第15話 VS GONOKUNI ROUND5


噴水前の決闘。


セイの才『残像』による、飛ぶ斬撃の残像「飛斬像」。


次々と迫るそれに、李空の才『オートネゴシエーション』の応答はなく。

李空は、持ち前の運動神経だけでそれらを躱し続けていた。


「どうした?お前の牙はその程度か?」

「・・このままじゃ埒が明かないな」


「飛斬像」から逃げるため、李空とセイの距離は開く一方。

避けながら放つ李空の矢は力弱く、セイの目前で地に伏してしまう。


これでは攻撃が一方的になってしまう上に、位置が不明の「斬像」が増えてしまう。

『オートネゴシエージョン』による「斬像」の材質変化が、もう一度発動できるかも定かでない。


時間が経てば経つだけ、李空は不利になってしまうわけだ。


「まずは、一太刀。だな」

「しまっ!」


見える「飛斬像」が、見えざる「斬像」に跳ね返り、李空の脇腹部分を守る防具に直撃。ヒビが一層深くなった。


「・・・くそ」

「往生際が悪いぞ」


李空は、噴水の周りをなぞるように走った。

セイは深追いをせず、相手の出方を伺う。


いや、李空の次の一手を楽しみにしているようにも見えた。


「さて、どんな光景を見せて・・」


途中で言葉を切り、セイはつまらなそうに溜息を溢した。


セイを狙った攻撃は、噴水越しの射撃。

気づいてしまえばどうということはないその一矢を、セイは『剣』で払う。


「万策尽きたか。終わりだな」


次いで、セイは噴水の水を切るように『剣』を振った。

生まれた「斬像」によって噴水の水柱は根の部分で止まり、対極の李空の姿を露わにする。


はずだった。


「なっ!」


しかし、そこにあったのは、射手を失いつつも空中に浮かび、弦が引かれた状態でそこに滞在する『弓』であった。

その矢先はセイの方向を向いており、見えざる射手が手を離したように、飛んだ。


セイはそれを『剣』で払う。

その動作で隙ができた、セイの利き手と逆の脇腹めがけて。


「それは!」

「ああ。だ」


才具の一つ『槍』の矛先が迫った。

李空が噴水の向こう側に走ったのは、太一が残したこの『槍』を回収するためであったのだ。


その矛先は確かに防具にダメージを与えた。

しかし、セイの豊富な戦闘経験はその場面での最適解を即座に導き出し、反射的に行動を促す。


「残念だったな」


セイは、刺さった『槍』が防具を貫くよりも早く、致命傷となる前に自分の残像と入れ替わり、危機を脱出。

残像に刺さったままであり、すぐには抜けなくなった『槍』を持つ李空に向けて、いざ斬りつけんと『剣』を振るった。


『弓』は噴水の向こう。『槍』は残像に刺さったまま。

もはや万事休すと思われたが。


「いや、まだだ」


剣先が李空に届くよりも早く。セイの防具には届いた。


「なぜだ・・・『弓』は向こうにあるはず・・」

「簡単だ。俺はコイツを持ってきたんだよ」


セイからは死角となっていた李空のもう片方の手。

そこには、一本の「矢」が握られていた。


「素手で矢を・・ふっ・・・見事だ・・・・」


防具が粉々に弾け、セイの体は強制転送。

元居た場所に『剣』が落ち、カランと乾いた音が鳴る。


「刀折れても矢は尽きずってな・・」


決闘には勝利した李空も、力尽きたようにその場に大の字となる。


今回の李空は『オートネゴシエーション』の能力を所々で使用しながらも、ほとんど生身の体でセイの攻撃を躱していた。

さらに、相手の才の性質上、常に警戒状態を続けていたため、肉体・精神共に溜まった疲労は相当のものであった。


