SNSの向こう側
彩瀬あいり
SNSの向こう側
「……まただ」
私がSNSに投稿した文章に、反応があったことが示されている。クリックして確認すると、やっぱりそのひとだった。
ヤス
年齢とかはわからないけど、たぶん男。
いつもいつも反応をくれる常連さんはありがたがるべきだろうけど、ヤスの場合は事情がちがう。
こいつは、私をどこまでも追ってくる。ネットストーカーなのだ。
◇
自分で言うのもなんだけど、私はけっこう文章がうまい、みたい。
小学校のころから国語が好きで、授業で書いた詩がほめられたり、コンクールで入賞したりね。
だけど、なんかすごく恥ずかしくて、「たいしたことないよ」とか「たまたまだし」とかごまかしてた。学校の課題だからってだけで、とくべつ興味があるわけじゃないんだって。
でもさ、本当はずっと「物書き」に憧れていたのだ。自主的に、なにかを書いてみたいって、そう思っていた。
ノートにこっそり書くだけだったんだけど、私みたいな素人でも大勢のひとに見てもらえる場所があることを知った。
それが、インターネットだ。
中学の時、友達がWeb小説を教えてくれて、そういうところに書いているのは、ほとんどが素人だと知って驚いた。そこからプロになるひともいるんだとか。そういや、本屋さんでもWeb発の人気小説がどーのってポップ、あったなあ。
私は「書くのとかキョーミない」ってことになってるから、誰にも言えなかったけど、こういうところなら匿名だし、友達にだってバレずにできる。
そのことが、私にはとても魅力的に映った。
匿名、万歳!
家のパソコンは、お母さんと共用なので、閲覧はできても投稿とか無理で。中学の時は、もっぱらWeb小説を読む立場だったんだけど、高校生になってスマホが解禁。私はさっそく自分でも文章を発信してみることにした。
とはいえ、私が選んだ場所はSNS。
私が得意なのは短い文章だから、Web小説みたいに長いやつは、ちょっと無理かなって思ってね。
SNS上には、140字小説といって、短い文章で世界を見せるものがあることを知って、私はそれにチャレンジすることにした。
アカウント取得の際に作成した名前は、ミライ。
私が使っているツールには「足跡機能」というものがついている。これは、誰が見て誰が反応をしてくれたのかがわかる。こっちがフォローしてなくても、反応をくれるひとも結構いることがわかるので、便利な機能だと思う。
ヤスは、わりと初期のころから私のページを見てくれているひとだ。
こまめにコメントもくれて、それがすごく褒め上手なもんだから、少々浮かれていた自覚はある。
ある日、変なコメントがたくさんつくようになった。
デフォルトのアイコンを使っていて、自分はなにも投稿していないような、いち閲覧者ってかんじのひと。そいつが私の作品を引用して、キモいコメントをつけて拡散したもんだから、私のページには変なヤツらが現れるようになったのだ。
SNS上で仲良くしてくれている創作仲間・サツキさんのアドバイスに従って、私はアカウントを削除。別のアカウントをつくって、また細々と創作を始めた。
名前も変えちゃったし、いままでの作品も取り下げているにもかかわらず、ヤスが来訪していることが足跡機能でわかって、驚いた。
すごい偶然。
ヤスはきっと、140字小説が好きなんだと思った。
だから、似たようなことをやっている私のところに、やって来たんだ。
そう思っていたら、ヤスからコメントが届いた。
大変だったね。
ああ。このひとは、名前は違っても、私が私だとわかったんだ。
そう思うと、ちょっと嬉しかった。
だから、そのことを伝えて、御礼を言って。
そうして、ときどき日常的なことなんかも話すようになった。
私が高校生だってことは、前のアカウントのときに書いてたから当然知っていて、学校のこととかを訊いてくる。
ヤスはどうも社会人っぽい。
はっきりしたことは言わないけど。秘密主義っていうかなんていうか。私ばっかりが自分のことを話しているような気がして、ちょっとヤだなって思った。
おまけにヤスは、お節介だった。
いままではずっと見ているだけだったのに、私がコメントを返すようになったせいか、あれこれ苦言のようなことを言うようになったのだ。
たとえば、写真。
学校や買い物に行ったときに、友達と一緒に撮った写真とかを上げていると、「そういうのはよくない」とか。
べつに顔は写ってないよ? さすがに私だってそんなことはしない。創作は秘密だから、リア友にバレるようなことはしないもん。
なんか、あれこれ鬱陶しくなってきたので、私はまたアカウントを削除して、新規で投稿を始めることにした。上げた文章は手元にメモってあるから、消えちゃってもべつに平気だしね。
唯一、すごくいいアドバイスをくれるサツキさんにだけは、新しいアカウントを教えてるけど、それ以外に以前のアカウントに繋がる痕跡はなにも残していない。
それなのに、ヤスはまた現れた。
前のときみたいにコメントしてくることはなかったけど、「足跡機能」のおかげで、ヤスが私のページを訪れていることはわかる。ずっと日参してくる。
ちょっと気味が悪くなって、私はまた別のアカウントを作った。
今度は作風を変えてみた。140字では収まらないような、もう少し長めのものを投稿するようにもして、いままでの私とはまったく違うひとを作り上げたつもりなのに、ヤスはまた現れたのだ。
こういうのも、いいね。
ヤスは、何度でも追いかけてくる。
逃げても逃げても、私を追いかけてくる。
彼の痕跡が、履歴が、足跡が、私のページにペタペタと痕を残していく。
なんだろう。
なんなんだろう。
ヤスは、どうして、どうやって私を見つけているんだろう。
◇
私がネットで創作活動をしていることは、友達はおろか、両親にも内緒だ。恥ずかしいから絶対言えない。
