マジックミラーの裏側【PW⑤】
久浩香
第一王后の醜聞
国王には8人の后妃がいるが、彼女らは皆、上級貴族の令嬢である。両親が共に上級貴族の
その為か、ある時、その代の国王が
「余に歯向かい牙を剥くような、不届きな雑種を組み敷いてみたい」
と、彼の友人達に告げた。
国王の意向を受けた国王の取り巻きの貴族達は、自分達の領地から、これと思った娘を攫ってきて国王に献上した。友人達の拙速に喜んだ国王は、その中で一番自分を楽しませた娘を連れて来た男に褒美を与えた。これが発端となり、国王が開催の号令をかけると、国王を満足させるのは誰が連れて来た娘かというゲームが始まった。このゲームは、后妃や他の貴族達には秘された為、彼女達の口からバレるのを恐れ、国王に遊び飽きられた娘は、そのゲームの参加者の慰み者になり、次のゲームで連れてこられた娘達の世話係として飼われた。そのゲームが社交界で暗黙となり、この宮殿は旧王宮となり、国王がそれだけに飽き足らなくなった頃、今度は全員で乱行に励み、誰が娘を孕ませられるかを競い、娘が誰の子を孕んだかを当てるゲームへと変わっていった。
両親が誰であるかは、赤子が3歳になり
王都の
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一口に上級貴族と言っても、社交界の中では序列というものがある。上級貴族は元を辿れば皆、国王陛下と血統を同じくし、どこかの時代に殿下として生まれた者の子孫なので、序列が高いのは陛下の従兄妹達で、王家と血が別れて久しく、その後に王族との婚姻もなされなかった我が家などは、父の代の頃には既に良い地位にあるとはいえなかった。その上、父は、純血種の妻達との間に子供を儲ける事もできず、唯一生まれた子供である私は混血だった。
混血の全てが悪いわけではない。近親同士の婚姻が続くと血が
平民にも金髪碧眼の者はいる。なので、そういう相手と子作りすれば良いものを、何故か父は、あろう事か黒髪黒眼の女に私を産ませた。
私の父は金髪碧眼であったので、私が黒髪黒眼で生まれたといっても、上級貴族を継承する事は許されたが、私の特徴を受け継いだ子供は養護院へ送られ、金髪碧眼の子供が生まれななければ、私の死をもって断絶となる。
そして、次世代への不安要素しか持たない私に、普通の
謙遜する無駄は省こう。
私の母は、類まれな美貌の持ち主であったようだ。私はその母の血を色濃く受け継ぎ、絶世の美男といって差し支えない。私は19歳の時、後に義父となる貴族に尻を貸し、義母とも交わって、彼等の娘を第一夫人に貰った。妻もまた、私の美貌の虜だった。
彼女との間に産まれた長女は、陛下の第一王子殿下と同い年であり、宮殿で行われた殿下の10歳の誕生パーティーでは、居並ぶ令嬢達の中で、殿下から最初のダンスの申し込まれる栄誉を得た。その後もお茶会に招待されるなど交流は頻繁なようで、このまま順調に事が進めば、王太子妃に選ばれる事も夢ではなく、殿下が国王となられた暁には、第一夫人の娘で金髪碧眼である長女は、后となれる資格を有していた。
金髪碧眼の長男も無事生まれ、断絶の危機を脱し、長女が殿下の目に適った時から、私は陛下の友人の一人として側近くに寄らせてもらえるようになった。それまで、混血貴族と馬鹿にしてきた連中は、掌を返して私との交流を図ってきたのだ。
しかし、殿下が16歳の誕生日を迎え、正式に王太子殿下となられる一ヶ月前、陛下と第一王后陛下の間に、王子殿下がお生まれになった。王后陛下は御年39歳。お二人がまだベッドを共にしていた事への驚きと共に、私の未来予想図は、ガラガラと崩落したのだった。
陛下が王后陛下とベッドを共にしていた事に驚いたのには理由がある。平民共の事は知らないが、普通の貴族達は、妻が30歳を超える頃には彼女の寝室で寝る事は無い。
私の場合は、妻は1人しかいないし、彼女に感謝もしているので、望み通り一緒に寝ていたが、通常、政略結婚である妻との行為は、子供を作る為だけに行うものであるので、出産に耐えられる可能性の下がった妻と、好き好んでしようとは思わないものなのだ。妻の方も妊娠して体形が崩れるのを嫌い、子供を作らない事を条件に、夫に用意させた自分好みの従僕を寝室に呼び寄せて奉仕させたり、小姓や愛人との情事に喜びを見出す。
4人の妻しか持たぬ貴族でさえそうなのだから、8人の妻を持つ陛下は、后妃が30歳になる前にはすっかり、抱く気力など失っていると思っていた。
それに、陛下には他の愉しみがあった。旧王宮に親しい貴族を呼び集め、広間に置いた4脚のテーブルを引っ付けて広くした台の上にマットを乗せ、ベッドにした物の上で一人の娘を代わる代わる犯すのだ。広間と隣室の控室の間の壁はマジックミラーになっており、早いうちに娘とし終えた私は、陛下の待つ薄暗い控室へ向かうのが恒例であった。既に興奮されている陛下は、私が部屋へ入るや否や私の体を引き寄せて貫いた。陛下は娘が犯される様を見た後に私を抱く事を、殊の外、愉しんでおられたのだ。
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その日、いつもの様に旧王宮へ行くと、そのまま隣室へ通された。煌々と灯りのついた室内。この部屋をまじまじと見るのは初めての気がした。他に誰も来ている様子はなく、ベッドルームも電気が消されていて真っ暗だった。いつもなら先ず引き倒されるソファが置かれているマジックミラーの前には、横幅が広く奥行の狭いテーブルと2脚の椅子が置かれていた。私は、扉側の椅子に座り陛下を待った。後ろには天蓋付きのベッドがあった。
(私だけと愉しまれたい?)