「『斬像』はまだ残っているのか・・?まあ、どちらにせよ暫くは動けそうにないな・・・」


地下であるにも関わらず、我が物顔でそこに存在する青空を見上げ。

試合に勝った満足感と、自分の力不足を痛感する不満から、李空は笑う。


伍ノ国代表、セイ脱落。

残り生存選手。壱ノ国三名。伍ノ国二名。




背の高い建物に挟まれた大通り。

路地を抜けた先に存在する直道は、追っ手から逃れるには些か不向きであった。


「・・よく追いついたな。逃げ足には自信があったんだが」


路地から3つの顔を出すその影に、シンは振り向き様に声を投げかける。


「匂いを辿ってきたえ〜る!」

「主人は鼻が利くあ〜る!」


とっくに人形を外し、その口に『斧』を咥えた、戦闘モードの影犬たちが答える。

一体何処から声を出しているか。出処は不明である。


「コイツを頼りにしたわけか。犬みたいなやつだな」


追跡のヒントとなってしまったタバコを口から離し、細く白い煙を口から吐くと、再び咥え、シンは相手を見据えた。


「接近戦になったのは不本意だが、負ける気はねえ。かかってきな」

「後悔しても知らないえ〜る!」

「さっさと勝って、京夜の援護に向かうあ〜る!」


影犬たちが咥える『斧』を掲げ、みちるはシンの元へと詰める。

そのまま振り下ろされた『斧』だったが、シンはそれを軽々避けた。


「こっちは年中ジジイを相手にやってんだ。そんな攻撃当たるかよ」


影犬たちが振るう『斧』も、常人からすればなかなかのスピードである。

しかし、バッカーサのそれと比べれば劣ってしまうのも、また事実であった。


「それなら・・よし、いってこい」


みちる自身の喉元から直接鳴る低い声は、二匹の影犬に命を下した。

主人に『斧』を渡し、リードを外された影犬たちが、シンを目標に襲いかかる。


防具とは別にダメージを与え、弱らせるのが狙いであろう。


「仕方ねえ。少し疲れるが、使うか・・・」


そう呟くシンは、背負う『狙撃銃』とは別の、二丁の「拳銃」を腰から抜き出し、両手に握った。


利口な二匹の影犬は、二手に分かれて左右からシンを襲う。

やや背後からの襲撃はシンの死角に当たり、少なくともどちらかの攻撃は通る。


と、思われたのだが。


パパンッ


。シンは二丁の「拳銃」をほぼ同時に発砲。

その銃弾は二匹の対照を確実に捉え、影犬たちは形を小さくし、そして動きを鈍くした。


「・・・何をした?」


明らかに弱った飼い犬を前に、主人の冷たい声に疑問と怒りの色が滲む。


「これはキャスタのババアに借りた拳銃でな。才を弱体化させる特殊な銃なのさ」


その名を『サイアンチガン』。

シンの説明通り、才の能力を一時的に弱らせるサイアイテムである。


反動が大きく、よほどの達人でなければ超至近距離でしか敵への被弾は望めない、本来は実に扱いが難しい代物なのだが、シンの才はその欠点を完全にカバーした。


今回、シンは己の才『ターゲット』にて、二匹の影犬を目標としてセット。

スコープいらずのその眼を以って、影犬たちの弱体化に成功したのだった。


「『斧』が振れなければ、近距離だろうが関係ねえな」


「拳銃」を戻し、背負う『狙撃銃』に手を伸ばすシン。


『サイアンチガン』によって弱体化した影犬たちは、命からがら主人であるみちるの両腕に戻る。

細くなったその腕は、巨大な『斧』を振るうには少しばかり頼りなく見えた。


「おいおい。今度は俺が鬼ってか?」


呆れたように言い放つシン。


形成が逆転したことを悟ったみちるは、ここに来るのに通った路地へと踵を返していた。




