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 通り雨のせいか日暮れのせいか、より空気の温度が下がり肌寒く感じる。一方で空気の湿度は上がり、なんだか懐かしいようなジメジメとした気持ちにぼくはなった。

 ぼくと彼女は親猫と子猫が同じ方向を見つめながら、どこか軒先で雨宿りしているようにベットの上で肌掛け布団にくるまりながら、隣接する窓を少しだけ開けて外の様子を伺っていた。

「夏の雨を見ていると思い出すことがあるの」と彼女が言った。

「どんなこと?」

「初めての彼氏と夏祭りに行った時のこと」

「ずいぶんとベタな思い出なんだね」彼女にしてはロマンティックな思い出だ。

「そうよね。でも本当に青春って感じだったのよ」彼女は続ける。

「お母さんと一緒に浴衣を買いに行って、白地に赤い椿の花模様でとってもお気に入りだったんだけどね、それで彼氏と待ち合わせて。でも花火の途中にね、すっごい大雨が降ってきて夏祭りは途中で中止になっちゃったの」

「それは残念だ」

「そうなの。で、もっと残念なことに私たち傘持ってなかったのよ。それで彼の自転車で家まで送ってもらったんだけど、もちろん浴衣はびしょ濡れで、どこで付いたか泥の汚れもひどかったの。つい私泣いちゃって」

「君が泣いたの?それは一大事だ」

「私だって泣くことぐらいあるわよ」

 泣かない女だって言ったのは君だけど、と僕は思った。

「そしたら彼、私にキスしてくれたの。なかなか変なタイミングだけど、それがファーストキスで。結構おしゃれな彼氏でしょ?」でもね、と彼女。

「それがキスするところをたまたま仕事から帰ってきたお父さんに見られてたのよ。お父さんもさぞ驚いたと思うのよ。娘が家の前でびしょ濡れで知らない男の子からキスされて号泣してるんだから。お父さんったら彼に怒鳴っちゃって」

「可哀想な彼氏だね」

「ほんとうに。でもその後誤解は解けて、結構家族ぐるみで仲良くしてくれたのよ。今思うと、雨の中の二人乗りだったり、泣きながらキスしたことだったり、お母さんが浴衣を綺麗にしてくれたり。あの雨も満更でもなかったなって思ったりするの」

 彼女は身体を伸ばして、ベッドの上で仰向けになった。ぼくはそんな彼女を上から蓋するように覆いかぶさった。

「今日も雨が降ったからまだあなたと一緒にいれる」

「別に雨が降らなくてもいてくれていいのに」

 ぼくは彼女の双子のほくろがある方の首元にキスをした。彼女から見て右側の鎖骨のあたりが、彼女が唯一気持ちいいと感じることができる部分だった。

「ねえ、今日のカレーライス美味しかったわよね」

 彼女がぼくの頭を両手で優しく撫でながら言った。

「ぼくには玉ねぎの匂いがちょっと気になったけど」

「玉ねぎなんて完全に溶けてて分かんなかったじゃない」

「ぼくはちょっとあるだけでも感じるたちなんだ」

「私が鈍感みたいな言い方しないでよ」

 ぼくはつい笑って彼女の顔を見上げた。彼女も笑っていた。

「ねえ、これからも私たち仲良しでいられる?」

「もちろん」

 ぼくたちってどういう関係なんだろう?彼女がぼくに何をもとめているのか分からない。そんなことを彼女に聞こうと思ったが、喉まで出かけた言葉を唾と一緒に飲み込んだ。

「これからもずっと変わらないよ」

 外では雨の音が弱まっていた。もうそろそろ晴れるかもしれない。少し開けた窓からは、雨雲の制御を振り切った夕日の赤が控えめに差し込んでいた。

                                      END

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感じるぼく、感じない彼女 りゅう @ryu_kasa

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