呪いの箱
向日葵椎
悪霊VS.謎の箱
あるところに悪霊がいた。
元は人間の女だったが、恋人に裏切られた恨みを肥大させ続けるうちに人でなしとなり、いつしか人の道を外れ、もののけの
最近、この悪霊は一人の女子高生を狙っていた。今日もおはようからおやすみまで対象である女の子を観察する。そして今、帰宅後の彼女が自室でくつろいでいるところを端っこに座って見ていた。まだ姿は現さない。
「あの手に持ってる箱はなんだろうか」
ここ最近ずっとそれが気になっていた。この悪霊は人間を簡単にあの世まで連れていくことができるが、そういう単純な方法では仲間に自慢できないので、極限まで怖がらせるために対象を念入りに観察するのである。
「ずっと見ている。呪物? あの箱に恨みを込めているのだろうか。そうであるなら人を呪わば穴二つ。怖がらせるのに使えるかもしれない」
そう思った悪霊はそばへ寄って女の子の手元を覗き込んだ。箱――スマホの表面はガラスに亀裂が走ったような見た目、つまり割れていて、その奥に文章が見える。
「不思議だ。いや私が不思議とか言える側じゃないけど、この箱を指で撫でたりつつくと模様が動いたり文字が出たりする。あのテレビとかビデオとかゲームとか、そういう最近のアレの
「……? 何か聞こえるような」
「おっと疑問のせいで波長が合いそうになってしまった。危ない危ない。私かなり強力な悪霊だから油断するとすぐ怖がらせちゃうんだよね。いやあ力があるというのも大変だ。息をひそめておくか、霊だから息してないけど。はは」
「うわ寒」
「あれ冷気出してたっけ。まあいいか、バレてはいない。これからはこの箱を集中的に観察することにしよう。私はこれを使うことにした。なんかおぞましい割れ方してるしちょうどいいだろう」
悪霊は女の子の手元のスマホを観察する。
「ぽつりぽつりとした文章が書かれているな。なになに……」
『今日のセンパイ超カッコよかった!』
『あざす!』
『チームで一番シュート決めてた!』
『あざす!』
『さすがエース!』
『あざーす!』
「なんだろうな、イライラしてくる。多分これは文章のやりとりだ。どうやらこの箱を使って携帯のメールみたいなことをしてるんだろう。――あ、これ携帯か! いやなんで気づかなかったんだろう。多分あれだな、私の中で携帯はパカパカ開閉するやつだったから時代に取り残されてたんだ。ていうかこの子はこのセンパイとかいうやつが好きなんだな。瞳を見ればわかる。だって輝いているもの。箱から出るライトのせいじゃない。私くらいの悪霊ならわかる。そしてこういう甘酸っぱい感じのやり取りを見ると腹が立つ! なぜなら私は悪霊だから! 呪う。もう絶対呪うわ。あ、また何か操作し始めた」
『今度遊びに行っていいですか?』
「お、もうそういう間柄なのか。それともこれからなのか。……あ、箱抱いて体揺らし始めた。これ見たことある。昔から乙女が恋文を胸に抱くのは変わらないんだな。時代は変わっても人間のすることはそう変わらないということか……なんて年よりくさくていけないな。いや誰が年寄りだよ。まあ、どんな関係にしろもう私が呪うからこの子がお家デートする日はこないけどな。……しかし返事はいつくるのだろう」
悪霊が見ていると、女の子はスマホを持ったまま立ち上がって部屋から出ていく。悪霊は後を追う。
しばらくして部屋に戻って来ると、また女の子はスマホをじっと眺め始めた。
「まさかお手洗いの中でも箱を眺めてるとは。まあ、意中の相手の反応が待ち遠しいのだろう。ああ、なるほど。それでいつも箱を持ち歩いているということか。それだけ肌身離さずだと壊れもするだろう。落ちたりしてな、恋だけに」
「うわ寒。まただ」
「なんだろう寒がりなのかな」
「きたッ!」
「何が!?――あ、返信か」
『ムリ』
女の子が目を見開く。
『忙しいですか?』
『いや自称霊感ある系の人がムリ
霊が近くにいると寒気するとかナイでしょ
でも誰か呼んでくれるならいいよ』
女の子は表情を固めたまま動かない。
「あーダメだったっぽいな。しかしこの子は霊感持ってたのか。それも気配消してた私に気づくレベルでかなり素質がある。ま、いいか。そろそろ始めよう」
悪霊は女の子の後ろから姿を重ねるように、身体へと入り込んだ。
女の子の口元が緩む。
『つれていきます』
『あざす!』
女の子はスマホの画面を消す。
割れた画面を指でなぞる。
「標的変更」
呪いの箱 向日葵椎 @hima_see
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