第16話 NEXT PROLOGUE


男は生まれながらに弱者であった。


何時何処に生まれ落ちたのか。誰の子であるのか。自分が何者なのか。

親が子に注ぐ親の愛の温もりも。何一つ知らなかった。



男は幼少期を神殿で過ごした。


その国では「人は神の子」とされ、特に10歳未満の子どもは神聖な存在として扱われる。

そのような背景から、身寄りのない子どもは神殿に預けられ、神父の手で育てられる習わしがあった。



だが、ここでも男は弱者だった。


男が保護された神殿には、新米の神父がいた。

神父とは名ばかりのその人物は、子供らに最低限の食事だけを与え、それ以外はほったらかしであった。


その人物が欲しかったのは、安定した生活それのみ。

神父の肩書きはそのために必要なモノであり、それ以上でも以下でもなかったのだ。


少しでも気にくわないことがあれば、神父は子供らに容赦ない暴力を振るった。

神父にとって、そこの子供らは金儲けの道具でしかなかったのだ。


そんな環境下で子どもらが出来ることは、細々と生を繋ぐことだけだった。

しかし、男が行動を起こすことはなかった。


それもそのはず。

男は、神殿での生活が「異常」であることを、知らなかったのだ。


他の子どもたちも同様。

その神殿では、神父こそが神であり、絶対だった。



そんなある日。男はあることを知った。


そのきっかけとなったのは、配給の際に神父が落としていった、一枚の写真であった。


そこには神父の他に、一人の子どもが写っていた。

その子どもが浮かべる屈託のない満面の笑みを目にした途端、男は全身に何かが駆け巡るのを感じた。



この時初めて、男は「感情」を知ったのだ。



初めての感情は、その圧倒的なエネルギーを以って、男を突き動かした。


白目を剥き、睨むように見上げる神父を見下ろして、男は写真の子どもよりも無垢に、笑った。



「無知」だった男は、「知」の悦びを知ったのである。



何の因果か、その日は男の10歳の誕生日だった。


この国では「転生の日」と呼ばれるその日から、男は一月ほど寝込んだ。


男は膨大な知の渦に魘され、目覚め、そして絶望した。


授かった才により全てを知った男を待っていたのは、圧倒的な「退屈」であったのだ。


既知の事象をなぞるだけの毎日。


何も知らない脇役と、結末を知る主人公。


転生し、力を得て、圧倒的な強者となりながらも。



男は孤独であり、虚無であった。




蓮の葉が浮かぶ湖の中央。


そこに浮かぶ真っ白な建物に、白く長い髪をかきあげ、一枚の白い布を器用に巻いた格好の男が、一人座っていた。


その手には古びれた表紙の本が開かれていたが、先ほどからページは動いていない。


そこにフードを被った人物が近づき、目前で膝をついた。


「セウズ様。決勝の相手が決まりました」

「ああ。知っている」


その男。セウズは、持っていた本を閉じ、短く答えた。


「勿論解っていますが、念のため」

「ああ。それも知っている」


フードの人物は立ち上がり、セウズが持つ本に視線を移す。


「結末を知る本を読むというのは、どのようなモノなのですか?」

「そうだな。読み手でありながら書き手。人でありながら神になった気分だ」

「そうですか」


セウズは立ち上がり、建物を後にした。

フードの人物もそれに付き従う。



生まれてから10年。セウズは圧倒的な弱者として、負け続けの人生を送ってきた。


その後全てを知り、才の名の通り『全知全能』となったセウズは、圧倒的な強者となり、最強を決める『TEENAGE STRUGGLE』において9年間無敗を貫いてきた。


その画竜点睛となる今大会。

10度目の優勝を勝ち取り、有終の美を飾ることで、セウズの「負」と「正」は清算される。



大陸の北と南。

数字の「壱」と「肆」を与えられた大地にそれぞれ芽吹き、育ち、開花しつつある力が集うは、その中央に位置する『央』の地下。


「零」の先にある景色は、若者たちに何を見せ、何を思わせ、何を与えるのか。


その答えは神のみぞ知る。いや、神すら知らぬこと、なのであった。

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TEENAGE STRUGGLE 其ノ弐 にわか @niwakawin

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