スマホマニア

ラクリエード

スマホマニア

 ヴゥゥー。ヴゥゥー。パソコンに向かって黙々と作業をしていると、脇に置いていたスマホが机の上で震える。ヴゥゥー。いつまで経っても鳴りやまないそれに仕方なく手を伸ばして、画面にある名前を読み上げてから、出てくる赤と緑の選択のうち、緑をスワイプ。


「あ、もしもし? さっさと出ろよ」


 いつもの言葉に、うるさいな。こちとら暇人じゃねぇんだよ。


「おいおい、そんなこと言っていいのかよ。おまえにイイモノやろうと思ったのによぉ」


 決して脅すようなものではなく、茶化すような言い方に、要件を尋ねればいつもの、予想した通りの内容が帰ってくる。とはいっても一年に一度くらいのペースで、多い時には二回程度の決まり文句ではあるが。

 いつものように、日程を決めてから電話を切る。いつだって向こうの要件は決まっているのだから、もはや一種のクライアントと言っても過言ではないだろう。いや、もっと正確に言うならば、あっちが売る側か?

 ひとまず、予定表アプリを開いてやつと会う日程を書き込む。

 来週か。たまには、どこか、飯を食いに行くのもいいかもしれない。




 そうこうしているうちに、ピン……ポーンとわざとらしく間延びさせたベルが鳴る。インターフォンに答えるまでもなく、ガチャリと玄関が開く。いるかー、と元気らしいやつの言葉に、さっさと入れ、と俺は答える。

 今朝のごみ捨てついでに開けっ放しにしておいた鍵を閉めたやつは、靴を脱ぐなりスタスタと真直ぐとこちらに歩いてくる。


「おーっす、元気にしてたかぁ? また痩せたんじゃねぇの?」


 俺のいる生活圏に踏み込んでくる。快活と言わんばかりの眩しい笑顔と言葉に、こちらはうるさい、としか答えることができない。流行りものだろう装いで、その手には菓子折が三箱入ったビニール袋が下げられており、背中には大きめのリュックサック。

 じろりと睨み付けているうちに荷物を下ろした彼は、俺の座る椅子の後ろの空間に折り畳み式のテーブルを広げて、ビリビリと菓子折の包装を破き始める。ひとつめは餡子の入った饅頭らしいもの。

 いくつかをこっちに投げてよこしつつ廊下へと戻り、台所へ。相変わらずなんもねぇなー、と文句をいいつつ、勝手知ったる人の家。水と、棚を開く音。ケトルで湯を沸かしたらしい彼は、それとカップ二つを持って戻ってくる。

 既に一つ目のお菓子を頬張っていた俺に、茶を注ぎつつ勧めてきた。


「喉に詰まらせんなよー。で、順調か?」


 薄めの皮にふんわりとした餡子の甘味を楽しみつつ、うん、と肯定する。そうかそうかと、俺が見ていたディスプレイを見やると、もう一つのカップとケトルを持って後ろのテーブルについた。

 そこから始まるのは、一方的な雑談だ。わりかし高頻度で会っているとはいえ、こいつの話題は、不思議と尽きることはない。いっつもせわしなく動いている。何を生き急いでいるのか分からないときもあるが、元来、好奇心旺盛だ。

 やがて、二杯目のお茶と菓子折の大半を腑に収めた頃、すなわち夕方。はっと思い出したかのように彼はリュックを開いた。

 覗き込みつつ取り出されたのは、プチプチに入れられたスマホ。セロハンテープでとめられていた梱包を剥がし、俺に手渡してくる。

 ちょうど三年前に生産開始された機種だ。傷や塗装の剥げは目立つものの、電源ボタンを長押ししてみれば、しばらくお待ちくださいの表示の後、初期設定を始めようとする。機種の名前を思い出しつつ、回転する椅子でディスプレスに向かう。こいつのOSはまだ更新が止まっていないことを確認する頃には、アカウント登録を求める画面になっていた。


