スマホゲームに閉じ込められたが思ってたんと違う

白那 又太

最終話 スマホ太郎よ永遠に

 俺の名前は須磨すま 保太郎やすたろう、32歳。独身、無職、童貞。所謂引きこもりではないにしろ、人と積極的に関わることはない。


 ちょうどスマホが流行りだした頃から当然のように親しい人もそうでない人もこう呼ぶ。


 “スマホ太郎”ってな。


 なんともひでぇあだ名だが親を恨む気にはなれない。生まれた頃はスマホなんてなかったもんな。予想できないよな。


 運が、悪かった。


 そう、ただ運が悪かったのだ。俺の一生もスマホという略称が流行ったことも、そして今――



 とにもかくにもスマホが普及しだして10年と少しばかりが経った。俺の安物携帯の容量はソシャゲとクーポンアプリに食い尽くされ悲鳴をあげているところだ。特に俺が今めったにしない課金までして絶賛どハマり中なのが電車を擬人化(当然、全員美少女)した『鉄道娘 ~出発侵攻!!~』である。


 この鉄ムスにハマって以来、俺の日常は一変した。とにかく主人公の『のぞみ』が可愛くて仕方ないのだ。もちろん他の娘も可愛いが、この娘は別格だ。青いセミロングの髪にキリリとした目、白い肌、控えめな胸ながらモデルのようなすらりとした体型。仕草、表情。どこをとっても完璧だ。


 絵だが。


 そんなことはどうでもいい。今俺が頭を悩ませているのは現在置かれている状況である。


 秋葉原からの帰り道、ついつい夢中になる余り歩きスマホをしてしまい、気がつけばホームで足を踏み外して我が愛する電車山手に轢かれこの世とグッバイしたらしい。


 だが、どういう訳か俺は生きていた。


 いや、というのが正しいだろう。俺の大好きなゲームの世界に。



「という訳で君は一度命を失いました。もし、生き返りたかったらこのゲームをクリアすることです」

「なるほど、分かった。で、具体的にどんなゲームを?」


 来るぞ………来るぞ………!


「はい、『歩きスマホはダメ絶対』というアプリをご存知ですか?」

「はい?」

「『歩きスマホはダメ絶対』」


 いや、知ってる。


 知ってはいる。


 が。


「いや、この流れだったら絶対鉄ムスの世界でしょっ!!!!!!」

「えっ」

「鉄ムスしながら死んだんだから! 鉄ムスの世界に転生すべきでしょ!!!!!」


 俺の魂の叫びを聞いても目の前のカミサマらしき男は微動だにしない。


「きみ、マジで言ってんの?」

「マジも何もお約束でしょ!!? 前半熱く語ったあのくだりなんだったの!!?」

「きみ、反省とかしてないの?」


 汚らわしいものを見るようにカミサマが問いかける、


「うっかりしてたのは認めますけど!」

「通勤時間帯に電車止めて目撃者にはトラウマ植え付けて、電車は破損。あまつさえきみの腕が肩に刺さって大ケガした人もいるんだよ?」

「うっ………」


 カミサマの言うことは紛れもない正論であり、全くもってカミサマの言う通りだ。


「うぅっ………」

「どうやら認識してくれたようだね。自分の罪を。で、『歩きスマホはダメ絶対』知ってるの?」


 知ってるも何も政府が始めたNO歩きスマホキャンペーンの一環で今やほとんどのスマホにプリインストールされているはずだ。10億かけて作ったらしいが、中身はアプリである必要性すら感じないほどチープで、横スクロールアクション風味のゲームだ。


 内容は……確か……、一定時間ごとに操作キャラが携帯をとりだすのでその間は停止するんだったかな。停止しないと対面歩行者とぶつかってゲームオーバーだ。だんだん高速化していく歩行者の動きが気持ち悪いとか全64ステージの無駄にボリュームがある事とか、何よりどこに10億使ったんだとかしばらく炎上していたのは記憶に新しい。二日後にはほぼ同内容のフラッシュゲームが作成され、無料で配布されていたほどだ。


 一応、ステージクリアごとに何とかいうアイドル集団が出てきてクリアを喜んでくれるんだが、モチベーションになりうるほどでは全くない。


「ああ、だが聞きたいことがある」

「なんだい?」

「俺は操作する人なのかキャラそのものなのか」


 カミサマはにんまりと微笑んで答えてくれた。男性なんだか女性なんだかよく解らない中性的な顔立ちだがたぶん全部黄金比なんじゃないかと言うほど完璧で完全に見える。


「いい質問ですねェ!」

「いい質問なのか」

「あなたはゲーム内のキャラになります。腕、足、勝手に動く。きみ、立ち止まる。繰り返してクリアする。きみの意思で動くのは止まる為の足だけ。だがずーっと立ち止まってると制限時間、くる」


 なぜか片言になったカミサマの事はさておき、クリアまでの道のりがこれで判明した。正直、2回ぐらい触った程度のゲームだが啓蒙が主な目的なので難易度はそれほど高くなかったように記憶している。後はデスゲーム系にありがちな鬼畜設定でないことを祈るのみだが……。


「では、さっそくはじめよう。残機は3。全64ステージのクリア目指して頑張れ!」


 よし、内容は今のところアプリとほぼ一緒だ。後は速度だが……。カウントダウンと共に俺の足が勝手に歩みだす。ここまで来たら腹をくくってクリアを目指すのみだ。



 ――はぁっ……、はぁっ……。


「すごいすごい! 63ステージクリア! 後1ステージだよ! 残機も1!」

「くっ……」


 さっきのステージでついに残機1になっちまった……。速度はかなり早い。反射神経プラス第六感が必要だ。目覚めろ! 俺の勘!!


「では、最終ステージスタート!!」

「なっ……!! は、早っ!!」


 ギリギリでかわし続けるが、これは……持たない……。駄目だ……。



 俺は、歩みを止め、ただ人にぶつからないように立ち尽くした。せめて人にぶつからずにゲームオーバーになろう。それが最後の俺の矜持だ。


「ピピーッ! はい、終ー了ー!!」


 終わった……。


「このゲームの重大な欠陥は」


 何かを伝え始めたカミサマ。しかし俺の姿は徐々に消えていく。


「人にぶつからなければ」


 ――手足が透けてきた。


「歩きスマホしても良いかのような」


 ――意識も薄れてきた。


「あほらしい設定だね」


 ――もうカミサマの言葉もぼんやりとしか聞こえない


「きみは合格ってとこ、かな?」





 ――気が付くと俺はベッドの上にいた。


「先生! 意識が戻ったみたいです!」

「病……院……?」

「そうか、良かった!」


 なんだか、おぼろげな記憶を辿るに、俺はカミサマの試練に合格したらしい。


 俺は、ベッドの脇に置いてあったボロボロのスマホを見つめながら誓った。




 歩きスマホ、ダメ! 絶対!

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スマホゲームに閉じ込められたが思ってたんと違う 白那 又太 @sawyou

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