「なんじゃ。妙にすっきりした気分じゃの」


憑き物が落ちたような表情で、つま先で地面を軽く蹴って跳ねるのは、バッカーサ。


対する京夜は左手に『ブラックシールド』を展開。

右手には『剣』を握り、万全の体勢でバッカーサの襲撃に備える。


緊迫した空気に、京夜が固唾を呑むなか。


「体が軽い。まるで羽が生えたようじゃわい。どれ、調子でも測るかの!」


バッカーサは、垂直に跳んだ。


遅れて訪れた強風に京夜は目を細め、次いで空を見上げる。

目に映るバッカーサの姿は、既にただの点で。


暫くの沈黙の後、段々と形を取り戻したその点。

バッカーサは、京夜の目と鼻の先に着地。


起きる爆風と爆音。

まるでそこが爆心地であるように。京夜が立つ地面が割れ、沈む。


「小僧。運が悪かったの。どうやら、そっちの将に打ち込まれたのは漢方薬だったようじゃ。その旨、絶好の調じゃ」


溢れんばかりの闘争心が滲み出たような笑みを浮かべて、バッカーサは『斧』を一振り。


『ブラックシールド』で防ぐ京夜であったが、勢いに負け、そのままの体勢で数十センチ後退。

地面に摩擦の熱が走る。


「なるほどのう。どうやらその盾にも限界があるようじゃな」

「さすがにこのパワーは想定外だな・・・」


なるほど、注意して見てみれば、京夜の『ブラックシールド』は、その形を小さくしていた。


『ブラックシールド』は、従来の『ブラックボックス』同様、あらゆるモノを吸収する。

しかし、それにも限りがあり、それを超えれば形を維持できないのだ。


といってもその容量は膨大で、本来は気にしなくて良いレベルなのだが、バッカーサが与える衝撃は正に規格外であった。


「黙ってやられる手はない。才具の機動力はこちらが上だ」


次いで振られた『斧』を黒盾で受け止め、勝利への細い道を切り拓くように、京夜の『剣』による「突き」が、バッカーサの防具に迫る。


『ブラックシールド』の維持にはそれなりの集中力を要するため、京夜の疲労は確実に蓄積していた。

長期戦は、京夜の望むところではない。


「死に急ぐな。若造め」

「なっ!」


バッカーサは『斧』を握るのとは逆の手。

左手の親指と人差し指で剣先を摘み、そのまま京夜の手から剥ぎ取ると、後方に放った。


圧倒的なパワーを以って、京夜の『剣』は遥か遠くに飛んでいく。


「牙を抜かれては何も出来まい。あっけない幕引きじゃったの」

「くっ・・・・」


次なる『斧』の一振りを黒盾で受ける京夜。

その形がまた一回り小さくなる。


『剣』を失った剣士による、鬼退治が始まった。




「どうした。もう逃げなくていいのか?」

「・・・・・」


挑発するようなシンの声に、振り返るみちるは何も答えない。


才具の性質上、深追いをせずに距離を取る選択肢もあったが、弱った相手をみすみす逃す手はない。

シンは、追跡を選んだのだった。


現在の場所は、背の高い建物同士の隙間に位置する、細い通路。

陰鬱な空気が漂う路地にて。二人の距離は数メートル。


『狙撃銃』で狙うには近く、『斧』を振るうには遠い、絶妙な距離だ。


「俺の才があれば距離は問題にならない。この状況ではお前に利はないように思えるが、諦めたのか?」

「・・・・・それは違うな」


みちるの喉元から鳴る声に、シンは微かに眉を顰めた。


「負け惜しみはよせ。これは一方的な猟りだ。犬っころは黙ってな」


己の才『ターゲット』により狙いを定め、『狙撃銃』を構えるシン。


しかし、その途中で違和感を覚えた。


(・・なんだ?足が動かない?)


