異世界行ってスマホで無双しただけなのに

春海水亭

スマホってすごい

「オギャアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 車に轢かれそうな子どもを庇ってトラックに突っ込んだ結果、

 異世界転生した俺が誕生!!!!!」

「生後2秒で息子が喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

 私の息子は天才か!?怪物か!?

 鳶が鷹を生むと言うが、まさかこの私がフェニックスを産む立場になるとは!!」

「妻も子もやっべぇ……厭な家庭だ……」


つまり、そういうことである。


「オギャアアアア!!!!父さん!母さん!我が肉体ボディを生んでくれてありがとう!

これから俺は生前からの善性を活かして、

異世界の悪い奴らをぶちのめしていこうと思います、如何でしょうか。

死ぬまで正義のために戦い、最期は平和を見届けて死体も見せずに消えます」

「我が子ながら生後10秒で進路どころか、末路まで決めているとは……

 だが、いくらハート知性インテリジェンスが備わっていても、

 お前はまだ赤子ベイビー

 首が座ってないどころか名前すら決まっていない赤子の中の赤子ベビベビベイビベイビベイビベイベー。はい、そうですかと言えるわけがないだろう」

「……っていうか、

 自分の本来の子どもに別人の魂が乗っかってるっぽいのがマジで厭だな……」

「オギャアアアアア!!!心配ご無用!!!

 異世界転生の際、俺は女神様よりチート能力として全能スマホを授かりました。

 幼児がスマホを操る光景も珍しくない令和の世においては、

 赤子でもスマホがあればなんとかなるかと思われます!!」


なんたることだろうか、彼は生まれたばかりの一糸まとわぬ赤子であったが、

その手には銀の携帯端末――すなわち、スマートフォンを握っている。


「……妻が異物と一緒に子ども生んだことよりも、

 その異物がこの世界にはない高度な道具であろうことよりも、

 申し訳程度のオギャーによる赤子アピールに腹立つな……!」

「ああ、我が子マイベイビーよ……

 そこまで言うなら……お前を止めることは出来ないな……

 生後5分で世界を救いに旅立つが良い……!」

「オギャアアアアア!!!行ってきます!!!!!」


這い這い――と、赤子は匍匐前進で進んでいく。

その身体は体液でぐっしょりと湿り、

温めるものは内側から湧き出るものと右手に持つスマホの発熱しかない。

しかし、名前すら持たずに赤子は正義のために旅立つのだ。


「オギャアアアアア!!!しまった!!!」

だが、その赤子の足はまもなく止まった。

体力の限界によるものではない、

這いつくばったままでもあと60時間は進み続けることが出来るだろう。

しかし、赤子は目の前にあるものを見上げ、ただ足を止めることしか出来なかった。


「オギャアアアアア!!!ドアアアアアア!!!」

堅牢なる城壁のように赤子の前に立ちふさがるものは、玄関の扉である。

ドアノブの位置は高く、赤子の身長では届かぬ。

立ち上があんよがじょうずったところで――それでも足りぬだろう。


「オギャアアアアア!!!ドアアアアアア!!!」

赤子は泣いた。生まれてきたときのように。

正義のために生まれてきた自分が、旅立つことすら出来ずに終わるというのか。


泣くなドワナ・クローズ・ユア・アイズ立てい!スタンダップ我が子マイサンよ!」

絶望の淵で這う赤子に、稲妻の如き声が降り注いだ。母親である。

正義のために闘う――赤子にはあまりにも重い宿命である。

しかし、決めたからには赤子であろうとも甘やかすことはしない。

涙をこらえ、母は叫んだ。


「スマホだ!スマホの力を使え!」

「オギャアアアアア!!!そうか!!俺にはスマホがあった!!」

「……知った口利いてるけど、スマホについて知ってるわけじゃねぇんだろうなぁ」


「オギャアアアアア!!!スマホパンチ!!!」

読者の皆様はメリケンサックをご存知だろうか、へー、物知り。

スマホを握りしめた拳で殴りつけたドアが、僅かに凹む。


「オギャアアアアア!!!スマホパンチ!!!スマホパンチ2連打!!!」

一発一発はドアに僅かな威力を与えるに留まる。

しかし、ここで毛利元就の三子教訓状について説明させていただきたい、

あ、知ってる。なるほど。


一発一発の拳は僅かな威力でも、合わされば玄関のドアを破壊するに至る。

赤子は見事にスマホを使いこなし、見事に自宅からの脱出に成功したのだ。


「……くそ! 正解がわからんから、間違っているとも言えねぇ!」

「オギャアアアアア!!!行ってきます!!!」


赤子は右手にスマホを握りしめ、とうとう異世界の大地に飛び出した。

「おっ!!赤子だ!!赤子は殺すに限るでゴザルなぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「オギャアアアアア!!!!サプライズニンジャ!!!」

