スマホでピッてしたら異世界に飛ばされるようになってしまった話

最上へきさ

いつもの駅の改札をくぐったら

「……ここ、どこだよ?」


 思わず俺はつぶやいた。

 ほんの一瞬前まで、俺は駅の改札を通ってホームに向かっていた。

 いつもの電車に乗って、いつもの道を通って、いつもの教室に辿り着くはずだったのに。


「……ここ、どこ?」


 振り向くと、シノハラさんがいた。

 学校一番の美少女で、同じ駅を使っている女の子。

 いつか話しかけたいな、一緒に登校できたらな、なんて思ってたけど。


「ヤマシタ君? これ、えっと……駅じゃないよねぇ?」

「……線路も電車も見当たらないね」


 俺達は周囲を見渡す。

 線路だの電車だのというレベルじゃない。街ですらない。


 見渡す限りの大平原だ。地平線まで視界を遮るものは何一つ――


(……いや、なんかいるぞ)


 段々近く人影が血に飢えたゴブリンの集団だと分かった途端、俺はシノハラさんの手を取って全力で逃げ出した。


 脳裏を駆け巡るのは恐怖、危機感、それから興奮。


(ヤバい、ヤバい! 俺――異世界に飛ばされたんだッ!)



 ゴブリン達の足は速くなかったが、数が多かった。

 そして俺達を助けてくれたキャラバンの護衛達は、数は少ないけれどみんな腕利きだった。


「冒険者! あれが冒険者だよシノハラさん!」

「すごかったねぇ、あっという間にやっつけちゃった」


 俺達はキャラバンの人達とともに、しばらく旅をした。

 旅を続ける中で分かったのは、この世界にはレベルやスキルという概念があること。

 魔法があって、モンスターがいて、魔王もいる。


「正真正銘の異世界じゃん! ひゃっほーい!」

「ヤマシタ君ってすごいよねぇ。適応力高いし前向きだし。わたし、全然だよ」


 これまでオタク文化に触れてこなかったシノハラさんは、いまいちピンときていないみたいだった。

 でも、俺が必死に布教しているうちに彼女も少しずつ興味が湧いてきて、


「確かに楽しいかも。ルールがはっきりしてて、結果が数字で分かるってことでしょ? ちょっとやる気出てきた!」

「だろ!? 一緒に頑張ろうぜ!」


 俺達は冒険者の後をついてノウハウを吸収していった。

 レベルを上げていくうちに、モンスターとも戦えるようになってきた。


 このまま行けば、俺達もこの世界で生きていけるんじゃないか?

 と思ったら。


「……ヤマシタ君。これ、ジュースの自販機だよね?」

「マジだ」


 旅の途中で立ち寄ったヨーロピアンな街角に、ぽつんと自販機があった。

 浮いてる。明らかに。


「やったぁ、喉乾いてたのぉ。まだチャージ残ってたかなぁ?」

「えっ、そんな普通に受け入れる?」

「受け入れるよぉ、この世界の飲み物って味が薄いんだもん」


 シノハラさんは極めて普通な顔で、カバンからスマホを取り出した。まだ残してあったのだ。


 ピーチ味のジュースのボタンを押してから、タッチセンサーにスマホを押し当てると――

 シノハラさんが消えた。


「……ええ~……?」


 あまりのことに愕然としながら、俺も同じことをやってみる。

 すると。


 俺は知らない街にいた。

 元の世界――日本のどこか。


 変わらないのは自販機と呆然としているシノハラさんだけ。

 こうして初めての冒険が終わった。



「つまりね、シノハラさん。この旅で分かったことは三つあると思うんだよね」

「うんうん」


 放課後の屋上。

 俺達は二人きりで弁当を食べながら、話し合った。


「一つ。向こうで過ごした時間は、こっちでは七百分の一ぐらいになる」

「えーとぉ、一ヶ月で一時間ぐらいってことだよねぇ」


 向こうの世界で過ごしたのがほぼ一ヶ月ほど。

 こちらではすっかり行方不明扱いかと思っていたが、一時限目に遅刻した程度で済んだ。

 学校一の美少女と同伴遅刻を決めた俺は、すっかり全校から妬まれる存在になっていたが。


「二つ。向こうで上げたレベルやスキルは、こっちでも通用する」

「火の玉で壁に穴開けちゃって、大変だったねぇ」


 これも体育倉庫で実験した結果だ。

 もちろん壁は修復したが、俺達につきまとう噂は悪化した。

 『壁が壊れるほど激しいプレイ』って一体どんなだよ。


「三つ。異世界から行き来するには、スマホがいる」


 俺達は、お互いの手元にあるスマホに目を落とした。

 本体も画面も変わったところはまったくない。


 ただ一つ違うのは、カード類を納めた財布機能の画面。

 イセカ、という……ちょっと馬鹿馬鹿しい名前のカードが登録されている。


「こんなカード、いつ入ったんだろぉ」

「普通に考えたら、あの朝、改札を通った時……だよね」


 一体誰がどうやって――なんてまったく分からない。

 とにかく理由は何にせよ。


「これを利用しない手はない……よな」

「こういうの、なんていうんだっけぇ? チート?」


 シノハラさんも分かってきたね。


「えへへぇ。なんかね、ヤマシタ君見てたら、わたしも楽しくなってきちゃったんだぁ」


 小さな口でオニギリをかじりながら、シノハラさんが微笑む。


「一緒に楽しもうね、ヤマシタ君」


 ……ていうか。

 俺にとっては、今このシチュエーションこそが一番チートなんじゃね、って思う。


 だって、好きな子が隣で笑ってくれてるんだぜ。

 これ以上ラッキーなことってある?