すっかり馴染んだフォームを取ろうにも、体が動かない。

絶対的有利な立場であるはずなのに、まるで恐怖に竦むかのように足が言うことを聞かないのだ。


「だから違うと言っただろ。こっちが追い込まれたんじゃない。


低く唸るようなその声は、一つの事実を示していた。

先ほどの大通りと、この路地との明確な違い。


それは、日向か日陰か、だ。

日陰に当たるこの路地は、影である『ケルベロス』にとっては、まさにホームグラウンドであった。


「動きは封じたえ〜る!」

「よくやったあ〜る!後は任せるあ〜る!」


左腕の影犬「える」は、地面に広がる影と同化し、シンの足を止め。

右腕の影犬「ある」は、さらに肥大化した図体を以って『斧』を悠々と持ち上げる。


「・・・なるほどな。だが、影はお前のすぐ後ろで切れてる。ここから動けないのはお前も同じだろ?」

「確かにな。だが、問題はない。なぜならここで決着をつけるからだ」

「・・弱い犬ほどよく吠える。負け犬の遠吠えってな。生憎両手は動く。こっちが先に仕留めればいいだけの話だ」


シンの『狙撃銃』から放たれた銃弾が、みちるの防具に被弾。ヒビが入る。


それも承知の上と、「ある」は主人のピンチを物ともせず、『斧』を振り下ろす。

シンも『狙撃銃』をリロード。トドメの一撃を装填する。


しかし、影に囲まれ、生き生きとした影犬の速さはそれを上回り。


「くっ!」


『斧』は、シンの防具を粉々に粉砕。

その衝撃で、シンは影が広がる地面へと倒れた。


みちるは知る由もないが、『斧』の一撃のダメージは、無傷の防具の耐久値より僅かに低い。

今回、シンの防具が破壊に至ったのは、事前に平吉が与えていた『片手銃』のダメージと合わさった結果であった。


それが無ければ、おそらく今倒れていたのはみちるの方であっただろう。


「・・ちっ。たまにはジジイの言うことも聞いとくんだったな・・・・・」


みちるの追跡の手助けとなった代物。

この結末の元凶とも言えるタバコが、シンの口を離れて地面に落ちる。


まるで広がる影がそうさせたように。その火は段々と弱まり、やがて消えた。


伍ノ国代表、シン脱落。

残り生存選手。壱ノ国三名。伍ノ国一名。




「ふん!」

「くっ・・・・」


バッカーサの『斧』を受け止め、京夜の『ブラックシールド』がまた一回り小さくなる。


「そろそろ仕舞いのようじゃのう」


黒盾の限界が近いのは火を見るよりも明らかで。

おそらくは次かその次の一振りが、盾を壊すトドメの一撃となるだろう。


「せめてもの情けじゃ。盾ごと一思いに屠ってやろうかの」


大胆にも体を思い切り仰け反らせ、『斧』を背後の床につけるバッカーサ。

全身の力が込められたその一振りは、黒盾を破壊し、そのまま京夜の防具まで到達することだろう。


武器を失い、避ける気配もない相手。止める術のない一振り。

疑いようのない絶対的な勝利を前に、百戦錬磨のバッカーサに芽生えた、驕り。


その慢心が、人間離れした視野が伝えてくれる情報、それにより起こり得る危機を知らせる危険信号を、無意識の内に遮る。


「そりゃあああ!!!」


京夜が頭上に構える『ブラックシールド』目掛け、バッカーサの『斧』が目にも留まらぬ速さで振り下ろされる。


が、それが到達する前に京夜は黒盾を解除。

『斧』は勢いそのままに、京夜の腹をなぞるように防具にヒビを入れ、そのまま地面に突き刺さった。


「・・・ん?これは何の真似じゃ?」


怪訝な顔を浮かべるバッカーサ。


その視線は、己の体を拘束せんと巻きつく。

