私市述の新作談議

名苗瑞輝

私市述の新作談議

「マジクソツマンネーですよ先生」


 読売よみうり璃李りいは言う。

 俺こと私市きさいちのべるは同人小説家である。

 璃李はそんな俺の数少ない読者であったが、今ではこうして公開前の作品をレビューしてくれる。

 今回は『相樂啓太さがらけいたは変えられない』という小説について評価してもらっている。


「やまなし、おちなし、意味なし。やおいなんて昔は言ったみたいですけど、そこらのBLの方がよっぽど面白いですよ」

「ど、どこがダメなんだ」

「まず、何で登場人物を男二人にしたか教えてください。相手役は女の子じゃダメだったんですか?」

「いや、後輩女子のネタこの間書いたから。ほらあれ、『家入大夢いえいりたいむは留まる所を知らない』ってやつ」


 あれはあれで個人的には気に入っている。だからこそネタかぶりしないよう気をつけた。


「いや、だったら後輩って設定を変えましょうよ。後輩がグイグイ来る感じ、被ってますよね?」

「まあ……そうだな」

「ラブコメを避けただけですよね? でも結局、先生の書く作品はラブコメ寄りの思想なんですよ。現代ドラマ感ないですから。もう一個の『天才美少女プログラマー(自称)網走蘭は東奔西走する』だって、正直ラブコメ寄りですし」

「手厳しいな」

「そういう契約ですから」


 少し心折れそうになり、俺は璃李から目をそむけた。

 するとその先にいた藍田あいだ愛加まなかと目が合った。そのまま彼女に助けを求めるつもりで見つめてみたが、目を逸らされてしまう。


「私はアイディアを出しただけ」

「愛加さんは何て言ったんですか?」

「未だにガラケー使ってるようなおっさんと今時の若者がいちゃつく話」

「戦犯じゃないですか! 私市先生の良いところ台無しですよね!?」

「ラブコメがいけるならそれくらい書けるはずと思った。反省はしてない。むしろ述の技量のなさが問題」

「まあ、それはそうですね」


 そこは擁護してほしいところなのだが。


「じゃあどうすれば良いんだ?」


 俺が問うと、璃李はやれやれといった表情と仕草を見せる。


「私はあくまで、一読者として評価してるだけですから。担当編集とかじゃないんですよ。だからそこは私が踏み込むべき領域じゃありませんよね」

「そうだったな、すまない。とりあえず問題は、この後輩の気持ちが考えられてないとみていいか?」

「そうですね」

「正直、男を好きになる気持ちがわからないのだが。俺ヘテロセクシャルだし」

「何言ってるんですか。だったら先生は美少女ですらないですよね?」

「確かに」


 となると真剣に考えられてないということか。

 少し思案しようとしたとき、愛加が言った。


「別に、そのネタにこだわる必要は無いのでは?」

「おい発案者」

「私はアイディアを出すだけ。しかしそれを必ず取り入れる必要は無い」

「まあそうだ」

「あなたは自ら考えることを放棄してはいけない」

「考えることを放棄……」


 確かに彼女の言うとおり、この作品に俺の思いはあまり込められていない。

 素材は悪くないと思う。ただ、それを生かし切れていない。ならば自分なりのアレンジをするならどうするか。

 暫く考えた結果、閃いたものがあった。俺は早速それを書き出した。


「おっ、乗ってきましたね先生。コーヒーでも淹れましょうか?」

「……」

「あ、これ集中して聞いてない奴ですね」

「こういう時は好き放題言うと良い。どうせ聞いていない」

「いいですねそれ。先生冷蔵庫のプリン食べちゃいますね」

「資料として本を買うから経費で落とす」

「……」

「良い感じに無視してやがりますね。先生、私と付き合ってください」

「私とは結婚して欲しい」

「お前らうるさい!」


 二人が騒ぎ立てる中ではあったが、俺はなんとか改稿作業を終えることが出来た。

 早速それを璃李に見せる。


「良い感じになりましたね。星1つです」

「酷評じゃねぇか!」

「嫌ですね。そもそも評価に値しなければ星なんて1つも付けませんからね」


 * * *


「という作品を考えてみたのだが」

「マジクソツマンネーですよ先生。そもそも現代ドラマジャンルのくせにラブコメみたいな雰囲気でてるじゃないですか」


(以下ループ)

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私市述の新作談議 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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