 スマホでいつでもラクラク異世界生活。

 これはめちゃくちゃラッキーなんだけど、地味に不便でもあった。


 迂闊に電子マネーが使えない。

 コンビニでコーヒー買ったら異世界。

 自販機でジュース買ったら異世界。

 改札通ったら異世界。


 厄介なのは毎回どこに飛ばされるかがランダムってところだった。

 ドラゴンの巣に飛ばされた時はマジで死ぬかと思ったし、地下牢に閉じ込められた時は餓死しそうになった。

 あと、女湯に飛ばされた時は本当に死を覚悟した。社会的な意味で。


 とにかくレベルが上がると、こっちの生活も良くなっていった。

 憂鬱だった体育の授業は俺の独壇場になったし、勉強だって楽勝だ。

 異世界から持ち帰ったアイテムを扱うヤバい古物商を見つけてからは、金にも困らない。


 ……今思うと、俺もシノハラさんも、完全に浮かれてたと思う。

 正直に言えば、薄々予感はしてたんだ。


(こんなにラッキーなのが俺達だけのはずない、って)


 ある日、放課後異世界探索を始めようとした俺達の前に刑事が現れた。


「君達、ちょっといい? おじさんね、最近若い子達が起こす事件を捜査してるんだよね」


 異世界から持ち帰ったアイテムやスキルで悪事を働く。

 俺もシノハラさんも、考えたことないかと言えば嘘になる。


 このスマホがあれば万引きなんか簡単だし、物を壊すのも人を殺すのも簡単にできてしまう。


 俺はその刑事が去った後、シノハラさんと頷きあった。


(レベルを上げて、スキルを身に着けたヤツは……普通の人間には手に負えない)


 このまま警察に任せておけば、いずれもっと被害は大きくなっていく。

 いつかは俺やシノハラさんの身近な人だって巻き込まれるかもしれない。


「そうなる前に……俺達が、なんとかしないと」



 越境者――つまり俺達のように『イセカ』が入ったスマホ持ち同士の戦いは、熾烈を極めた。

 この世界や向こうの世界、場所を選ばず繰り広げられる死闘。

 魔法や剣はオモチャじゃない。本気でぶつかりあえば、どちらが死んでもおかしくない。


 連中だってただでは諦めてくれなかった。

 俺達が異世界を満喫していたみたいに、彼らだってこの暮らしを楽しんでいたのだから。


「クソ――一体何なんだよッ、テメェらは! 正義の味方にでもなったつもりかよッ!」

「大げさだな。せいぜい、風紀委員ってとこだろ」


 俺達は相手の男を連れてこっちの世界に戻ると、相手のイセカを削除する。

 同時に俺のスマホが光を放つ――男が手に入れたスキルと経験値が、すべて俺のイセカに記録されたのだ。


 俺は男にスマホを投げ返してやる。

 男は悔しそうな顔をしてはいたが、それ以上は何も言わずに逃げ去った。

 イセカを失えばレベルもスキルも全て無くし、俺達にかなわないから。


「……これで、この辺にいた通り魔系の連中はおしまいか」

「もー、なんでああいう人達って、みんな逆ギレするんだろ? せっかくのチャンスで悪いことしたのは自分なのにぃ」


 口を尖らせるシノハラさんはやっぱりかわいいけれど、これはめちゃくちゃ怒っているサインだ。

 甘く見ていると、えげつない格闘スキルをコンボで叩き込まれて呼吸困難に陥る。


『――ドウヤラ、時ハ満チタヨウダナ』


 俺とシノハラさんはお互いの顔を見合わせて、それから首を振った。

 どちらかが声色を変えたわけではない。


 咄嗟に取り出したスマホ。

 液晶に映っていたのはイセカ。


「コイツ――喋れたのか!?」

『愚カ者メ。上ヲ見ロ』


 見上げた先――曇天を裂いて姿を表すのは――


「――でっかいスマホ!?」

『違ウ。我ハ『モノリス』……宇宙ノ始マリカラ終ワリマデ存在シ、スベテノ事象ヲ記録スル『アカシックレコード』ノ標……』


 色んなことが記録できる、黒くて平べったい板状のもの……


「やっぱスマホだねぇ」

『モノリス、ダ』

「でも、きっと通話とか撮影とかもできるんだろ?」

『デキル』


 やけにメカニカルで丁寧な受け答え。

 やっぱスマホじゃん。


『否』


 超巨大なスマホ――自称モノリスが、キラリと光を放つ。

 空を焼くほどに激しい閃光が彼方へと伸び――


 街が吹き飛んだ。


『モウ学ビノ時間ハ終ワリダ――人ヨ。コレガ最後ノ試練ダ。生キ延ビテミセヨ』


 いや待て、ちょっと待て。


 慌てる俺、呆然とするシノハラさん。

 辺りを包む喧騒。あっという間に街を舐め尽くす炎。


 その中で、スマホだけが変わらず光を放っていた。


 ……そうだ。

 悔しいがモノリスの言う通り。


(俺達には――異世界で身につけた力がある!)


 スキルやレベルだけじゃない。

 出会った人々、くぐり抜けてきた冒険。


 そのすべてを活かせば、どんな困難もきっと乗り越えられるはず。


 俺とシノハラさんは頷きあって、


「……やろう。シノハラさん」

「うん。がんばろぉ」


 駆け出した。


 スマホから始まったこの大冒険を終わらすために。

 でっかいスマホ――じゃなかった、モノリスの元へ。

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