第19話 承前啓後


5年間。


この数字を聞いて、皆さんはどのようなことを連想するだろうか。


中学や高校生活よりは長く、小学生の期間よりは短い。

桃や栗がなるよりは長く、柿がなるまでよりは短い。


閏年やオリンピックも4年に一度なので、5年と言われてもあまりピンとこない人が多いのではないだろうか。


このように、5年間という数字は一見キリが良いように思えるが、実は日本人にとってあまり馴染みのない時間感覚なのである。


次に、5年前の自分を思い出してほしい。


その頃にしていたことは、考えていたことは、信じていたものは、一体何だっただろうか。

仲の良かった人は、尊敬していた人は、好きだった人は、一体どんな人だっただろうか。


5年もあれば変わるものは多い。


体型。趣味。環境。肩書き。人間関係。


5年前の自分と今の自分とを見比べて、何か変化はあっただろうか。

みつかった変化は、進化と呼ぶにふさわしいものだっただろうか。


おっと。俺としたことが前置きが長くなってしまった。

5年もあれば人は変わるというわけか。



さて、ここからは俺の物語の続きだ。


高校という名の鳥籠を巣立ってからおよそ5年。

その間に俺の周りで起きた変化を、一つずつ紹介していくことにしよう。




まずは佐藤香織だ。


彼女は猛勉強の末、密かに憧れていた小学校教諭になったそうだ。


近年では、教職を目指す若者は減少傾向にある。

おそらくは、求められるものの肥大化が原因の1つだろう。


目まぐるしく移り変わる社会に合わせて、教育の現場も日々変化している。

それはとても大切なことであり、社会に通用する子どもを育てる上で必要なことだと思うが、当然その分教員の負担は大きくなる。


従来はもっと先で学ぶはずのことを教えたり、今までは扱っておらず、知識も持ち合わせていないことを授業しないといけない場合もあるそうだ。

その知識を補う為には時間が必要となるが、通常授業やその準備、その他諸々の時間を考慮すると、自然と睡眠時間を削るしかない。


さらに、社会の変化に対応しきれなかった、生徒の保護者や教員の先輩、地域の大人たち。

いわゆる『子供大人』と言われる人たちの対応もしなければならず、並みの精神でこなせるものではない。


その現状を知りながら、彼女がその道を歩み始めたのは、『子どもが好き』という嘘偽りのない本心からだろう。


そう思えたのは、先日彼女に誘われて、居酒屋に飲みに行った時のことだ。

酔った彼女は愚痴を散々漏らした後、突然真剣な顔になり「私みたいな寂しい思いをする子どもを、間違いを起こす子どもを助けたい」と語っていた。


お酒はその人の本心を引きずり出すと言われている。

つまり、彼女にとっての守りたいものは『子ども』だったわけだ。


強靭な向かい風から子どもを守る。

そんな立派な教員になってほしいと、彼女の話を聞いた俺は偉そうにもそう思った。




次は塩月だ。


彼は、塩月ロボット開発代表取締役の肩書きを、会社内で最も信用しているという後輩に譲った。

そして、今は会長という形で新しいプロジェクトに取り組んでいる。


『汎用型AIロボット共存計画』


少し前まで、聞かない日はないほどニュースに取り上げられていたこの計画。

その発案者こそ塩月である。


塩月の開発した小川結衣という名のロボットは、当時10年後の技術と言われていた汎用型のAIロボットであり、世間的にはまだ存在しないとされていた技術だった。


機密としていたこの偉大な発明を、小川結衣が活動を停止した直後、塩月は世間に公表したのだ。


しかし、すぐに実用化とはいかなかった。

