0と1のありふれた異世界転生~転移失敗編~
葵 悠静
人類が作り出した最強のシェア率を誇るゲームハード。それはいったい何か。
テレビにつなげるハード? それとも外でも遊べる手持ちハード?
どちらも違う。足元にも及ばない。
多種多様なゲームが無料、有料問わず遊ぶことができて、最近は過去のハードで発売されたゲームソフトの移植版をそのハードで遊ぶことができる。
その名もスマートフォン。略してスマホ。
もちろん本来は対人相手を想定とした連絡を取るためのハード機器だ。
しかしスマホにインストール可能なアプリケーションは日に日に進化している。
その驚異的な進歩は我々をゲームの世界に引きずりこむには十分すぎる性能、グラフィックをしているのだ。
まあ時代が進化するということはその分、悪い文明も生まれている。
そう、ガチャとか……やはりガチャは悪い文明……!!
取り乱してしまったが、なぜ突然俺が悟りを開いたかのように、会社の回し者のようにスマホをほめたたえているのか。
それは俺の手元にもあるスマホの中に一つのアプリがインストールされていたからだ。
アイコンが真っ黒な名前も表示されていないアプリ。
もちろん俺自身インストールした記憶はない。
最初に疑ったのはウイルスの類だ。
しかしネットでいくら検索しても、俺のスマホの中に入っているアプリに関する情報が見つからない。
これだけ情報に溢れているネットの海をもぐっても潜っても何も出てこないのだ。
逆に怪しい……。
もちろんアンインストールも試した。
でもちょっと目を離したすきに同じ場所に再び同じアイコンが表示されるのだ。
「これは……」
自分の中で一つの可能性が芽生える。
これは俗にいうファンタジー展開なのではないのだろうか……。
スマホに見知らぬアプリが入っていて、巻き起こるデスゲーム、スマホに吸い込まれて異世界転生したり、他人の性格をいじってあんなことやこんなことを……etc.
この科学であふれる現代社会で何を言っているのかと思うかもしれないが、不思議は常にいっぱいだ。
スマホから異世界転生したってなにもおかしくないだろ?
「俺の時代きた……!」
これはテンプレ展開だろう。スマホの中に吸い込まれて、もしくはデスゲームが始まってチート能力を手に入れて無双展開……!
武者震いなのか真っ暗なスマホに映ったにやけ面が気持ち悪くて震えたのかは定かではないが、いよいよ決心して真っ黒なアイコンを人差し指でタップする。
ホーム画面が消えて、一瞬のブラックアウト。
この後はテンプレだとスマホからまばゆい光があふれ出して目の前がホワイトアウト。
いや、もしくは凄まじい吸引力の謎原理で俺の身体がスマホに吸い込まれ、意識を失うといったパターンも考えられる。
俺はどんなパターンであってもいいようにぐっと全身に力を入れる。
しかしどれだけ待ってもその瞬間は訪れない。
「……は?」
それどころかスマホの画面はホーム画面に戻ってしまっている。そして……。
≪次回アップデートまでお待ちください≫
そんな文字がスマホの横幅画面いっぱいに表示されている始末。
次回アップデート?
