自分の代わりになってくれる便利なアプリがありまして

つかさ

第1話

「スマホにすごく便利なアプリがあってさ」


 俺は昔からの友人が勧めてくれた『ドッペルゲンガー』というアプリを使い始めた。このアプリはスマホを使い続けた俺のデータを基にスマホ上に仮想の俺を作り出してくれるアプリだ。

 たとえば、相手から電話がきたとする。その場合、通話による自分の音声データを使って、アプリに連動しているAIが勝手に会話をしてくれる。電話の相手がどんな人物かも過去のデータを引っ張って即座に導き出し、自分がその相手と過去にやり取りした内容に倣って会話ができてしまう。自分の口調・口癖も過去の音声データや自分がSNSで発信した文章から適切なものを使ってくれるので不自然さは全くない。

 音声ができるのだから、文章でのやり取りももちろん余裕だ。あぁ、なんかだるいけどチャットやメールに返信しないと、なんて悩む必要はない。スマホが勝手に話を進めて、まとめてくれるのだから。

 さらに、アプリゲームのログインや毎日のデイリークエストもやってくれるのも便利だ。朝や昼の空き時間や通勤時間をゲームに費やす必要もなくなった。ただし、自動でやってくれる間もアプリは起動しなければならないので、スマホで読書や音楽を嗜むといった他のことは出来ない。とはいえ、それならそれで紙の本を読めばいいし、あえて何もせずのんびり考え事をするのもいい。

 動画を見たり、SNSを眺めはするので、スマホから完全に離れた生活とまではいかないが、スマホがあるせいでヘタにやりやすくなってしまった人とやり取りをする手間を省けるのはかなりありがたい。


「今日は何かあった?」

『同僚から今度の金曜に飲みの誘いがあったよ。予定も特にないし、2週間くらい飲み会がなかったからOKにしておいた。仕事の締め切りもまだ3週間あるから今週は大丈夫と判断したよ』

「了解。場所は?」

『新宿・歌舞伎町の銀の蔵。集合時間は20時。会社を18時50分に出れば5分前に店の前に到着する』


 こういう風に自分の考えや予定にあったやり取りをして、終わったらその内容の説明と便利なアドバイスまでしてくれる。まさに至れり尽くせり。



「なぁ、今日は誰かから連絡あったか?」

『アエルで早紀さんから連絡があったよ。今度の日曜日に会いませんか、だって。予定を確認してから連絡しますと返信しておいた。ちなみに、その日は何も予定はない』

「それくらい知ってるよ。さて、どうするか……」


 最近はマッチングアプリで恋人を探している。早紀さんとの会話履歴を見ると、どうやらいい感じに会話をしてくれていたようだ。マッチングだけじゃなく、メッセージのやり取りまでしてくれて非常に助かるのだが、さすがにここから先はアプリに頼らず自分でなんとかしていい方向に持っていかないといけない。

 まぁ、相手と会話するくらい普通に出来るけどな。そこまで落ちぶれちゃあいない。


『二人の好みに合ったデートコースと、ランチの場所見つけたよ』


 ……なにせ、それ以外のサポートは全部してくれるからな。



 そして、早紀さんとのデート当日。


「優介さんですよね。早紀です。こんにちは」

「こんにちは。今日は……その、よろしく」

「はい、こちらこそ」


 ぎこちなさの残る会話。早紀さんとなんとなく目を合わせるのが恥ずかしくなってしまう。やっぱりアプリに頼りすぎていたせいなのか、どうにも会話がうまく出来てない気がする。


「あの……私、お話うまくなくてすみません」

「いや、そんなことないですよ。俺のほうこそ……」

「メッセージだと飽きないくらい話せていたんですけど……会って話すとなんだか緊張しちゃいますね」


 それだけじゃない。俺自身が彼女とちゃんと向き合っていなかったせいだ。アプリに任せっきりの会話の履歴を流し見して、それで自分も彼女と仲良くなったつもりになっていただけ。俺は本当の心がない空虚な身代わりを彼女にあてがったいた。最低なやつだ。


「あの!早紀さん。俺、実は……」


 俺は早紀さんに話した。これまで会話していたのは全てアプリが作り出したデータ上の自分であることを。早紀さんに対して失礼なことをしていたことを。だから、こんな俺との関係はもう切ってしまっても構わないと。


「えっ……優介さんも?」


 早紀さんから返ってきた言葉は意外なものだった。

 話を聞くと、どうやら早紀さんも俺と同じ『ドッペルゲンガー』のアプリを使っていたという。人付き合いが苦手で困っていたところに風の噂でアプリの存在を知って使い始め、アプリがうまいことやってくれることがわかったのでそろそろ結婚も考えていたこともあり、マッチングアプリでも使ってみようと思ったそうだ。

 まさか、その相手も同じ方法で会話していたとは思わなかっただろう。俺もだ。


 俺たちはお互いにモヤモヤと渦巻いていた罪悪感を謝罪と共に打ち明けた。そこからは会話が続かず黙り込んでしまうことや、的外れなことを言って相手を困らせてしまうことも多々あった。それでも、気まずさみたいなものは全然なく、そんな稚拙なやり取りすら自然と笑えてしまえるようになった。

 相手の目を見て、相手の気持ちを考えて、時には無神経なことを言ってしまうこともあるけれど、すぐにちゃんと謝れば時間と人の優しさが解決してくれる。


 俺と早紀さんはあっという間に仲良くなり、恋に落ちて、そして、結ばれた。

 

 なお、ドッペルゲンガーは使い続けている。やっぱり文明の利器は使いこなさないともったいない。これのおかげで夫婦二人水入らずの時間もたくさんできるし、生活の手助けにもなるのだから手放すのはもったいない。



「でも、本当に便利なアプリね」

「教えてくれた直哉には感謝してるよ」

「優介の昔からの友達の人よね。今日はそのお友達と会うのよね?」

「あぁ。会って話すのは何年ぶりかな。おっ、そろそろ家出るってあいつから連絡が来た。じゃあ、俺もそろそろ行ってくるよ」

「いってらっしゃい。楽しんできてね」


『俺も出るよ。18時には店に着く』

『了解。嫁さんの話、楽しみにしてるよ』


 ドッペルゲンガーがやり取りしてくれる会話を眺めて、家を出発した。こんな些細な用事でも玄関まで見送ってくれる早紀は本当に良い女性だ。



『夕方のニュースです。3日前、〇〇市に住む斉藤直哉さん宅に侵入し、直哉さんを殺害した強盗犯は未だ逃走中で周辺住民からは不安の声があがっています。強盗犯は直哉さん宅から財布などの貴重品やスマートフォンが入った鞄を盗んでおり……』


 あいつ、元気にしてるかなぁ。

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