在であった両親も相次いで鬼籍へと入ってしまい……最後に残されたのは精神こころ肉体からだをズタボロに切り裂かれた醜い、そして全身の傷口から体液を垂れ流し続けるだけの年老いたの残滓だけだった。


 その残り滓は孤高に生きるなどと云う超越者スーパーマンの様であろう筈もなく、僕は薄汚く傷だらけのボロボロで……孤独に苛まれ泣き叫ぶ隠者でしかなかった。


 あまりの金欠と生活の不安定さに耐えかねて『雇用対策法施行規則 第1条の3 第1項 3号のイ』に基づいて募集のあった、正規の仕事にありついた僕は……一時的に僕の異形の者としての本分であり、唯一無二の特殊能力スキルであった物語を紡ぎ出すことを諦めざるを得ないこととなった。

 僕の中の異端者が、過去に聖剣エクスカリバーで負わされた傷が元で死んでしまった訳ではなく……ただ単に働くことで時間がすり潰され、3Kなどと云う労働条件が鼻で笑われる程である8K超の労働条件が、超高画質大型有機ELテレビ並に鮮やかな色合いで、物語を紡ぎ出すために必要な僕の気力を浪費し、使い尽くしてしまっていたのだ。

 そんな悪辣な環境の中で働き続けていたのだ、いつしか僕の壊れかけだった精神こころ肉体からだは……生きるためだけだと割り切った筈の低賃金の労働に対する対価として完全に疲弊し、臨界点からこぼれ落ちてしまわないよう細い糸タイトロープの上を綱渡りしながら生きていた。


 茫然としたように悄然と日々の暮らしを続けていただけの僕に、いつもは辛辣な否定の言葉しか吐かない同居人が救いの手を差し伸べる。


『あなたの好きにすれば良いじゃない』


 そして僕は心を決めた、拘束時間と日当単価の割り算を行うと……条例で定められた最低賃金の半分にも届かず、上司からの恫喝と同僚からの嘲りの声しか聞こえない、崩壊後に混乱するバベルの塔周辺における狂躁の如き対話不可能な場所から逃げ出し……新たにもっと給与は安価で、しかしながら時間と云う救いだけはある僕にとってだけ有意義な職へと転進した。


 その後……時は現在いまへと至る道を、静かにしかし確かな歩みを以って進んで行く。

 

 僕にとっては今この時が、幼少期より始まった物語との関係性の中で……最も幸福で尚且つ至高の時間となっている。


 デジタル機器でも紙であっても構わない、僕が創造主となった、あらゆる世界あらゆる宇宙……その全てがどのように怒り、憎しみ、悲哀に囚われようと、僕は何の感情も揺り起こされることなく、冷徹な筆致を以って何となく書きつけていれば……妖しいぐらいの快楽が押し寄せて、僕自身がどんどん狂ったような気持ちになってしまう。


 そして……そんな僕の隣には、現在・過去・未来に渡ってただ一人だけ……僕から逃げず、僕を遮断せず、そして僕の前から去らなかった者が居る。


 僕の物語における愛読者であり……僕の精神こころ肉体からだ守護まもるために、その身を挺して僕に仇なす総ての攻撃を受け止めてくれた同居人であり仲間である。


 それが全身をズタボロに切り裂かれた醜い、そして全身の傷口から体液を垂れ流し続けるだけの年老いたの残滓だけだとしても。



feat. Kenkoh☆Fooshi

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