玄関を出て、2歩。

赤子の目の前に現れたのは、山賊忍者であった。

サプライズニンジャ理論。

物語において、唐突に忍者を出して暴れさせたほうが面白いのならば、

その方向性は考え直したほうが良いという物語における一理論である。

逆に言えば、困ったら忍者を出せばよいのだ。


第一子ファーストチルドレンよ……この試練こどもチャレンジ見事SSS評価で乗り越えてみせろよ……」

「……妻と子も厭だけど、2歩で山賊忍者にエンカする自宅の立地も最悪だな……」


対峙する山賊忍者と赤子、見守る父と母。

それをよそに緑に点滅を繰り返すスマホの通知ライト。

今、戦いが始まろうとしていた。


「ニーンニンニン、獅子搏兎という言葉を知っているでゴザルか?」

「オギャアアアアア!!!知っている」

「賢い」

「えへへ……」

「つまり拙者は赤子が相手であろうとも全力で殺しにかかるというゴザル」

「オギャアアアアア!!!スマホパンチ!!!」

山賊忍者が恐るべき殺気を放った瞬間、

赤子は這い這いと山賊忍者に接近し、必殺のスマホパンチを放っていた。

だが、スマホを握りしめた拳は山賊忍者の鍛え抜かれた手のひらが受け止めていた。


「ニーンニンニン、甘いでゴザルなぁ!!

 確かに硬い物を握って殴ると威力は倍増する……

 しかし赤子の筋力では元の威力がしれているでゴザル」

「オギャアアアアア!!!なんだと!?」

「落ち着け!我が子マイボーイよ!スマホの力を使いこなせ!!」

「なにぃ!?

 それには握りしめて拳の威力を高める以外の使い道があるでゴザルか!?」

「オギャアアアアア!!!

 女神様より授かったあらゆる全能アプリがインストールされた全能スマホの力、

 今こそ使いこなそう……ちょっと使いこなすんで離してもらっていいですか?」

「あ、すいません」

「いえいえ」


山賊忍者が赤子から手を離し、再び赤子の右手に自由が戻った。

だが、この恐るべき相手を前に赤子に一体何が出来るというのだ。


「オギャアアアアア!!!スマホブーメラン!!!」

「ギャッ!!」


赤子が投げつけたスマホが、山賊忍者の心臓部に命中する。

だが、命中するに留まらずスマホは山賊の心臓をぶち貫き、

そして、再び赤子の元へと戻っていくではないか。


「オギャアアアアア!!!スマホは硬いので、投げつけると非常に痛い」

「……参ったでゴザル」

「よくやった……私と夫ボーイ・ミーツ・ガールボーイよ……!」

「……くっそ!おそらく使い方が間違っているのに、間違っているとも言えねぇ!」

拍手を送る山賊忍者と母、お辞儀する赤子。

だが、戦いはまだ終わらないのだ。


「しかし、拙者は山賊忍者の中でも一番の小物。

 拙者を倒したところで世界平和には一切関与しないでゴザル。

 世界を平和にしたければ徒歩5分圏内にある魔王様を倒さなければなぁ!?」

「……マジで自宅の立地最悪だな」

「オギャアアアアア!!!ならば世界平和のために旅立とう!!!」


そして、5分後。

とうとう、赤子達は魔王の自宅に辿り着いたのである。

「オギャアアアアア!!!すいません、殺しに来ました」

インターホンを鳴らしてから、数秒。

世界で最も重い無言の時間が流れた。

魔王を相手にアポイントメントは取っていない、

さらに言えば、殺しに来たのである。拒否されてもおかしくはない。


「今行くんで玄関に上がって待っていて下さい」

「ありがとうございます」


だが、無事に魔王との面会が叶ったのだ。

世界平和も目前である。


「おっ!!赤子だ!!赤子は殺すに限るでゴザルなぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「オギャアアアアア!!!!サプライズニンジャ!!!」

玄関に上がって、数秒。

赤子の目の前に現れたのは、魔王忍者であった。

サプライズニンジャ理論。

物語において、唐突に忍者を出して暴れさせたほうが面白いのならば、

その方向性は考え直したほうが良いという物語における一理論である。

逆に言えば、困ったら忍者を出せばよいのだ。


「オギャアアアアア!!!先手必勝!!スマホブーメラン!!!」

赤子は速攻で必殺技を繰り出す。

だが、魔王忍者は投げつけられたスマホを軽々と受け止めたではないか。


「ニーンニンニン、甘いでゴザル魔王なぁ!!

 確かに硬い物を投げると痛い……

 しかし赤子の筋力ならキャッチも容易でゴザル魔王」

「オギャアアアアア!!!なんだと!?」

「落ち着け!我が母の子の子母の孫よ!スマホの力を使いこなせ!!」

「なにぃ!?

 それには投げる以外の使い道があるでゴザル魔王か!?」

「オギャアアアアア!!!

 女神様より授かったあらゆる全能アプリがインストールされた全能スマホの力、

 今こそ使いこなそう……ちょっと使いこなすんで返してもらっていいですか?」

「あ、すいません」

「いえいえ」


赤子は取り戻したスマホを強く握りしめた。

そして、立ち上がり、スタスタと魔王の元に歩いていく。

赤子の成長は早い。


「オギャアアアアア!!!スマホキィィィィィック!!!!!」

「ギャッ!!!」

スマホを握りしめることで拳の威力は倍増、そして蹴りの威力は拳の数倍である。

故に、赤子の放った蹴りは魔王忍者を一撃で仕留める恐ろしい威力となった。


「オギャアアアアア!!!殴るよりも蹴る方が強い!!」

「……参ったでゴザル魔王」

「よくやった……我が長男ビッグボーイよ……!」

「……流石にそれはスマホの使い方ではないだろ!!!!!!!!!!!」


【終わり】

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