「撮影…」

低迷アクション

第1話

「ただ、今後、独善的な正義を掲げ、ある事件の加害者の元を訪ねる“ユーチューバー”のように、よりインパクトある映像や物語を求めて、一線を超える作り手が出てくる。いえ、もう出てきていると言っていいでしょう」


ある新聞の社説で書かれた一文である。昨今流行りの“動画配信”は良い面も悪い面もある。

安易に撮られた(いや、これはかなり偏見があるモノの)動画は、映像の手軽さと、

ネットにスマホといった視聴の容易さを持ち合わせ“直近単純刺激”として


“タメになるモノ”


“えっ?これは不味くない…”


と言う両面を持ち合わせ、生活の中に当たり前として受け入れられたと思う。


(何の裏付け、確証もない考察大変失礼…あくまでも上記を誇張するための表現と

言う事で一つご容赦頂きたい)


筆者も、親戚の子が“面白い映像”と称して見せてくれるモノの中に事故現場や暴動で泣き叫ぶ人間の動画を見せられ、まだ未就学児でも、こんなに簡単に“刺激”に触れる事が出来るのか?と戦慄した覚えがある。


今や社会は1億人、いや、それ以上が“総クリエイター”の時代を迎えており、小学生の

なりたい職業の第1位は動画配信者…(ただ、昨今の流行り病で、テレワークが増え、

働くお父さん、お母さんを見た子供達が何を思ったか?今年のなりたい職業第1位は

サラリーマン、動画配信は2位になったらしいので、自身の老後も含め、少し安心…蛇足を失礼)


前置きが長くなった。今回は、この動画配信に関連した友人の体験である…



 映像系サークル出身のPは大学を卒業後、会社勤めをしながら、動画投稿を続けていた。

仲間内でも個性のあるアイディアや実際に入賞経験のある彼の活動は、順調に進み、


テレビで動画配信者が広告料で大金を稼ぐ事が、世間に広まるようになった頃、彼も仕事とは別で数十万の収入を得るまでになる。これに勢いづけられ、Pは会社を辞め、

動画クリエイターとしての道を歩み始める。だが、世間はそんなに甘くはない。


彼が会社を辞め、2年目に、投稿しているサイトのガイドラインが変わった。詳しくはわからないが、端的に言えば、月数十万の収入が数万円になった。


慌ててサイトに抗議したところで


「動画投稿は貴方が勝手にやった事、別に雇用契約を結んだ訳ではありませんから」


の一言で一蹴される。当たり前と言えば、当たり前。フリーランスより厳しい現状が彼を待っていた。動画のチャンネル登録数を稼ぐため、自分を売れる事は何でもやったと言う。


個人情報である貯金残高や生活様子をネットに乗せ、視聴者からの注文は全て答え、警察に捕まりそうになった事もあった。


しかし、どれほどやった所で、Pの人気はどんどん下降していく。挙句にサイト運営側から

投稿を停止させられる通知まで来た。


見えない増悪を感じた。皆が自分を嵌めている。自身の欲求解消のために煽り、貶め、

楽しむ。しかし、一度、自己の承認欲求が満たされる悦びを知ったPは、

そこから抜け出せなかった。


「いつかまた人気が出る。実績があるからな。チャンスは来る。俺はそれを撮るだけでいいんだ」


憑かれたように当時のPは周囲に語っていた。やがて、そのチャンスは到来する…



 冬、深夜の雨の日だった。コンビニ帰りのPは、車の轢き逃げを目撃する。逃げ去った車の相手はわからず(後に捕まった)目の前には、血を撒き散らした女性だけが路上に転がっていた。


呆然と立ち尽くすPだが、コンビニの従業員達が外に出て、スマホで救急車を呼んでいるのを見た瞬間、自分の役割を確信し、足が進む。


女性との距離が近づくにつれ、寒気を覚えるも、スマホを構える事により、だいぶ気分が逸れた。そのままフラッシュを炊き、3回撮影。動画撮影のアプリを起動し、画面ごしに彼女の姿を捉えた瞬間、恐怖は完全に消え、犠牲者が素材に変わる感覚を覚えた。


