⑥
「今日はこれくらいにしておきましょうか」
ヤンの声でハッと我に返ると、笑美もヤンも泥まみれだった。
ヤンが作った精巧な鳥はざっと数えてゆうに七十体はある。対して、笑美の作った土くれは十二体しかなかった。
「ごめんなさい、私、ヘタクソで……しかも、全然量も作れなくて……」
冷静になってみると笑美は恥ずかしくなった。少しアプローチされたくらいで舞い上がって、みっともなくはしゃいで、恥ずかしい妄想までしてしまった。
卑屈さは、一度口に出すと止まらなかった。
「私、昔から空気読めなくて、全然うまくやれなくて……人からも、き、嫌われてしまって。勉強頑張って大学に入ったんですけど、やっぱり友達とかできなくて……」
常識的に考えれば、会って日の浅い会社の上司に自虐をぶつけるのも失礼なのだが、口に出せば出すほど、今までの悲しく辛い思い出が溢れてくるようだった。
「こんなんだから男の人とも全然話せなくて……ちょっと優しくされたからって、舞い上がってしまって……キモいですよね私」
頬に涙が伝う。
「地元でも、媚びててキモいって言われてて……ブスだし、どんくさいし、嘘つきだし、なんにもできないのに、調子に乗ってるって……」
「誰ですか」
ヤンが口を開いた。
「あなたにそんな呪いをかけたのは誰?」
ヤンは目に静かな怒りを湛えていた。
「あなたがそこまで自分を否定するのは誰のせいですか? 私はそれを許さない」
ヤンは笑美の手を取り、自分の頬に当てた。手に付着した泥が顔を汚すことも気にならないようだった。
ヤンが小刻みに震えていることに笑美は気付いた。彼は本気で怒っているようだった。怒りの表情のまま、ぶつぶつとなにか唱えている。
「穴手前、樽、並列……」
キャッと叫び声を上げて笑美は思わずヤンの手を振り払った。ヤンの手が燃えるように熱かったからだ。
「すみません」
ヤンはハッとしたような表情をして謝罪した。
「つい、感情的になってしまって」
次の瞬間にはいつもの柔らかな笑顔に戻っていた。
「でも、そんなふうに自分自身のことを悪く言うのはいけません。もう、やめて下さいね」
「はい……」
笑美はおずおずと答えた。もう涙も引っ込んでしまった。
「こんなことを言うのは不適切だとは分かっているのですが、ここまで呪われているとは思いませんでしたから、はっきり言いますね」
ヤンは笑美の前に跪いた。
「私はあなたを愛しています」
笑美の全身から汗が噴き出た。何か言おうとしても、空気が口から出たり入ったりするだけで言葉にならない。
「あなたを愛しています。地上にはあなたより尊いものなどありませんから」
笑美はなんとか答えようとしたが、舌がもつれて何も言えなかった。なにか言ったところで、きっとそれは無意味な言葉の羅列に違いなかった。
「愛しています」という言葉だけが強く脳に焼き付いて、何も考えられそうになかった。
ヤンは口をぱくぱくさせている笑美の様子が滑稽だからか、子供のような高い声で笑った。
「あなたになにか返して欲しいとは思いません。お返事も要らないので、大丈夫ですよ。ただ知って欲しかっただけなのです。あなたを、心の底からお慕いしているということを」
「そんな……私なんて」
「なんて、は禁止です」
やっとふりしぼった笑美の言葉をヤンは軽く制止した。
「さて、本当に日が暮れてしまいます。身を清めて、帰りましょうか。家まで送らせますね」
固辞する笑美の言うことなどまったく無視して、ヤンの言いつけたことは全て行われた。
笑美はシャワールームではなく、施設の中にあった大きな浴場でゆったりくつろいだあと、用意されていた笑美では到底買えないハイブランドの服に身を包み、映画でしか見たことのない黒塗りの高級車で安アパートに帰宅した。
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