最終話


 凶悪な犯罪などは大きく減ったが、災害や事故は相変わらず多い。人的ミスなどは気を付けていても起きるものである。ましてや災害などは防ぎようがない。安心してはならない状況は、全く変わってはいなかった。

ある日、オフィス街のビルで火災が起きた。私の耳は警察無線や救急無線にも敏感に反応できるようになっていた。 弘子は何も言わずに頷くだけだ。それは『さあ、いきましょう』そんな気持ちの表れなのかも知れない。現場にはすでに三台のはしご車が到着していたが、なにせ高いビル。火元の階まで届かないのだ。

発生場所は二十七階あたりだろうか、窓の隙間からモクモクと煙が立ち登っていた。

どうやらスプリンクラーでは歯が立たないらしい。消防隊員も徐々に集まりだし、重装備を背負ってビル内へと突入していった。炎は見えない、しかし見えない炎は確実に人々を苦しめている。 やがてガラスの破片が飛び散り、路上に降り注いだ。と思うと、勢い良く窓から業火が顔をのぞかせた。そして響き渡る悲鳴……。女性が窓から身を投げた。熱さと煙で逃げ場を失い、死へのジャンプをしたようだ。五十センチ飛行術の本領発揮だ。

わたしの行動は早かった。空中で女性を捕まえ、くるりと反転すると、あっという間に地上に降り立った。

周囲からは歓声が沸き起こったが、それどころではなかった。次々に逃げ場を失った人達が落ち始めたのだ。おそらくビル内部は、高温地獄と化しているのだろう。煙突と同じだ。私は弘子の誘導に従い、順番に落ちる人々をキャッチした。何往復しただろうか、弘子が頷いた。

もう、落ちる心配は無いと言う合図だ。弘子はビルの内部を、見てきたのだ。

消防車は既に十数台が集まり、ビルの周囲を埋め尽くしていた。けれども、放水は届いていない。私は消防隊員に断り、ホースを預かり壁を上った。放水しながら、私は思った。

「うーん。火口術も良いが、水口術も欲しいところだ」

「文句言ってないで、早く消火してね」弘子は建物内を飛び回っていた。弘子は生存者の捜索を続けていたのだ。消防ホースを操作するには、かなりの力が居るらしいが、私には造作もないことだ。片手で放水を続け、片手で天井や壁などを壊して回った。なんの映画だったか、壁内や天井裏を炎は移動すると描かれていたからだ。確かに、その方が消火もし易い。やがて炎の勢いも弱まり、私はホースと地上へと戻した。まだ、所々火は残っていたが、延焼の危険はなくなったようだ。消防隊員も内部での消火を続けていたためだろう。多くの人が煙を吸ったが、幸いなことに死者は一人も居なかった。私もススで真っ黒だ。

「帰ったら洗濯するのよ」と、弘子は言った。

「いいな。幽霊は汚れなくて」

「当たり前でしょ」と笑う弘子に、私も笑顔を返した。消防隊員に状況を話していると、集まった野次馬が手を振っていた。消防士も敬礼をし笑顔を向けていた。その人たちに頭を下げて、私と弘子は充実感を味わいその場を立ち去った。ところが、着替えるために部屋に戻った途端、私の身体が異常を示し始めた。

かなり無理をしたのかもと思ったが、私の身体は疲れとは程遠い症状だった。何も聞こえないのだ。

弘子の声は聞こえるが、耳を澄ましても、話声さえ聞こえない。やがて目の前が真っ暗になった。

急に電気を消されたように、暗い闇が私を支配したのだ。今まで経験したことのない現実に、私は心から恐怖した。

弘子も私の異変に気がついたようだが、その姿が見えない。すると今度は身体が麻痺しだした。

手の自由も、足の自由も奪われ、私は声さえも失った。『寿命か?』 咄嗟にそう思ったが、異常の進む速度が急激過ぎた。心の準備など、全くしていなかった。

徐々に弱っていくのとは違い、突然に襲われたのだ。

よもや死、と言うよりは、消滅、と言った方が早い。

私は薄れ行く意識の中、必死に弘子を呼んでいた。 しかし、弘子の暖かさは、私の意識がなくなるまで感じることが出来た。弘子は知っていたのだろうか。もしかしたら悪霊から何かを聞いていたのかも知れない。ただ、優しく私を包み込む感覚だけが私を安心させ、恐怖を和らいでくれた。

約束通り、私の生涯が閉じるまで、そばにいてくれるつもりらしい。弘子、愛しい弘子。今までありがとう。幸せだった。

弘子の返事が聞こえた気がした。もう二度と会えない弘子……。 人生が走馬灯のように一瞬のうちに脳裏を流れた。死んだような日々を過ごした頃。初めてエイリアンだと知らされ日。訓練に明け暮れ、初めて悪人と対峙した日。そして、初めて弘子と会った日。幽霊仲間を得た日。コスチュームが完成した日。そんな中にも、多くの出会いがあった。失敗も成功もあった。これを充実した人生と呼ばずに、何と呼べばいいのだろうか。『弘子はこれからどうなるのだろうか』それだけが気がかりだ。

『どこに居て、何をしていても、幸せでいてほしい』ただそれだけだった。それでも疑問が浮かぶ。

『はたして、私が存在した時間は有意義だったのだろうか?人々は平和を守り続けるのだろうか?』最後の最後に、浮かんだ疑問に答えが出ることはないだろう。永遠の疑問を抱くのも悪くはないのかも知れない。『結局、最後まで悩むんだな』と、そんな考えに私は笑った。

やがて静かに迫っていた闇が、私の全てを包み込んだ。もう恐怖は微塵もない。残念なのは、迎えの気配が全くないことだ。やはり、故郷の星は完全に消滅したようだ。

そして、最後に感じることが許されたのは、弘子のぬくもりと完全なる無だった。


……完。










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最初で最後の最強コンビ ひろかつ @hirohico

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