スマホ・グリッド・コンピューティング

秋空 脱兎

地球クラスタリング試験

 ある火曜日の事だ。

 『ガラケーの利用者がとうとうゼロになった』というニュースが流れてきた。

 両親が驚いていたのが、記憶に新しい。


 その翌日、水曜日の事だ。

 朝起きたら、家族がいなくなっていた。

 今度は僕が驚く番だった。



§




 僕の名前はホシノ・トバリ。十七歳、男。たぶんどこにでもいる、今時の高校生。スマホが壊れて修理に出している事以外は、特筆すべき点はない、と思う。


 朝、いつものように起きてリビングに向かうと、そこには家族が一人もいなかった。

 寝坊だろうかと思い寝室を覗いたが、誰もいなかった。

 キッチンにも風呂場にもトイレにもいなかった。

 鞄は置きっぱなしだし、車は停めっぱなしだ。

 何も持たずにどこにいってしまったのだろう?


 電話がないから連絡の取りようがない。仕方なく朝食の準備をして、テレビの電源を点けた。


 液晶テレビの画面に、カラーバーが映し出された。


 僕は困惑した。放送休止時間中に使用される映像が、朝の七時二十分に映るだろうか。

 回せるチャンネル全てを見てみたが、結果は変わらなかった。


 訳が分からなかったが、何か異常が起きている事だけは解った。

 誰かに話を聞かないといけない。一先ず朝食を食べて、学校に行こう。




§



 二時間後。

 僕は早々に帰宅して、玄関先で座り込んだ。


 サボっている訳ではない。

 学校の門は開いていなかったし、先生も生徒も、一人として来ていなかった。

 それどころか、歩いている途中人どころか走っている車とも出くわさなかった。

 通学路にあるコンビニは、もぬけの殻だった。


 あまりにも静かだし、非現実的すぎる。

 夢かと考えて頬をつねったが、どうやら夢ではないらしい。


「何だこれ、どうなってるんだ……」


 口に出したが、当然答えは出ない。

 せめて情報が欲しい。世界から自分以外の人間が死滅しているというのなら、それでも構わないから情報が欲しい。


「……そうだ、もしかしたら」


 もしかしたら親のスマートフォンが家にあるかもしれない。そう考えて寝室に向かう。

 程なくして、母親のスマートフォンを見つけた。運がいい事に──二重の意味で良くないのだが──パスワードはかかっていなかった。


 いくつかのニュースサイトを開いてみると、異様な見出しが羅列されていた。


『「起きたらインターネットの中だった」全世界騒然』

『全人類端末化か 原因不明』

『外部との連絡不可 非常事態宣言発令へ』


「何だよこれ……」


 まるでヒトがインターネットに取り込まれたかのような記事だ。それも世界規模で。


「そんな訳……でも……」


 いや、自分一人で考えても埒が明かない。

 試しに、こちらから呼び掛けてみる事にした。

 SNSのアプリをダウンロードし、自分のアカウントでログインした。


 タイムラインはいつものように更新されていた。各々困惑しているようだが、中には順応を始めているかのような投稿ツイートもあった。


 僕は意を決して、『朝起きたら街の人が皆いなくなっていた。ニュースサイトを見たら何かSFみたいな事が起きてるってなってたけど、どういう事?』と投稿してみた。


 次の瞬間、ハートマークいいね再拡散リツイートの通知が来た。


「お……う、うわうわうわ⁉」


 通知が止まらない。これが噂に聞くバズるというやつだろうか。怖い。

 返事リプライが多すぎる。カオスって騒ぎじゃない。


 僕は恐怖を感じ、思わずスマホの電源を切ってしまった。


「…………」


 ちらりと見えたリプライの中には、『まだ肉体を持っているんですか⁉ 良ければ証拠を見せてください!』といったものがあった。気がする。


 どうやら本当らしい。


 頼むから僕が狂っただけであってくれと、願うほかなかった。




§




「はぁ……」


 公園のブランコに座って、僕は溜め息を吐いた。

 何かをする気にはなれなかったが、取り敢えず外へ出たいと思ったのだ。


「何でこんな事になったんだ……」


 自分なりに考えてみたが、判らない。何の前触れもなかったはずだ。

 かといって、下手にインターネットを使うのというのも──さっきの一件で怖くなってしまった。


 念のため行ってみたが、警察署にも人はいなかった。

