わたくしは犬である

三谷一葉

わたくしは犬である

 わたくしは犬である。

 名前はプリン。今年で三歳の、立派な成犬である。

 人間の世界では、大人の女性は自分のことを「わたくし」と呼ぶらしい。

 だから、わたくしは自分のことをわたくしと呼ぶことにしている。

 もう己の尻尾を追いかけてクルクル回るような仔犬ではないのである。


 わたくしは、犬の中では大きい方だ。

 チワワやシーズーなど、わたくしの頭より小さい犬に会ったことがある。

 この前、チワワの体重を聞いたご主人様は、「プリンの十分の一!」と叫んでいた。

 どうやら、わたくしは重いらしい。

 仔犬の頃は、ご主人様の膝の上に載せて頂けたり、ご主人様が両手で抱っこして下さることがあった。

 成犬になってからは、ほとんどない。

「プリンを抱っこするのはもう厳しいなあ」とご主人様は言っていた。

 わたくしは成犬おとなである。

 いつまでも膝の上で甘え、ご主人様に抱っこをねだるような仔犬こどもではない。ないったらない。

 ··········。

 ····················ご主人様の抱っこでしたらいつでも大歓迎です。待ってます。

 持ち上げて頂かなくても良いので。座ったままでも結構ですので。

 気が向いた時にでも、よろしくお願いします。


 

 ご主人様はわたくしの他に、猫を飼っている。

 名前はクッキー。二歳の成猫である。

 わたくしと比べて、やたらと長くふわふわとした毛を持っているのが特徴だ。

 もう仔猫こどもではなく立派な成猫おとなであるのに、身体が小さく体重がチワワやシーズーと同じぐらいであることを良いことに、あの猫は成猫おとなであるにも関わらず、まるで仔猫こどものようにふにゃふにゃとご主人様に甘えている。

 ご主人様の許可なく勝手にご主人様の膝によじ登り、ご主人様の都合を考えずにご主人様の足にじゃれついている。

「クッキーは可愛いねえ」がご主人様の口癖だ。

ちなみに、「プリンは可愛いねえ」もご主人様の口癖である。

「プリンは良い毛並みだねえ」

「プリンは今日も綺麗だねえ」

「プリンは今日も美人だねえ」

 ご主人様は褒め上手だ。


 わたくしには、倒すべきライバルがいる。

 すまーとふぉんというヤツだ。

 この長ったらしい名前を省略する時、「すまふぉ」ではなく何故か「すまほ」になるらしい。

 ご主人様がたまにわたくしのことを「プリン」ではなく「プー」と呼ぶことがあるが、それと同じなのだろうか。

 とにかく、この「すまほ」が強敵なのだ。


 ヤツの身体は猫のクッキーよりも小さい。ご主人様が片手で持ち上げられるぐらいの重さである。

 わたくしやクッキーのような毛が生えていない。全体的につるりと硬い板切れだ。

 この板切れの何が面白いのかよくわからないのだが、ご主人様はこの「すまほ」をよく触る。よく見ている。

 ご主人様のご都合などおかまいなしなクッキーなどは、「すまほ」に夢中なご主人様の膝の上に勝手によじ登ったり、「すまほ」とご主人様の顔の間に身体をねじ込んだりと好き放題やっているが、わたくしにはとてもそんな真似はできない。

 何故なら、わたくしは成犬おとなだからだ。

 ご主人様が構ってくれないと拗ねるような仔犬こどもではないのである。


 ··········。

 ··········あの、ご主人様。

 さすがに、少し「すまほ」を見ている時間が長くはないでしょうか。

 わたくし、つい先程からご主人様の足にぴったりくっつくようにおすわりをしてみたのですが、お気づきですか。

 あ、頭ポンポンありがとうございます。

 ところでプリンのことは見えていますか? 今、ご主人様のすぐ近くで仰向けになって、お腹を見せてみたのですが。

 ··········あ! ご主人様がこっち見た! プリンのこと見た!

 ご主人様! ご主人様ー!

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