未知のに注がれていた。


「怪物を地獄に繋ぐための鎖。『ブラックチェーン』だ・・・」


よろよろとふらつきながらも、視線はバッカーサを真っ直ぐに睨み、京夜が答える。


その黒鎖は、バッカーサの体を『斧』を握る両腕ごと縛り、自由を封じていた。


「ふん。瀕死のダメージを対価として払ってまでしたかったことがこれか。無駄な抵抗、最後の悪あがきといったところかの」


煩わしそうに呟くバッカーサ。


そう、いくら動きを封じようが、京夜の『剣』はここにない。

『斧』もバッカーサの体と一緒に縛られている以上、京夜がバッカーサの防具にダメージを与える術はないはずだ。


それに、


「こんな貧弱な鎖。すぐにでも引きちぎってくれるわい」


バッカーサの力を考えれば、自力で拘束を解くのも時間の問題であろう。

膨れ上がる筋肉に合わせて、黒鎖が悲鳴を上げる。


しかし、


「いや。鎖の役割はもう十分に果たされた」


安堵すら感じられる、余裕の態度をとる京夜。


その理由は、黒鎖の源。

バッカーサの動きに耐えられるように、京夜の右腕にぐるぐると巻かれた鎖の更に先。


右の掌で踊る、黒い箱の中にあった。


「それは・・」

「ああ、うちの将が残したモノだ」


パンッ、と爆ぜた黒箱の中から顔を出したのは、黒い『片手銃』であった。


間髪入れずに放たれた二発の銃弾。

それらが黒鎖で縛られたバッカーサに命中。


屈強な肉体を申し訳程度に守っていた防具は、粉々に砕けた。


「どうやら、『片手銃』が消えたことには気づいていなかったようだな。老眼ってやつか?」

「・・あの若僧の差し金か。全く、歳はとりたくないものじゃのう・・・・」


何かに気づいたらしいバッカーサは晴れやかな笑み浮かべ、仲間の元へと転送されたのだった。




「伍ノ国の選手が全員脱落!『TEENAGE STRUGGLE』最終予選。死闘を制したのは・・・いちのくにいいいい!!!」


ミトの熱を帯びた声がスピーカー越しに響く、壱ノ国側の倉庫。


そこには、試合の行く末を見守っていた一行の姿があった。


「剛堂さん!京夜くんがやりましたよ!」

「ああ見事だった。なあ、平吉」

「せやな。ほんと成長したもんやで」


美波がぱあっと表情を明るくし、剛堂が深く頷き、平吉が嬉しそうに笑う。


そんな祝勝モードの倉庫に、勝利の立役者たちが運ばれる。


「痛っ!」

「扱いがひどいえ〜る!」「あ〜る!」

「終わった・・のか」


最後まで生存していた選手たちも、終戦を合図に強制転送されたのだ。

李空が強打した尻を押さえ、みちるの影犬が喚き、京夜が安堵の息をつく。


「みちる。よくやったでありんす」


顔を出したままの影犬に、美波お手製の替えの人形を被せたのは架純だ。


美波がその任を架純に譲ったのには理由があった。

単純な話、手懐けたとはいえ元は獰猛な影犬たちを、美波は未だに恐れているのだ。


「ありがとえ〜る」「あ〜る」


高い声に戻った二匹の子犬が、可愛らしい顔で礼を言う。

それに架純も優美に微笑んで返した。


「李空こら!よくやったな!」

「怒るか褒めるかどっちかにしてくださいよ・・」


太一が労いであろう言葉を口にし、李空が苦笑を浮かべる。


「京夜。ワイのメッセージによく気づいたな」


ニヤリと笑みを浮かべてそんな言葉を投げかけるのは、平吉であった。


バッカーサにやられ、平吉が倉庫に強制転送される前。

そこに居合わせた仲間に残した言葉。


”ええか、己が力は必ずやない。残った物全部使うて闘うんや”


