スマホなんてなければいいのに

カユウ

第1話

 スマートフォン。通称スマホ。手のひらサイズのパソコン。メール、通話だけじゃなく、アプリをインストールすればなんでもできる。知識と環境を整えることができれば、自分でアプリを作ることもできる。そうなると、本当になんでもできる機械だ。数あるアプリの中でも、スマホの利用者が増えるきっかけの一つは、SNS だと思っている。ソーシャルネットワーキングサービスの略で、有名どころだと Facebook、Twitter、LINE あたりだろうか。スマホがあれば、デジタルカメラ顔負けの高解像度写真を撮って、思うがままに加工をし、SNS に投稿することもできる。だが、物事には良い面もあれば、悪い面もある。スマホと SNS を使ってあまりよくないことをしている人もいる。パパ活や未成年の誘拐あたりはニュースにもなっているから、知っている人もいるだろう。

 そして、俺の目の前にも、スマホと SNS を使ってあまりよくないことをしている人物がいる。妻だ。楽しそうにスマホをいじっている。きっと男と次の逢瀬おうせの相談でもしているのだろう。そう、俺は浮気をされている。


 28歳で結婚してから、5年。妻と相談し、30歳くらいまでは子どもを考えずに二人の時間を過ごしていた。あちこちに出かけ、美味しいものを食べ、付き合っていたときのように二人の世界を楽しんでいた。そのときは、このあと浮気されるなんて夢にも思っていなかった。

 しかし、30歳になったあたりで俺の仕事内容が一変。たずさわっていたプロジェクトのマネージャーが離職することになり、代わりにマネージャーになってしまったのだ。最初からかかわっていて、お客さんの覚えもいいからっていう理由だけでマネージャーになってしまったのだから大変。前任のマネージャーからの引き継ぎもそこそこに、マネージャーとして立った。準備期間がほぼゼロの未経験者がマネージャーをやれば、プロジェクトが炎上することなんて火を見るより明らか。案の定、大炎上し、朝から晩まで必死こいて働く毎日。泊まり込みなんてざらだった。今思えば、俺が家に帰れなくなったのが、浮気された原因なのかもしれない。


「だからって浮気が許されるわけじゃないけどな」


 つい独り言が口をついて出る。洗い物の水音のおかげで、ソファに座る妻には聞こえなかったようだ。こっそりと胸を撫で下ろす。


 妻の浮気に気がついたのはただの偶然だった。大炎上したプロジェクトが終わり、ようやく定時で家に帰れるようになってしばらくしたところで、妻が飲み会と行ってでかけていった。これまでも、妻だけで飲み会に出かけることはあった。だから、今回もそうだろうと思っていた。だが、そうじゃなかった。その時の飲み会は、浮気相手との逢瀬だったのだ。

 帰ってきた妻を出迎えると、めずらしくベロンベロンに酔っていた。久しぶりに会った友達と飲みすぎたのかと思い、ひとまずソファに座らせ、水を飲ませた。戸締りをしようと思って玄関に行くと、妻のスマホが落ちていた。しょうがないやつだな、と思いながらスマホを拾い上げ、なんとなしに画面を見た。見てしまった。そこには、知らない男の名前が表示されたチャットの画面が表示されており、男から送られてきた妻が裸になっている写真が目に飛び込んできた。


「……うそだろ」


つい、スマホを持つ手に力が入った。今までほとんど家に帰っていなかった俺が定時で帰るようになり、なかなか浮気相手と会うことができなかったようだ。チャットをさかのぼっていくと、そんなようなことが書いてあった。人は、あまりにも衝撃的なことが起こると、回り回って冷静になるらしい。俺は、自分のスマホを持ってくると、妻と知らない男のチャットの画面をスクロールしながら写真に納めていった。ロックがかかっていない今のうちとばかりに、知らない男の連絡先や、妻のスマホに納められた写真や動画を残らず自分のスマホに転送。もちろん、転送したことがわからないようにしっかりと後始末をした。そのあとは、何食わぬ顔で妻の介抱に戻った。


妻の浮気を知った俺は、弁護士.com の無料相談と法テラスに問い合わせ、妻側の事由による離婚に強い弁護士を紹介してもらった。紹介してもらった弁護士と話したところ、妻と知らない男が合体している写真が必要だという。手元にあるチャットや妻のスマホに保存されていた写真だけでは、妻側の責任で押し切れないかもしれない、と。

というわけで、今は妻が尻尾を出すのを待っているところなんだ。

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