というのも、この技術は人間の生活をより豊かにするのと同時に、人の仕事を奪うなど、社会的な混乱を招く恐れがあったからだ。


そこで、人間とロボットが共存できる社会を作り上げるための計画『汎用型AIロボット共存計画』を、塩月はこの5年をかけて進めてきた。


最近では、深刻な人手不足を訴えていた農家に、試験的ではあるがロボットを派遣して問題を解決するなど、少しずつその成果をあげている。



塩月の実の娘である塩月佳織は、自身を追い込んだ女の子さえも守ろうとした。


彼にとっての守りたいものは、2人の娘が幸せに暮らせるような『優しい世界』だったのかもしれない。


人とロボットが手を取り合い、助け合う世界。

そんな世界が見れる日も近いだろう。




そして、親父。


親父が課長を務めていたいじめ対策課は、5年前に解散した。

聞いた話では、小川結衣の件が大きな理由の1つになったらしい。


しかし、それはただのきっかけであり、この件がなくてもその他の成果から考えるに、遅かれ早かれ同じ道を辿っていただろう、と親父は言っていた。

部外者の大人が正論を説いて解決できるほど、簡単な問題ではなかったというわけだ。


いじめ対策課解散後、所属していた社員たちが次々と別の課に移るなか、親父だけは辞職の道を選んだ。


『自分がした決断の結果』

親父を責めるような人はいなかったそうだが、きっと親父なりのケジメの付け方だったのだろう。


それから無職になった親父が始めたのは、母が残した小説の宣伝活動だった。


母の作品は考えさせられることが多くあり、読むと世界が広がったような気持ちになる。

重要な決断を迫られた時など、俺も母の作品に助けられたことが何度かあった。


そんな素晴らしい小説を数多く残している母だが、若くして亡くなったことから、世間的な知名度はそれほど高くない。

そこで、親父が立ち上がったわけだ。


課長時代の人脈を使ったり、苦手なインターネットを俺が教えながら使いこなしたりと、地道なところから母の作品を広めていった。

その効果は少しずつ現れ、小説家『小川結衣』の認知度は日に日に高まっていった。


最近では、有名な評論家が『人生の教科書』と賞賛したことで、全国の書店で売り切れが続出するなど、大人気小説となっている。


『私がこの世にいた証拠』

小説がたくさんの人に読まれるというのは、生きた証を残すという母の願いを叶えるものでもあった。


母の小説を読んだ人に生まれる希望。母がこの世界に残したかった想念。

親父にとっての守りたいものは、その人たちの『想い』だったのかもしれない。


ちなみに、親父はデビューしたばかりの母の作品に惹かれ、いわゆる追っかけをしていそうだ。

母がサイン会を開く度に顔を出し、顔見知りから友人へ、友人から恋人へ、ついには結婚にまで辿り着いたらしい。


そんな真っ直ぐな想いを持った親父だからこそ、母は惹かれたのではないかなどと、息子の俺は思うのだった。




最後に俺はというと。


「鈴木、今日も居残りか?」

「はい。もう少しで完成しそうで・・・」


男心をくすぐるようなガラクタがそこら中に散らばり、足の踏み場もない作業室。

その隅に置かれた机に向かって、黙々と作業をする俺に、飄々とした態度の男が話しかける。


「最近はブラックだホワイトだとうるさいからな。頑張るのは良いが、ほどほどにしろよ」

「はあ。白と黒ってパンダみたいですね」

「確かにな。実際はパンダでも、檻の外から見えたのが黒い部分ならそれは黒熊になる。世間は白黒つけないと納得しないからな。だからこそ世間の信用が必要な会社は、黒ひとつない白熊でないといけないんだよ」


