第35話
「動き出したわ」それは例の教員の件だとすぐにわかった。場所は体育館の準備室。教員は卓球クラブの顧問をしており、部員が標的だ。過去にも何度か犯行に及んでいる。ただし、これには前提があり、部員たちを叱る必要がある場合のみ及ぶのだ。部員たちの喧嘩などがそれだ。前提が発動されると教員は、部員を一人ずつ準備室に呼び出す。標的は最後の子だ。順番に話を聞くと言うのが名目である。喧嘩したのだから、理由を説明しろと言われるのは、部員でも納得のできるものであり拒む者はいなかった。最後の標的以外は、話だけで特に何もしないのだ。ちゃんと喧嘩の理由などを聞き、今後、このような事が無いようにと話すだけだ。そして順番に帰すのである。しかし、標的だけは違った。標的にされた部員のほうは、他の部員が平気な顔で戻ってくるから、それが普通なのだと考え、不快に思っても抵抗さえしない。されるがままである。それがこの教員の手口である。今日もその機会が巡って来たと、教員は喜び勇んで体育館へと向かった。部員の一人が職員室へと知らせに来たからだ。
「誰だ?喧嘩したのは」部員を集め、教員はそう言った。その目は標的の姿をしっかりと捉えていた。
「コウちゃんとユキちゃんです」部長を任されている生徒がそう言うと、
「じゃ、理由と状況を聞くから、一人ずつ来い」そう言って準備室へと向かった。いつもの行動に疑問を持つ部員は一人もいない。一人ずつ話を聞くのは、他の部員に聞かせないためと、部員たちは理解していた。言い換えれば、チクったところで公にはならない。だから本当の事も言える。と逆に部員たちからは支持もされていたのだ。教員はそこを逆手に取った。標的の子もそうだった。
ちゃんと言い分は聞いてくれるし、それを誰かに言うこともない。不快で少し恥ずかしいけれど、準備室内での話の内容は口外しないのが暗黙のルールになっていた。だから、教員の行動が表に出なかったのである。ただ、一人づつ呼び出すのをたまたま見てた生徒の誰かが『何してんだろうな』と、疑問を口にしたのが始まりのようだった。好奇心旺盛な子供の事だから、色々な憶測が飛び交い、やがて『変なことしてるんじゃないのか』と広まり、最終的に豊中の耳に入ったのだ。教員も、まさかそんな噂から目を付けられるとは思ってもいなかっただろう。だからこそ、平気な顔で犯行に及んだのだ。準備室は灯りがあるが、それでも暗い。跳び箱やマットからは汗の匂いも漂っている。その一角で、教員は最後の子を待っていた。最後の子が現れると、教員はかすかに笑みを浮かべた。
「では、話を聞こうか」
「はい」と標的の部員は素直に話し始めた。教員は話が終わると腕組みをし、怒った素振りを見せて話を始めた。
「なるほどな。でも、黙って見てたらダメじゃないか。ちゃんと止めなくちゃ」
「そうですね。ごめんなさい」
「そう言うのが、虐めとかに発展するんだぞ。虐めの共犯になっても良いのか?」教員はこうやって『自分も悪かった』との感情を植え付けるのである。それが抵抗出来ない理由になると分かっていたのだ。そう言ったことを何度も繰り返して言う。
「すいません」この段階で、部員は謝ることしかできない状態になった。
「仕方がない。みんなにもしているが、君にもするしかないな」そういうと、教員は自分の両膝を叩いた。部員はそれを見て黙って立ち上がると、ジャージを少し下げ、お尻をむき出しにした。要はお尻を叩く折檻である。そして膝の上に身体を預けた時、灯りが激しく点滅した。あらかじめ待機していた弘子の脅かしである。部員は慌ててジャージをたくし上げると、準備室から逃げ出した。教員の方も驚きはしたが、
「誰だ!悪戯するのは!」と叫んだ。生徒の悪戯だと思ったようだ。その声と同時に電球が粉々に砕け散った。準備室内は真っ暗闇だ。そこに弘子の姿が浮かび上がった。怒りも相当なものだったようで、ものすごい形相で教員に迫った。さすがの教員も悪戯とは思えなくなり、ついには悲鳴を上げた。
「何をしているのだ」と弘子は教員に迫りながら訊ねた。
「へ?」既に泣き顔である。
「貴様は何をしているのだ」更に詰め寄ると、
「すいません。ごめんなさい。もうしません」と教員は迫りくる弘子に土下座を繰り返した。
「何をしたんだ」
「すいません、ちょっと触りたかったです。もう二度としません」教員は顔を上げることすらかなわず、必死に懇願していた。
その時体育館では、飛び出してきた部員の乱れたジャージ姿に皆が驚き、何があったのかと聞いていた。やっとほかの部員たちも異変に気が付いたようだ。当然のこと、標的にされた子以外は、折檻など受けていないことも判明し、教員への怒りが爆発していた。私はそこに姿を見せた。
「大丈夫、今、私の仲間か制裁を下しているから」と言うと、沢山の生徒たちが集まって来た。一応は、名の知れたヒーローである。皆が抱きつき握手を求めた。当然、悪い気はしない。その騒ぎを聞きつけ、他の教員たちも集まって来た。すると、準備室から震えながら出てくる教員の姿が皆の目に晒された。
「さぁ、すべて白状しなさい」私がそう言うと、うなだれた教員は後ろを振り向き、やがて口を開いた。
「悪戯目的で生徒を準備室へ連れ込みました」この発言にはほかの生徒の罵声が浴びせられ、集まった教員たちの顔を青ざめさせた。犯行を自供した教員の後ろには、教員だけに見えるように弘子が立っていたのだ。それ外にも、準備室内での会話も録音されている。犯行時の録音と自供。逃げる術はないだろう。校長や教頭までもが現れ、学校での対処を申し出たが、私はそれを拒否した。有耶無耶にされるのを恐れたからだ。
「いいえ、こちらで警察に連行します。いいですね?」私の強い語尾に、校長は何も言えずに、黙って頷くだけだった。
その後、教員はすべての犯行を自供したそうだ。被害にあった部員達には手厚い精神的看護が保証され、ひとまずは安心できる状態になった。豊中の喜びは大きかったようで、何度も私に握手を求めた。豊中にしても、自分の娘が被害にあっていなければ、こんな噂に耳を貸さなかっただろう。様々な偶然が絡み合って発覚されたと言っても過言ではない。けれども、様々な出来事を偶然で片付けるののは気が引けた。ただ、私がもっと早くに覚醒していれば、豊中の娘さんも被害にあわなかったかも知れない。それだけが心残りであった。そして豊中の予想通り、似たような事件は極端に減ったそうだ。渋々受けた件だが、結果的には良い方向に向かい、私も弘子も喜んだのは言うまでもない。協力してくれた悪霊はといえば、いつの間にか私たち前から去っていた。彼が本気で怒らずに良かったと、私は胸を撫で下ろした。
「良いのか?」ただし、礼を伝えていないことが気になり弘子に訊ねた。
「忙しいのよ」と、返事はそっけないものだった。何故か、避けているようにも見えたが、弘子の言葉を信じるしかない。まぁ、悪霊の扱いも難しそうだし、出来ることならば、今回限りで勘弁してほしいものだ。どうしても、あの容姿には慣れそうもない。見ているだけで寒くなる。全く、情けないヒーローだ。
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