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 ぼくが絶頂に達すると、彼女は優しくキスをしてくれた。

「すみません、ぼくだけしてもらって」

「私も気持ち良かったから大丈夫」

「いや、ぼく何にもしてないし。なんならもう一回いけます、次は…」

 彼女は冷蔵庫まで立ち上がって、そこから水を出してごくごくと飲み干す。

「水?お茶?オレンジジュース?」彼女は冷蔵庫から意地悪くぼくに聞く。

「水で」少しムッとしながらぼくは応える。

 ベットにうずくまるぼくにペットボトルを渡すと彼女はぼくの隣に身を寄せた。

「私これで充分楽しいの。よかったらまた会ってくれる?」

 ぼくと彼女の初めて。ぼくが彼女を居酒屋に誘い、一方的に緊張してひどい泥酔状態に、そして彼女と一緒にホテルに入った。ホテルに入ってからは一気に冷静さを取り戻したが、どうにも彼女のペースに巻き込まれてしまった。

 それから彼女はしばしばぼくの部屋に遊びに来るようになった。

 はっきり言って彼女はセックスは好きではないらしい。

 ぼくたちが一般に言うセックスをするのは、一つの季節に一回ぐらいのペースだ。彼女はまるで新しい季節の訪れを思い出したかのように、ぼくに身体を委ねる。しかしそれ以外の多くの場合は、ぼくが一方的に彼女にたしなめられることの方が多かった。

 彼女がぼくに仕事を辞めると伝えたのは前回のセックスの後だった。ぼくが絶頂を迎えた後、彼女の胸元に身を任せていたとき。首の双子のほくろをよく覚えている。

 

 カレーライスを食べ終わると彼女は皿を持って流しに向かった。

「いいよ、そのままで。ぼくが片付けるから」

「ううん、片付けさせて」

 皿を洗うのはぼくの仕事だ。珍しく彼女の優しさを感じ、ぼくは不安な気持ちになった。

 皿を洗う彼女に向かってぼくは声をかける。

「これからどうするの?」

「映画でも見て帰ろうかしら」

「明日からのことだよ。これからの人生のこと」

「結婚はしたいかなあ」あっけらかんとしている彼女。

「仕事とか住むところとか」

「どうしようかねえ」

 夏の間、彼女とは改まって退職の話はしなかった。だからぼくは彼女がこれからどうやって生活費を稼ぎ、どこに住むのかなんてこれっぽっちも知らなかった。彼女は歳下のぼくにそんな話をしても無駄だと思ったのかもしれないし、もしかしたら誰にも話せないような夢があるのかもしれない。

「もしかして雨降ってきた?」

 皿を洗い終えた彼女は、タオルで手を拭きながらリビングの方へ戻ってきた。

「傘持ってる?」

「ううん、昨日あんなに晴れてたからね」

「傘貸してあげようか?」

 彼女はちょっと悩んで言った。

「よかったらもうちょっといさせて。通り雨だと思うから」

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