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 ぼくたちが作るカレーは、ナスときのこを炒めたものに牛肉を加えたものだ。調理の役割は自然と決まっていて、彼女は野菜や肉を切る。ぼくは、器具を用意したり、彼女が出した野菜屑を回収したりする。もちろん洗い物もぼくの仕事だ。そしてぼくは彼女が材料を切る姿がとても好きだ。彼女がナスのヘタやきのこの房をぎりぎりまで薄く切るところに、珍しく人間臭さを感じることができたから。

 ところで、ぼくたちはなぜ王道な具材でカレーを作らないのか。彼女はナスが好きで、ぼくはきのこが好きだから。そして。

「今日はさ、玉ねぎ入れたりしない?」

「え、あなた玉ねぎ嫌いじゃなかったっけ?」

 そう、ぼくは玉ねぎが嫌いだから。

 

 そもそも彼女のことを好きになったのは、玉ねぎがきっかけだった。会社の飲み会で、上司に飲まされ続けた新入社員のぼくは、隅っこの席で黙々と酢豚を食べていた。豚肉、にんじん、パプリカ、パイン、豚肉、ピーマン、にんじん、豚肉…。

「あなた、玉ねぎ嫌いなの?」

 彼女は笑いながら、僕の横に座った。

「え、なんでわかるんですか」

「だって、この卓の酢豚だけ玉ねぎ山積みなんだもん」

 ぼくは恥ずかしくなって、酢豚を手で隠した。

「あなたってチャーミングなのね」

 そう笑いながら、彼女は山積みの玉ねぎを口一杯に頬張った。

「堂々と食べなきゃいいのよ。私みたいなのが食べるんだから」と彼女は言った。

 人が人を好きになる理由なんて、何でもよかったのかもしれない。

 

 玉ねぎはぼくの冷蔵庫になかったので、近くのスーパーに買いに行った。家に帰ると彼女は、ソファで体育座りをしながら、絵を描いていた。なんの絵を描いているの?と聞くと、秘密と言われた。

 彼女はぼくの手から玉ねぎを奪い取り、キッチンへと戻る。もちろんぼくと料理をするときは、玉ねぎを使う機会は皆無だったが、彼女は器用に皮を剥き薄く包丁でスライスしていく。

「玉ねぎの調理も上手だね」

「そう?ありがとう」

 薄くスライスされた玉ねぎはあまりにも薄く、目の前にかざすと向こう側が透き通って見えるようだった。

「それにね、私玉ねぎ切っても涙が出ないのよ。すごくない?」

 確かに横で見ているぼくの目は赤くなっているのに、彼女の目はびくともしていないようだった。

「私、泣かない女だから」と彼女は笑いながら呟く。

 彼女がスライスした玉ねぎを、ぼくがフライパンで飴色になるまで炒め続ける。

 弱火でことこと、玉ねぎから出る水分でそれ自体を煮込むように。ただし注意深くヘラでかき回し続けなければ、すぐにフライパンは焦げ付いてしまう。玉ねぎが飴色に変わるまでには随分と時間が必要なのだ。

「いつまで炒めるつもり?」彼女は痺れを切らしている。

「そのうち飴色になるから」

「飴色って何色?」

「飴色は飴色だけど…。雨が降った後のグラウンドの色ぐらいかな」

「なにそれ不味そう」

「だからふつう飴色っていうんだよ」

「ねえ、手でしてあげようか?」彼女はぼくのスウェットに手をかざす。

「へ?」ぼくはヘラを掻き回す手を止めて、思わず彼女を凝視してしまう。

「だって暇なんだもん。飴色になるまでだから」

 そろそろ飴色になってしまうのだけど、ぼくには充分かもしれない。

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