異世界アプリ

狼二世

その手で世界を救え

 西暦にして20××年、それは前触れもなく訪れた。


『スマホを手に取って。それがアナタの聖剣になるのだから』


 世界中の都市――いや、人が住んでいる場所から一斉に女性の声が聞こえてくる。

 発信源はどこか? 誰もが別の場所を見ていた。

 それもそのはずだ――世界中のスマホが、一斉に女性の声を発したのだから。


『私は遠き世界の女神。異世界の皆さま、どうかお力を貸してください』


 画面に映るのは絶世の美女。起動したのは謎のアプリ。


『さあ、アプリを起動してください。異世界へとアバターを通してアクセスし、悪の軍勢を打ち破るってください』


 その日、世界中のスマホにウィルス――ではなく、ゲームがインストールされる。

 ゲームの内容は単純なもの。危機に瀕した世界へ召喚された英雄が平和を求めて戦うと言うもの。映像がやたらとリアルで敵を攻撃すると赤かったり緑だったりする液体が容赦なく流れる謎のゲーム。

 怪しいと思ってアンインストールしようとしても何故か出来ない呪いのアプリ。

 誰もが思った。


 怪しい。


 だが、非難の声はない。

 理由は簡単だ。ユーザーに利益があったのだ。


 敵を倒すとお金が手に入る。これまた何故かスマホにインストールされたアプリに電子マネーのような形でポイントが蓄積される。そして、いい加減しつこいが何故かインストールされていたアプリから接続できるネットストアで使用することが出来た。


 人間、金を握らせれば黙るのだ。


 そうして、誰もが副業と言う名のゲームをスマホで始める世界が誕生した。

 いつしか、謎のアプリ――通称、異世界アプリは生活の一部になっていいた。


 当然、歩きスマホは増えた。


◆◆◆


 油断をした。

 正面に確認できる敵は小鬼が3匹。貧弱な腕と"ごぼう"みたいなこん棒を振り回す弱い魔物。そんな雑魚は俺のアバターなら一撃で吹き飛ばせる。

 槍を構えて突っ込んだ。接敵の瞬間、突然地上に浮かび上がる魔法陣。視界には紫色の光が溢れて、気が付けばダンジョンのド真ん中。

 オーガに追い回されてダークゾーンに迷い込み、よく分からない遠距離攻撃でチクチク体力を削られる。


「万事休すか……」


 ああ、ここで死んだらアイテムの回収は無理だな。

 なんて諦めてたら、システムメッセージが表示される。


 ――貴方を対象とした『引き寄せ』の魔法が発動準備しています。許容しますか――


 神の助けだ。即座にOKアイコンをタップすると、光が俺アバターを包む。

 はは、オーガが慌てて追いかけて来たな。ただでさえ赤い顔が真っ赤だぜ。

 こん棒が振り下ろされる。女の身体程はある細い腕に大木をそのまま削り取ったような棍棒。スイングだけで吹き飛ばされそうだけど、そいつが俺の身体にあたることは無かった。


 光が収まると、俺はホームタウンにしている町の真ん中に立っている。目の前には似合わないシルクハットを被った爺さんのアバター。


「わりい、助かったよ爺さん」

『アキト、無茶をし過ぎだぞ』


 アバター越しに声が聞こえてくる。


「分かってるって爺さん。いつもありがとうな」


 俺とほぼ同時期にゲームを始めた仲間。アバターには現実世界の肉体が反映されるので、おそらくは高齢の方だろう。

 最初は機械音痴で基本的な操作も出来なかった。俺もさっさと止めとけと言うつもりだったが、孫にプレゼントを買う金が欲しいとか聞かされたからには放っておけない。操作を教え、一緒にゲームを攻略した大切な仲間だ。


『ところで、勉強はしているのか』

「当たり前だろ。爺さんに説教されたくないからな」


 まあ、多少口うるさいけどな。


「俺に説教して血圧が上がったら、孫に恨まれるだろ」


◆◆◆


 深夜、それは前触れもなく訪れた。


『勇者たちよ、始まりの町に集いなさい』


 スマホから聞こえてきたのは女神の声。俺はすぐさま寝床から跳ね起きるとアプリを起動する。

 はじまりの街。プレイヤーが最初に訪れる、城壁に囲まれた街。

 街には世界中からアバターが集まっていた。

 人ごみの中、爺さんの姿を見つけてお互いに駆け寄る。それと同時、町の外に巨大なドラゴンが出現した。


「レイドバトルだ!」


 アバターが一斉に城壁から飛び出す。

 矢と魔力弾の雨の下、戦士たちが駆け抜ける。

 だが、敵は強かった。

 いくら攻撃を加えようとひるまない。腕が降り降ろされる度に仲間たちが吹き飛んでいく。

 ヒーラーが悲鳴をあげながら回復魔法を使い続けるが、ジリ貧だ。


 ドラゴンの口が開く。キバの奥が発効すると、光線が大地を穿った。

 轟音と共に大地が飛び散る。焦げ臭い匂いと赤熱した泥のようなものが光線の跡に残っている。


 強い。

 このままでは勝てない。


『アキト、今が使い時だな』

「ああ、みんなも覚悟は決まってるって顔をしてるしな」


 だが、俺たちには切り札がある。

 それの使いどころは、皆が分かっていた。


「課命!!!!!!」


 咆哮が一糸乱れずに重ねる。

 それと同時に、アバターの足元から炎のようなオーラが立ち上る。

 俺の手にも力が宿る。今ならだれにも負けない!


 戦士たちが一斉に駆ける。大地が揺れる。ドラゴンの身体は剣で傷つき、魔法が鱗を吹き飛ばしていく。


 ――課命、それは戦士に許された特別な力。


 ちょっと昔、スマホでやるゲームでは『課金』をしてゲーム内リソースを獲得するシステムがあったらしい。

 異世界アプリには金を使うような場所はない。地球の金なんて異世界では価値がないからだ。

 だが、別のものを使ってリソースを得る方法がある。


 それが、『課命』。命を支払って力を得るのだ。


 戦いは一方的だった。ドラゴンが地に倒れ伏すと、勝鬨の声が上がる。

 同時に、アプリに大量のポイントが加算された。


「やったな爺さん、これで孫にプレゼントできるな」


 気安い仲間に声をかける。

 だが、返事はなかった。


◆◆◆


 翌朝、目を覚ますとスマホにメールが入っていた。

 送り主は爺さん。文面は、孫に送るんだと言っていたぬいぐるみの名前と『たのまむ』と慌てて打たれたメッセージ。そして、全額と思われるポイント。


 嫌な予感がした俺は以前に聞いていた爺さんの家を尋ねた。

 都内の小さな家。妻には先立たれ、子供たちは独立しているらしい。


 嫌な予感は当たるもので、呼び鈴を鳴らしても返事はない。

 庭に回ると、不用心にもガラス戸には鍵がかかっていない。

 訴えられることも覚悟して中に入ると、居間の真ん中で冷たくなった爺さんを見つけた。


 満足げに笑っていた。

 握ったままのスマホはスリープモードになっていた。


《了》

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異世界アプリ 狼二世 @ookaminisei

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