至近距離まで迫り、女性の全体を撮影した後、膝をつき、相手の顔元にスマホを近づける。


女性はまだ息があった。Pは自分が人の最期を撮影し、これを投稿した時の反応の凄さを想像し、全身の高揚を覚える。


「た…タスケテ」


足元のチャンスが手を伸ばしてくる。Pは興奮を抑え、スマホを遠ざけ、近づけを繰り返し、女性の顔と手を交互に撮影し、緊迫度を盛り上げた映像を生み出していく。


「大丈夫ですよ。救急車は呼びましたからね」


素材の手をごく自然に躱し、動画用の台詞を考えていく。ここは取材形式で行くべきか?

それとも救急隊員の手当&応答確認風?


後者は経験も知識もないので、前者で行く。


女性の生活様子、

年齢などの個人情報、家族構成、

今、痛い所は何処か?

何故事故に遭ったのか?


等を、泥と雨、流した血で溶けたような顔の女性に言葉を一方的に投げかけていく。


女性は何も答えないが、Pは気にしない。台詞を、この作品を彩る締めの言葉を考え、思いついた瞬間…彼はとても良い笑顔で、この言葉を贈る。


「今、どんな気持ちですか?」


女性は何も言わなかった(後に動画を投稿した所、わずかに口を動かした様子があり、動きから文字を読み取る事の出来る人のコメントによると“死ね”と言っていたとの事だった)…



 Pの動画は、投降後、すぐに停止された。しかし、人の生と死を扱った作品として、海外のサイトなどに映像が流れ、多くのコメントと収入を得た。コメントの約8割がPの行動を批判するモノだったが、彼は自身の欲求が久しぶりに満たされた事、自分が認められた事だけで良かった。


以前に一番の動画再生回数は“殺人”と言う事を聞いた事がある。やはり人は日常にない

刺激を求めるモノ、自分はそれを担い、発信者としての義務と才能がある。本気で

そう思った。同じような出来事を求め、Pは深夜の町をさ迷うようになっていく。


動画投稿から2ヶ月が経った、ある夜の事、雨の中を歩くPは何かの予感がしていた。

女性を撮影した時と同じシチュエーション、自然と足は事件のあった場所へと向かう。


コンビニの明かりが見えた時、彼の体に凄まじい衝撃が走った。数秒間、空中に浮かんだあと、地面に叩きつけられる。


全身に走る痛みのせいで、言葉を発する事が出来ない。何が起きた?理解に苦しむ彼の、わずかに開いた目は、雨に前進びしょ濡れになりながらも、こちらに進んでくる影を捉える。


助けを求めようと、口と手を動かすPを無視し、3回、強い光が瞬く。残像残る目の前で、泥が跳ねあがり、真っ黒く変色した塊が自分の前に鎮座した。


怯える彼の前で、それは長方形の何かでPの頭からつま先まで舐めるように、

左右に滑らせ、彼の目と鼻の先に突き付け、不明瞭な言葉で何かを喋り続けた後、何処かに去っていった。


結局、Pはコンビニ店員の通報で事故から2時間後、病院に運ばれ、半年の入院になる。原因は車に衝突された際の骨折と言う事だが、彼を轢いたとされる車輌は今日に至るまで発見されていない。


また救出が遅れた理由の一つとして、コンビニ店員達の証言がある。彼等は事故当時、Pの前に蹲り、容体を見ていた人物がいた事を警察に証言している。


その人物は店員達の方を振り向き(雨のため、顔や性別は不明との事)

“大丈夫ですよ。救急車は呼びましたからね”と不明瞭な発音で伝えてきたとの事だ。


寒空で、気温は氷点下、オマケに天気は雨…その中での長時間の放置が関係してかは、医者の方でハッキリと診断できないとの事だったが、Pの両手は凍傷のため、左3本、右手2本の指を失った。


最後にPは警察に対し、その人物が発した台詞で唯一聞き取れた事がある事を証言している。その言葉は


“イマ、ドンナキモチデスカ?”だったと言う…(終)

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