「何度も聞くけど、今回もいいのか? 三年ぽっちで俺に売っちまって」


 俺の態度をよそに、パキパキとおかきを味わっているらしい彼はお茶をすすってから、


「いいのいいの。最新機種、どうしても買っちまうからさ」


 スマホの寿命は、マイペースに使い続ければ五、六年はもつ。バッテリーが死んでも交換して、ほんとに使えなくなるまで使うようなやつだっている。彼らから見れば、こいつの神経は図太いというか、なんというか。

 振り返ってみると、確かについ先日発売されたスマホを彼はいじっている。使い心地は、と尋ねると、カメラがすごいんだぜ、とレンズをこちらに向けてくる。よくよく彼の荷物を見やれば、サイドポケットから二台のスマホが頭をのぞかせる。

 二台持ち、なんて一昔前はよく耳にしたものだが、こいつはその上を行く三台持ち。なぜ平気な顔でそんなことをしているのか、それが分からない。

 パシャ。短い音の後に、にやりとして画面を見せてくる。いかにも冴えない顔がよそ見をしていて、なるほど、確かにきれいに映っている。襟から覗くシャツから、クマ、服の皺から髪の一筋までくっきりだ。

 つまり、これを俺が手にするのは、およそ三年後。こいつとの関係がそこまで続いていれば、の話だが。

 とりあえず、このスマホの相場を調べよう。新品とキズものの中古品。フリマサイトからネットショッピングまで。ざっくりとした価格を調べてから、ようやっと俺は立ち上がる。部屋を出てからお金を用意して戻ってくる頃には、菓子折りは全てなくなっていた。


「お、サンキュ」


 彼は礼を言って、差し出したそれを懐へ。


「それにしてもすごいよなぁ。あ、俺のやつは並べてくれてんだ」


 感心する視線の先には、スマホ。彼が所有している三台ではない。

 この部屋の壁のショーケースの中に並べられた、五十台近くはあるだろうスマホだ。その一角に、彼が提供してくれたスマホを陳列している。


「さすがに見慣れたけどさ、やっぱ開発って大変なわけ?」


 狭い部屋の三分の一は占めているクリアケース。


「ああ。個人開発だからな……どうにか食い扶持は稼げてるよ」


 大小さまざまなディスプレイを覆う、赤、青、ミント、ピンク、スカイブルーにブラック。


「でも、もう化石のスマホくらい、捨ててもいいんじゃね?」


 発売順に並べてあるそれの、始めも始めのスマートフォン。カチカチと押せるボタン付きで、画面も小さく、ずっしりと重い。


「いいっちゃいいけど、どうせだったら使えるところまで使ってみたいだろ?」


 化石をケースから取り出して、席につく。ボタンを押せば、ぼんやりと光る画面を見せてやる。使い古された画面に指を伸ばす彼は、追随する画面に感嘆の声を上げる。


「まだ、動くもんなんだなぁ。へぇー」


 アプリを開発するうえで、山ほどリリースされているスマホの、何なら動くのか。それを含めてあらかじめ知っておかなければいけないことが多くある。

 もちろん、スマホはサイズもOSも複数あって、調整すればどれにも対応してくれるアプリのエディタなんて、探せば見つかるものだ。それでも安心できなくて、こうしてスマホを集めている。

 もっと楽に開発できたらいいのに。全人類一種類だけ持っとけよ、と何度も思うが、これはあくまで、俺が勝手に不安がって、実機で確認したがっているだけ。

 分かってはいる。こんなに要らないことも。実際には、新規開発のときでも、四年分くらいしか使わない。


「そうだ、食ったばっかだけど、飯でも行こうぜ」


 それでも買い取るのは、彼が訪ねてくれるから。どうしても止められない。

 たまにくるこの一日が、いつの間にか、堪らなく待ち遠しくなってしまっていた。


「お、そうだな。どこ行くよ」


 大量のスマホを置いて、俺たちは家を出た。

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スマホマニア ラクリエード @Racli_ade

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