これは、であったのだ。


「己が力」。これは「斧が力」のことであり、『斧』の一撃は必殺ではないことを知らせていた。


して、「残った物」とは「残された物」。すなわち『片手銃』のこと。

これを使って隙を突き、あの化け物を退治しろ、というメッセージだったのだ。


しかし、京夜はきょとんとした顔をしていた。


「メッセージ?何のことです」

「はあ?ワイの言葉をヒントにしたんやないんか?」

「・・・なんのことです?」

「・・・バッカーサの一撃を食らったのはなんでや?」

「引きつけてからギリギリで躱そうとしたら掠りました」

「ワイの『片手銃』を使ったんは?」

「『剣』を失ってそれしかなかったんで」

「・・・・・・はあ」


大きな溜息をつく平吉。


どうやら、バッカーサに気づかれないように細心の注意を払ったメッセージは、肝心の仲間にも何一つ伝わっていなかったらしい。


「人間そう簡単に変わるもんやないか・・」

「ハッハッハ!若き将も大変じゃのう」


倉庫入り口から響くその声に、一行の視線は一斉に注がれた。


そこにいたのは、バッカーサを筆頭に勢揃いした、伍ノ国代表一行であった。


「チャッカッカ!健闘を讃えに来てやったぞ!」

「チンカッカ!我らライ・ラン兄弟を倒したのは、まぐれでなかったようだな!」


バッカーサの背後から顔を出し、ライとランの二人が大声を飛ばす。


「お前らのおかげで新たな世界を見ることができた。礼を言う」

「リベンジならいつでも受け付けるぞ!こら!」


滝壺が律儀に返し、太一が調子に乗る。


「うちの将を落とすとは、計算違いだった」

「強さだけが取り柄のジジイが、簡単にくたばりやがって」

「なんじゃと!そういうお前もやられたじゃろうが!」


キャスタが呟き、便乗したシンの言葉に、バッカーサが激怒する。


「透灰李空。良い試合だった」

「ああ。俺も楽しかったよ」


近寄ってきたセイに李空が手を伸ばし、固い握手を交わす。


「お兄ちゃん!アーチヤもっとお兄ちゃんと遊びたかったな!」


そこにアーチヤが近づき、李空に抱きついた。

どうやら、アーチヤは李空のことを気に入ったらしい。


「ちょっ!そんなに近づかれると───」

「りっくん!?どういうこと!」

「くうにいさま。説明してくれますか」

「ほら、いわんこっちゃない・・・」


真夏と七菜の二人が、李空に冷たい視線を送る。

李空は苦笑と共に、大きな溜息を溢した。


「なんとも賑やかな国じゃの。うちといい勝負じゃわい」


その様子を見て、バッカーサは愉快に笑う。

それから視線を平吉に移し、言葉を続けた。


「軒坂平吉じゃったの。柱である剛堂を失いながらの壱の強さ。その理由がわかったわい。開花させつつある新たな芽の数々。それらを見守り、育て、支える。細いながらも芯の通った新たな柱。ぬしの器を認めねばなるまいの」

「ふっ。老人は話が長うて敵わんわい」


バッカーサが差し出した手を、平吉が握る。


死闘を繰り広げた者たちの熱を冷ますように、闘いの余熱を残す倉庫に、爽やかな風が吹いた。


(この者たちならば肆を、そしてセウズの若僧を・・いや、口に出すのは止めておくかのう)


バッカーサは未来を想像し、嬉しそうに笑った。


そんな祖父の表情を目にしたシンが、気味の悪いモノを見てしまったように、顔を歪める。


「どうしたジジイ。変な顔しやがって」

「うるさいわ。お前は帰ってから稽古じゃ」

「負けたからって八つ当たりかよ。まあ、返り討ちにしてやるがな」


孫であるシンと軽口を叩き合うバッカーサ。


新しい時代の風を浴びて、バッカーサの「灯」は強さを増す。


極寒の地でも消えることのない「灯」を引き継いで、自分たちを運ぶ船の燃料とし、壱ノ国代表一行は進む。


嵐のように荒れ狂う天候の中でもひたすらに、そして着実に。


その先にある勝利を目指して。

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