栄枯盛衰は世の理

篠原 皐月

そんな未来がきて、そんな会話が交わされるかもしれない。

 古来、作り出されてから長い年月を経た道具などには霊魂が宿ると言われ、つくも神などと呼ばれている。

 しかし近年の技術革新の驚異的な進歩により、次々と新しい物が生み出されているせいか、十数年程度しか経ていない物でもそれに霊魂が宿っている事を知っている人間は、この世の中に全くと言って良いほど存在していない。  



 ※※※※



「今夜は、俺達の新しい仲間の歓迎会をするぞ! ようこそ、通信機変遷紹介エリアへ! 歓迎するぞ、スマホ!」

 巨大な博物館の展示スペースの一角で、人間にすると三十代に見えるガラケーが明るく新入りを紹介しようとした。しかし四十代の中間管理職風の出で立ちのスマホが、憤怒の形相で怒鳴り返す。


「うるせぇぞ、このウスノロ野郎!! 俺は貴様らとは違う、究極の進化を遂げた通信機器なんだ!! 気安く声をかけるんじゃねぇ!!」

 それを見た還暦前後に見える、色々と悟りきった風情のダイヤル式黒電話とプッシュホン式電話が、顔を見合わせて囁き合う。


「やさぐれているな……。その気持ちは分からないでもないが……」

「自分の天下が永遠に続くかと錯覚していたら、あっという間に足下を掬われて追い落とされましたからね」

 そこで通信機器としては成熟できなかったのか、少年姿のポケベルが苦言を呈してくる。


「スマホさん、幾らなんでも『ウスノロ』なんてガラケーさんに失礼ですよ?」

「気にしていないよ、ポケベル。実際に、俺があれより薄いし遅いのは事実だからね」

「え? ガラケーさん、スマホさんより厚みがありません?」

「広げればこっちの方が若干薄いと思うぞ? 軽いし小さいし」

「それもそうですね」

 二人がそんな会話をしていると、ショルダータイプの携帯電話とファクス機能付き電話が、しみじみと語り合う。


「『究極の進化』か……、私がショルダーバッグに収まって外に出歩き始めた時は、『革新的だ!』と持て囃されたものだ……」

「私が文章を送れるようになった時も、『画期的だ』と言われましたね……。短縮ダイヤルとか留守番電話の機能も、大歓迎されましたし」

「だが、普及してから一番機能が拡充されたのは、なんと言ってもガラケー君だろうな」

 そこで黒電話が話を向けると、ポケベルが満面の笑みで賛同した。


「そうですよね! 通話ができるのは当然ですが、インターネット接続が可能になりましたし! 写真だけじゃなくて動画も撮れるようになりましたからね!」

「はっ! どれもこれも、子供騙しのショボい機能だったじゃねぇか!」

「スマホさん……、またそんな憎まれ口を……」

 すかさず悪態を吐いたスマホを見て、ポケベルが呆れ顔で溜め息を吐く。するとこの場での最長老である、今にもポックリ逝きそうな老人姿の壁掛電話機が、間延びした声で告げる。


「わしも初めて人の声を伝えた時には、『こんな小さな箱の中に人がいるぞ!?』と、驚愕されたものじゃったなぁ~」

「…………」

 遠い目をしながら昔を懐かしんでいる長老に余計な事は言えず、周囲の者達は顔を見合わせて黙り込んだ。すると壁掛電話機が、思い出したように問いを発する。


「あ~、そういえば、今巷を席巻しとる“あれ”とは、結局どんな奴なんじゃ? 老いぼれには、皆目見当がつかんでの~」

 その問いに、すかさずポケベルが答える。


「簡単に言うと、インプラントの技術ですね」

「……いんぷらんと? なんじゃ、それは?」

「ええと……、人間の眼球に網膜って組織があるんですけど、そこに端末用のチップを埋め込んで直接脳内に映像を送る技術なんですよ。だから携帯端末がそもそも存在しないんです」

「本当か? そりゃたまげたの~」

 目を丸くして驚いてみせる壁掛電話の周りで、他の者達が口々に言い出す。


「私もそれを知った時には驚きましたよ。網膜に直接情報を送るので、目を閉じている状態や盲目の人でも理論上は映像が見えるようになるらしいですよ?」

「それって、厳密に言えば見えると言うよりは把握すると言った方が正しいかも」

「その操作は脳内に操作用のチップを埋め込んで、脳波で操るんだよな?」

「ええとその技術って、ブレイン・マシーン・インターフェースとか言ってたっけ?」

「それで特殊な電波を生じさせて、中継器を介してネット接続して、離れた所にいる者と端末不要で脳内で会話ができるのだから、世の中も変われば変わるものだな」

「たまげたの~。人間の身体自体が、電話になっておるとは」

 そこでガラケーが振り返り、スマホに尋ねた。


「スマホ。マジでそいつの名前、なんて言ったっけ? 俺もど忘れしたわ。技術革新が凄すぎて、そっちにばかり意識が向いててさ」

「黙れ!! 誰が、あんな不愉快な奴の名前を口にするかっ!! そんな事、死んでも御免だっ!!」

 怒りで顔を紅潮させながら怒鳴り返したスマホに、周囲の面々から呆れ半分、憐れみ半分の視線が向けられる。


「スマホ君……、私達は生きても死んでもいないのだけどね……」

「往生際が悪すぎるな。確かに全盛期が長かったから、過去の栄光にしがみつきたいのは分からないでもないが」

「栄枯盛衰は世のことわり

「さっさと現実を受け入れろよ」

「君達はもう、世間では完全駆逐寸前なんだからね」

 そこでスマホは床に崩れ落ち、泣き叫びながら怨嗟の叫びを上げる。


「ちくしょうぅぅぅーっ!! 俺の、俺達の栄光を返せぇえぇぇーっ!!」

 その夜。博物館の一角で、技術革新を認めたくない、認められないスマホの叫びが、延々とこだましていた。

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