陛下の物好きに思わず知らず笑みが零れた。
しばらく待つと扉が開き、陛下が入って来られた。振り返り立ち上がった時には、陛下がどんな表情をしているかは解らなかった。陛下の近侍によって、照明が落とされたからだ。陛下が横の椅子に座られると、広間の灯りが点いた。一脚のテーブルの周囲には6脚の椅子。それが4セット並び、ダイニング仕様に変更されていた。整列した小さい子供達が入ってきて、全員が椅子の後ろに立つと、院長らしき者が笛を鳴らし、それを合図に子供達は席についた。
「養護院の子供達だ。君の子供がどれか解るかい?」
もし、まだ全員が生きていれば6人いる筈だった。妻の産んだ1人と私生児が5人。だが、あまり興味は無い。私の手許には可愛い2人の子供がいたからだ。私が目をこらしていると、子供達の前には、次々とスープ皿が並べられていく。
退出していた近侍が、控室の扉をノックして入ってきた。私の前にもスープ皿とスプーンが置かれた。近侍は陛下の前にはワインだけを置き、そのまま陛下の後方に控えた。
「子供達と同じモノだが、君も待っている間に腹が減っただろう。珍味だぞ」
勧められるがまま飲み進めていると、陛下は、
「最近、王后の産んだ王子が、私の子ではなく私の友人の子だと書かれた読み物が、御婦人方を中心に出回っているのを知っておるか?」
と、尋ねてこられた。
私の心臓は跳ね上がった。
「確かに、王后は一時期、私の友人と浅からぬ関係にあり、私もそれを許した。だがそれは9年も前の話だ」
陛下の友人──旧王宮で知り合った軍人の彼は、陛下が好んで私と寝る事に興味を持ったらしく、私を抱きにきた事があった。彼は不用意にも、自分がかつて王后陛下の愛人だった事を漏らしたのだ。それを聞いた私は、王后陛下の産んだ王子殿下は、彼の息子に仕立てあげられるのではないかと思ってしまった。
「王子が確実に私の子だと鑑定するには、あと1年待たねばならぬが…」
私はスプーンを持つ指の震えが止まらなかった。
「君。世話役の一人と親交があったようだね」
「……は、い」
嘘はつけなかった。
その世話役の混血の娘もまた、第一王子のお気に入りだった。他にも、第一王子に王太子になってもらわねばならない貴族は少なくなく、陛下の取り巻きの中にも私の仲間はいた。私の書いた、発行元が解らぬ冊子を皆で手分けしてばら撒いた。もちろん細心の注意を払って、だ。
「その世話役、昨夜死んだ事は知っておるか?」
(えっ!?)
私は、目を見開いたまま、陛下の方へ顔を向けた。
「世話役だけでは無いぞ。他の4人もだ。…そのスープ。それは余を
陛下が、私が半分以上飲んだスープの皿を指さしたので、私の目は自然スープ皿へと落ち、スープの水面に映る私と目が合った。私が
「君の家が断絶する前に…やはり、もう一度、君を味わいたくてね。残念だよ。…これ程に愛おしんでやったのに、これが最後とは…な」
私のズボンに手をかける陛下の声を聞きながら、私はある事に気づいた。
子供達が口に運ぶ、スープに浮かんだ肉。
あれはあの子等の父と兄弟なのではないか、と。
─ 完 ─
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