疑わしきは罰せよ。

最近の世の中は規制が厳しくなる風潮にある。


『子どもの教育に悪いから』

そんな言葉が口癖の大人を育てた教育は正しかったと、果たして言い切れるだろうか。


正しくあることが正解とは限らない。

有名な名探偵が言うように真実は必ず1つであるが、数学の問題と同じで、解は複数あることもあり得るはずなのだ。


大事なのは本質を見抜く力。

国語のテストで『作者の気持ちを答えなさい』と出題されて、「そんなの分かるか」と思ったことはないだろうか。


作者は「お腹空いたな」などと考えながら執筆していたかもしれないし、テストに出るくらい有名な話だと作者はすでに亡くなっており、確かめようもないことが多い。


そこで必要なのが本質を見抜く力だ。

作者ではなく出題者。もっと言えば採点者の気持ちになることが。テストにおいての正答を導く、近道になるのである。


「さすが社長。上手いこと言いますね」

「そうか。まあ俺、クマ好きだしな」


得意げに笑う上司を見て、俺の周りの大人はつかみどころのない人ばかりだな、と思った。



それなりに栄えた街中で、圧倒的な存在感を放つ1つの高層ビル。

今俺がいる作業室は、そのビルの地下に造られたものだ。


「そうだこれ。会長のお土産な」


作業中の俺の机に、上司の男が大きめの紙袋を置く。


「そういえば、会長にお前のこと訊かれたよ。会長と面識あるのか?」

「昔、色々ありまして・・」

「へえ。その話、今度詳しく聞かせて貰おうかな」


今の会話で気付いた人もいるかもしれないが、会長というのは塩月のことであり、このビルは塩月ロボット開発の本社だ。


俺は高校卒業後、当時塩月が代表取締役を務めていたこの会社に就職した。

ちなみに、高校生の時に力を入れたことの2つ目こそ、ここに入るための勉強だったわけだ。


最先端の技術を扱う会社であるため、採用率は同業社と比べてかなり低い。

本来なら、専門学校を卒業した人が受けるような会社なのだ。


そんな会社に高卒の俺が採用された。高校生活と並行して行った独学でだ。

自分で言うのもなんだが、本当によく頑張ったと思う。


塩月が情けで採用したのではないかとも考えたが。後日、本人に確認したところ、塩月は人事採用に一切関与していないとのことだった。


塩月が嘘をついている可能性もあるが、そこまで考えていてはキリがない。

せっかく入社できたのだから、あとは期待に応えるだけである。



「おっ!さすが会長。センスあるな」

「美味しそうですね」


上司の手によって開封された紙袋から顔を出したのは、お土産の定番であるクッキーだった。

塩月らしい、紅茶によく合うお土産である。


「お腹空いたし食べるか」

「いいですね。そうしましょう」


まだ紹介していなかったが、先ほどから俺と会話をしている男は、この会社の社長だ。


塩月ロボット開発代表取締役。

つまり、あの塩月公認の後任である。


彼は山田雅人という名前で、引き継ぎの際、塩月から社名を『山田ロボット開発』に変更することを提案されたそうだ。


しかし、山田はその提案を受け入れなかった。

というのも、山田は塩月に憧れてこの業界を志したらしく、塩月への尊敬の意を込めて社名をそのままにしたらしい。


「そうだ。紅茶でも一緒にどうですか?」

「気がきくねー。じゃあコーヒー頼むわ。砂糖入りで」


そんな塩月リスペクトの山田だが、紅茶は飲まない。

その他にも塩月と違って甘党だったり、後輩への接し方が違ったりと、塩月とは似ても似つかない人物だ。


しかし、そんな山田だからこそ、塩月は後を任せたのではないかと、俺は思うだ。


自分とは考え方が違う人間の、可能性の大きさを知っているからこその判断。

実際に、山田が社長になってからも業績は安定しており、職場の雰囲気も良い感じだ。


体格や頭の出来など、決して恵まれているとは思えない俺だが、人との出会いだけは誰よりも恵まれていると、最近になって思うのだった。



「やば。もうこんな時間だ」


塩月のお土産を食べながら休憩すること数十分。

何気なく時計を見た山田が、慌てた様子で立ち上がり、コートを羽織る。


「何か用事ですか?」

「今日は結婚記念日だからな。早く帰るって約束してたんだった」


口に残ったクッキーをコーヒーで流し込み、山田が口早に説明する。


ところで、クリスマスに遊園地で目撃した、修羅場のカップルを覚えているだろうか。

指輪のサイズが合わなかったとかで、彼女の方が怒って帰ってしまったあれのことだ。