次回どころか一つも遊べてないし、アプリすら開けていない。
まさか冗談だろう? 勝手にインストールしておいてまだ遊べませんなんて話にならない。
「俺は諦めないぞ」
何か間違っていたのかもしれない。
俺はもう一度アイコンをタップする。
≪次回アップデートまでお待ちください≫
しかし結果は同じ。一瞬のブラックアウトの後にホーム画面に戻され、同じメッセージが表示される。
「ふざけるな!」
俺の妄想を現実にしてくれ。こんなくそみたいな現実から逃げさせてくれよ。
そんな必死にも思える想いで何度もアイコンをやけくそ気味にタップする。
≪次回アップデートまでお待ちください≫
あきらめない。
≪……お待ちください≫
まだだ。
≪待ってって≫
いやだ。
≪文字読める? 待てって言ってるの≫
表示される文言を確認する前にホーム画面に戻った瞬間に、アイコンをタップする。
≪待て≫
もう一度。
≪ハウス≫
もう一回だけ。
≪しつこいってば!!≫
最早画面すら目に入らず、ひたすらにアイコンが表示されている箇所をタップし続けていると、突然額に何かで殴られたような激しい痛みが生じる。
あまりの激痛にそのまま俺はスマホを握り締めたまま、気を失ってしまった。
やっと俺の時代が……。
≪私は『お待ちください』って何度も言ったよね?≫
意識が戻ってきてまず聞こえてきたのはどこかで聞いたことがあるような、初めて聞くようなどこか機械的な声だった。
その声色はどこか呆れているようにも聞こえなくもない。
≪文字が読めないわけじゃないよね? ちゃんと日本語読める人だよね?≫
声は機械的だが、しゃべり方は大分フランクだ。
「俺は自分の夢をあきらめることはできない」
起き上がりながら声に対して返答するが、声の主はどこにも姿が見えない。
それどころか見渡す限り黒色の背景に、蛍光色で『0』という数字が埋め尽くされている景色が広がっているだけで、人の姿すらどこにも見えない。
≪いやいや次回アップデートまでお待ちくださいって言ったじゃん。あれまだ完成してないから待てってことなんだけど≫
姿は見えないがその声は部屋全体に響き渡り、よく通る。
「小さいころからチャンスは逃すなと言われているからな。諦めなかった結果、ここにたどり着いたってことはつまりそういうことだろ?」
≪最近の現代人は機械の中に期待しすぎよ。機械なんて所詮0と1のプログラムで構成された無機質な世界でしょうに≫
「でもここは違う。なぜなら今ここに俺がいるから」
≪ほんと人の話を聞かないわね。まあ確かにここはほかのとはちょっと違うけど。でもそう大差はないわよ≫
二人して明言を避けつつ、回りくどい形で会話を続ける。
≪でもまだ完成してないから、未完成のベータ版どころかアルファ版ギリギリの世界に放り込まれてもいいってわけ?≫
「構わない。あの現実に戻らずに済むなら」
≪あんたの身体もどうなるかわからないって言ってるの。それなら完成版まで待った方が得策だと思わない?≫
「ここを見てしまったんだ。それはできない」
≪はあ。これどうするのよ……≫
頭を抱えているかのような悩ましい、だが機械的な声が響いた後しばしの沈黙が続く。
少しして大きなため息とともに何かをはたくようなパチン!という音が響く。
≪どうなっても文句言わないでよ?≫
「当然だ」
≪……はあ。やだなあ。失敗するってわかってることを実行するの≫
「よろしく頼む」
≪……対象者の『01ワールド』への転送処理を開始。……承諾。……承諾。……承諾。オールクリア。α版へのデータ転送及び出力にはリスクが伴います。対象者の許諾承認が必要です。……ラストチャンスよ≫
「承認する。何も問題ない」
≪問題だらけなんだけど……。……対象者の承諾を確認。転送処理を開始します≫
その言葉を最後に自分の身体に違和感を覚える。
足元を見ると自分の足が徐々に数字の1に分解されていっていた。
よくある展開にほくそえみながらも、分解に伴う痛みが存在しないことに安堵する。
≪30%……45%……60%……≫
パーセンテージが進むごとに自分の身体の分解率も上がっていく。
ついに首元までなくなってしまった自分の身体を見下ろしながら、これからの異世界ライフへの期待をこめて、目を閉じる。
≪75%……90%……95%……100% 転送処理が終了しました。続いて『01ワールドへの出力処理を開始します』≫
蛍光色の『0』の数字が目立つ無機質な部屋に、無機質な声のみが響き渡った。
≪……出力処理の途中でエラーが発生しました。対象者の出力処理を中止します。本エラーの詳細を解決してください。なお対象者の出力処理を再実行することはできません。……予想通りの結果……。だから言ったのに。無機質に夢を見て自ら滅びるなんて、バカみたい≫
その日『彼』の存在は全ての世界から消失した。
0と1のありふれた異世界転生~転移失敗編~ 葵 悠静 @goryu36
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