ねこぱんち日和

すえもり

ねこぱんち日和

 私の彼氏くんは、最近ちっとも私の相手をしてくれない。

 私が膝の上に座って見上げていても、彼の視線は手の中にある小さな長方形の板に釘付けで、私のふわふわグラマラスボディに目もくれない。足踏みしてみてもダメだ。手の甲に鼻を近付けてみたら、邪魔そうに鼻を鳴らされてしまう。

 つまんない! 私よりも魅力的な存在がこの世にあるはずがないのに! あの板、やっぱり壊しちゃおうかしら!

 しかし、物を壊すと彼氏くんはとても怒る。だから、私は床に降り立ち、椅子の足の間をぐるぐる回った。彼氏くんは完全に無視だ。

 再び彼氏くんの膝の上に戻り、板を覗き込むと、そこには私より若いネコが映っていた。純血種の白いフワフワのネコ! 目が黒くて大きくて、いかにも男ウケしそうな顔! それにしても随分と小さくて平たいネコだこと。

『ちょっと! 浮気⁉︎』

 私は彼氏くんの手に噛みつこうとしたが、彼は手をサッと避けた。

「こら!」

 平たいネコは、猫撫で声で甘えている。あの板は、なんでもかんでも一瞬で彼氏くんの手の中に連れてくる。ただ、どれも小さくて平たい。

 私は若いネコの顔面に連続パンチを食らわせた。

「やめろ!」

 彼氏くんは板を頭上に持っていき、板の側面を押した。すると鳴き声は止み、ネコの姿も消えた。

「ウメ、これは本物のネコじゃないんだよ」

『そうだとしても、私以外の女の尻を追っかけるなんて許さない!』

 彼氏くんは牙を剥き出している私に、あの板を向けた。ガシャッという妙な音が鳴る。よく板を向けてくるのだが、一体何なのだろう? 彼氏くんは満足そうな顔で、再び板を眺めはじめた。


 視界の端に、ソファに座っている『ノリマキ二号』が半笑いで欠伸しているのが見えた。

『ウメちゃんよ、いい加減そいつのことは諦めなよ』

 私は跳躍力を活かしてノリマキ二号の脇に飛び乗った。

『人のことが言えるのかしらん? お隣のエリザベスに首ったけだったクセに』

『エリザベスの魅力の前では全オスニャンコは無力なのだ』

『あっそ』

 ノリマキ二号は八の字マユゲのような黒いブチ模様がある。その顔でカッコつけてもイマイチ決まらない。

『だいたい、ご主人はウメちゃんの彼氏じゃないじゃん』

『同棲してるんだから彼氏でしょ』

『その発想だとオレも彼氏ってことになりかねない』

『はあ? あんたなんか男じゃないわよ』

『……そうじゃなくて。オレはあいつが好きじゃない。ノリマキなんてダサい名前をつけやがって。なんで二号なんだ』

 私は忍び笑いした。

『ノリでしょ。ものぐさのあんたには、お似合いの名前よ。先代のツナマヨとかコンブよりマシでしょ』

 ノリマキは短い尻尾をソファに打ちつけた。

『あ〜腹が立つ。ところで今日の晩メシは何かなぁ。俺のがチキンだったら交換してくれよ』

『イヤ』


 私はソファから降り、再び彼氏くんの膝に飛び乗った。板の中で、私と毛の色がそっくりの、同じ年齢くらいのメスが牙を剥いて、すごい剣幕で怒っている。正直言って、ブサイク。でも全く動かない。私を前にして怯んでいるのだろうか。私は再び連続パンチを繰り出した。

「だからやめろ! 自分で自分に攻撃するな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねこぱんち日和 すえもり @miyukisuemori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画