あの時の彼氏の方。通称マー君は、今俺の目の前にいる山田雅人と同一人物だったりする。

そして、今日が記念日だという結婚の相手は、あの時の彼女である通称ミーちゃんだった。


「奥さん怒ったら恐いですもんね」

「え?何か言ったか?」


思わず声に出てしまっていたようなので、「何も言ってませんよ」と慌ててごまかす。


初めて社内で山田を見た時、世間は広いようで狭いって本当なんだな、と実感した。

山田の方は全く気付いていないようだったので、あの修羅場を見たことは墓場まで持っていくつもりだ。


「じゃあ、先に帰るわ。あんまり遅くまで残るなよ」

「はい。お気をつけて」


『帰り道』と『帰ってから』の二つの意味で山田の安全を祈り、小走りで出ていくマー君の姿を見送る。


「さてと・・・」


後輩らしく後片付けを済ませた俺は、誰もいなくなった作業室で、再びある作業を続けた。




俺がした選択は、果たして正解だったのだろうか。

ふとそんなことを考える時がある。


俺が小川結衣と関わらなければ、彼女のようなロボットが他の学校にも派遣され、救われた人や助けられた命があったかもしれない。


しかし、不便なことに、人は決めた選択肢以外の行く末を知る術を持たない。


出来ることといえば、経験や観測から成る予言や予報といった類のもの。

これだけ化学技術が進んだ世の中でも、一般的に正確な予知は不可能とされている。


だからこそ、過去の自分の選択を正解にするために、人は努力をするのだ。

つまり、正解かどうかを決めるのは、未来の自分というわけだ。


俺はまだその過程であり、選択の結果は分からない。が、1つだけ言えることがある。


それは、昔は自分のことが嫌いで仕方がなかった俺だが、今の自分はそれほど嫌いでない、ということだ。


「できた・・・」


ロボットのようにひたすら動かしていた手を止めて、完成したものを大事そうに両手で持って、立ち上がる。


そのまま俺が向かったのは、自分の机とは反対方向。

教室で例えると、廊下側の一番後ろの席から、窓側の一番後ろの席へと向かう方向だった。



人が1人入るくらいの大きさの、カプセル状の物体。

その横に置かれた画面に顔を近づけると、ロックが解除され、カプセルの扉がゆっくりと開かれた。


「ゆい・・・」


開いた扉の先に見えたのは、5年前から全く見た目が変わっていない、小川結衣の姿だった。

卒業式の日に動かなくなった彼女を、塩月はそのままの状態でこの作業室に保管したのだ。


眠ったままの彼女の体を起こし、特殊な工具で手術のような作業を行う。


小川結衣の寿命が短かったのは、当時使われていた充電式のバッテリーが、多く見積もっても3年間しか駆動しないものだったからだ。


当時の小川結衣のバッテリーは損傷がひどく、卒業時には動いているのが奇跡に近い状態であった。


そこで、俺は新しいバッテリーの開発を始めた。

この会社に入りたいと考えたのも、その研究をする設備が整っていたためだ。


そして、その開発していたバッテリーが、つい先ほど完成した。

うまくいけば、人間の生涯と同じくらいの期間を、充電なしで活動し続けられる計算だ。


「どうだ・・?」


付け替え作業を終えた俺は、本体を起動させ、祈るような気持ちで反応を確かめる。


「・・・・・りょ・う・・た?・・なん・で・・?」


ずっと閉じたままだった目が開き、彼女の綺麗な瞳に、俺の顔が映り込む。

少し老けた俺の容姿と、置かれた状況が飲み込めず、困惑した様子だ。


「言っただろ。今度は、俺が君を守るって」


それは、5年前の年越しの瞬間に本人の前で宣言し、初詣で神に誓ったことであった。


「・・・ありがとう」


溢れる涙を拭う彼女の姿が、段々ぼやけて見えづらくなっていく。

最大限の気持ちが乗った彼女の言葉は、俺のこれまでの努力を肯定し、選択を正解にするのに、十分すぎるものだった。



今日の日付は、偶然にも12月25日。

希望と絶望が重なった、あの日から数えて5回目のクリスマス。


どこか浮かれた雰囲気を感じるビルの外では、あの日見れなかった雪が降り始めていた。


そのことを、地下にいる2人はまだ知らない。

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すべては君を守るため にわか @niwakawin

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