 ひょっとして、このまま死ぬまで孤独に……


 そう思いかけた時だった。


「……ん?」


 視界の端に靴が、いや。

 人だ。

 顔を上げると、十メートルほど先に、スーツ姿の男が一人、立っていた。

 男は僕が顔を上げるや否や、振り返って走り出した。


「あ……ま、待って! 待ってください!」


 叫ぶ前に、立ち上がって走り出していた。


 男の足は速かった。スキップのような走り方なのに、どんどん置いて行かれる。

 それでも何とか追い付こうとしたのだが、曲がり角を曲がった直後、男は忽然と姿を消してしまった。


「あれ……?」


 曲がり角の先にはアパートがあって、そこ以外に行く先はなかった。

 どこに行ったのだろうか。もしかして幻覚?


「いや、現実だよ」


 僕意外の誰かの声だ。

 声がした方へ振り返ると、そこには、見失ったはずのスーツの男が立っていた。


「やあ、ホシノ・トバリ君。会えて良かった。良ければ、お話しないか?」


 何だこの男は。初対面だぞ? 何で僕の名前を知っている?


「むう……しまったな。初動で怪しまれるような発言をしてしまった。申し訳ない。ただ、私は君が知りたい事を知っている。どうかな? お茶が一杯、なくなる間だけでも」


 怪しさしかない。嫌な予感しかしない。

 でも、拒否したら次に真実を知る機会はないかもしれない。


 何より、ようやく人に会えたのだ。


 僕は無いに等しい勇気を出し、頷いて見せた。


「ありがとう。じゃあ、こっちへ」


 そう言って男はアパートを指し示した。




§




 僕はスーツの男に促され、アパートの一室に通された。

 部屋にはちゃぶ台とテレビ、それに冷蔵庫。それ以外に家具はなかった。


「適当に座ってくれ。お茶を用意するから」


 スーツの男に言われた通りに、恐る恐るちゃぶ台の前に座った。

 スーツの男が冷蔵庫から取り出した緑茶の缶の片方を差し出してきた。


「毒は入っていないよ」


 男はそう言って、緑茶の缶を開けて一口飲んだ。

 別にそんな事は考えていないのだが、取り敢えず飲む事にした。


「さて、話をするのだが。私は、これ以上怪しまれないように全ての手札を切る。だから、とても驚くと思う」


 そう言った瞬間、男の身体が瞬き、およそ地球人のそれとはかけ離れた姿へ変貌した。


「私は、コネクティラ星人パラレル。遠い宇宙から……そうだな、率直に言おう。地球を侵略しに来た」


 僕は、驚きで呆然としていた。

 スーツの男改めパラレルは、説明を続けた。


「地球を侵略するにあたって、我々は極力この星を傷つけたくないと考えた。資源は豊富だし、原生生物、特に人類は、我々から見ると素晴らしいスーパーコンピュータにも見えた。コネクティラ星には惑星間航行の技術があるのだが、コンピュータがロストテクノロジーになってしまい増産出来なくてね。何とか利用したかったんだよ」


 パラレルそう言いながら、スマートフォンを見せてきた。


「だから、地球人を一つの巨大コンピュータに変えて、もぬけの殻になった居住区に移り住もうと考えた。我々は苦心の末、肉体と魂を光量子化し、電子の世界に組み込む技術を発明した。嫌だろう? 謎の液体に満たされたカプセルの中に脳だけが浮いているなんて」


 問答無用でコンピュータの部品にされるのも大概だと思うのだが。


「そうして、試験段階に入ったんだ。君にとっての怪奇現象、人が世界から消え去りインターネットに呑み込まれている。これが、今この地球で起きている事の真相さ」


 正直に言うと、荒唐無稽だ。だが目の前で宇宙人が姿を変えたという事実が、説得力を持たせていた。


「そして君は、昨日今日の間、インターネットに接続している端末に触らなかったただ一人の人間、という訳だ。たった一人残されてしまったという訳だ。気付くのに遅れて申し訳ない」


 パラレルはそう言って頭を下げた。


「いや、謝られても困るっていうか……」

「私はお詫びをしたい。君を、我々の仲間にしたいんだ。君達の事をもっと知りたい。駄目だろうか?」

「いや……でも……」


 承諾しても拒否してもマズイ、そんな気がする。

 僕は考える事になった。

 どうすればいいのだろう……⁉

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