とくにお父さんは、こういうことに難色を示すだろう。お役所の公務員らしく、頭がかたいのだ。たまに買ってくる本は、なんか難しそうな推理小説で、ライトノベルとかバカにしていそうだ。
お母さんはまだ理解があるかもしれないけど、親戚とかに言いふらしそうで怖い。
私の悩みは顔に出ていたのか、お母さんが訊いてきた。
当然、なんでもないってごまかした。
テストが近いから憂鬱なだけだって、言い訳をして。寝不足なだけだよって言って。
実際、テスト期間になると創作に割く余裕がなくて、私はSNS活動をお休みしていた。しばらく離れる旨を置いて、自分のページも見ないようにしていた。
そうしてテストが終わって、久しぶりに見にいったところ、そこにはヤスの足跡があったのだ。
毎日、欠かさず。
テスト頑張って。
大丈夫? 顔色がよくない。
捻挫は長引くから、無理しないほうがいい。
利き足が不自由だと大変だよね。
「なんで!?」
高校生ならテスト期間があるのは推測できるとしても、私の体調が悪いとかどうしてわかるの。
なによりも、私が足をくじいてしまって、微妙に引きずっていることを、どうして知っているのか。
まるで、自分の目で見たかのようだ。
そのとき、私は前のアカウントでヤスと交わした会話を思い出した。
たしか写真について。そこから個人情報が洩れる可能性があるのだから、場所がわかるようなものを載せるべきじゃない、と。
たしかに私は、部屋の窓から撮った写真をアップしていた。その写真とともに、140字小説を載せていたのだ。
小物や、顔が見えない角度で撮った写真。
初めのころは、そんなものをアップしていた。
風景に見覚えがあって、写真に写っていたカバンを持った女子高生を見かけたとしたら。
私とSNSの「ミライ」を結びつけることだって、不可能じゃないのかもしれない――
私はまたアカウントを消して、新規で作った。
だけどヤスは、やってくる。
怖くなって、どうしようもなくなって、私は恥を忍んでお母さんに打ち明けた。
「ストーカー!?」
「……だって、そうとしか思えないよ。なんか、実際に見てないとわからないようなことも言ってくるし」
スマホの画面を見せると、お母さんは目を見開いて固まった。
「ねえ、こういうのって警察とかに相談したほうがいいの?」
「や、待って未来。警察は、ちょっと……」
と、お父さんの書斎に目をやりながら言葉をすぼめた。
たしかにお父さんは、警察沙汰とか、そういうの嫌うかもしれない。頭固いし、揉め事とか顔をしかめるのが想像できる。
だけど、
「娘が危険かもしれないっていうのに、それでも自分の体面のほうが大事だっていうの!?」
もういい、お父さんなんて大キライだ!
お父さんの機嫌を気にして、なかったことにしようとしているお母さんだってキライだ!
小さい子どもみたいに泣き喚いた私に、お母さんが焦ったように言った。
「違うの、未来。そのヤスってひと、たぶんお父さんだから!」
◇
お母さんは、自分のスマホを私に見せた。
そこに表示されているのは、私が創作活動をしているSNSだ。お母さんもアカウントを持っていたらしい。でも、問題はそこじゃない。
「……え? サ、ツキ、さん? おかーさん、が?」
表示されていたアカウント名は、サツキ。私が初期のころから声をかけてもらっている、古株の先輩だった。
お母さんの名前は、
May。
五月。
サツキだ。
「あんた、初期登録したの、パソコンだったでしょ」
「って、じゃあ最初から知ってたの?」
「ごめんね。でも、書いてることを言わないってことは、知られたくないんだなーって思ってさ。だから、未来が自分から言うまでは、知らない振りをしておこうって思ったの」
気持ちはわかるしねー、なんて苦笑いをするお母さんは、声をひそめてこっそり告白した。
若かりしころ、お母さんも、創作活動をしたことがあったらしい。
それから、ヤスについて教えてくれた。
ヤスというのは、お父さんが昔使っていたペンネームなのだ、と。
「ペンネームって?」
「ああ、ジェネレーションギャップがっ。うん、ようするにハンドルネーム、アカウント名。筆名ね」
「お父さんがどうして、そんな名前を? どうしてお母さんがそれを知ってるの?」
「私とお父さん、ジャンルが同じだったのよ。そこで知り合ったの」
「ジャンル……?」
「あー、うん。そこは闇深き混沌の入口だから、あなたは綺麗なままでいなさい。とにかく、お母さんとお父さんは、同じ作品が好きでね、ファン活動みたいなことをしていたわけ。それが出会い」
「はあ……」
創作の世界は、私の知らないことがまだあるらしい。
お母さんはサツキとして、ミライをずっと見守っていた。
たしかにサツキさんは、あまり声をかけてくるひとではなかった。私が迷ったり悩んだりしていると、表立っては見えないメッセージを使って、相談に乗ってくれる。そんな立ち位置のひとだった。
一人っ子の私は、まるでお姉さんができたみたいで、ちょっとだけ嬉しかったのだ。
――まあ実際は、姉どころか、母親だったわけなんだけど。
そんなある日、お母さんが机に置いたままにしていたスマホ画面で、お父さんは「ミライ」の文章を見た。お母さんは、絶対に秘密にするようにと念押しをして、ミライが
「でもまさか、ここまで過干渉になるとは思ってなかったの。ごめんね、未来。お父さん、嬉しいのよ。あんたがこんなふうに創作活動してること。あのひとは、作家になる夢をあきらめちゃったから」
お父さんの夢は、推理小説の作家になることだった、らしい。
果敢にチャレンジしていたけど、なかなか芽は出ず。そうこうしているうちに、父親が他界。下には弟と妹がいて、夢を追っている場合ではなくなってしまった。安定のために公務員を選び、今に至っているとか。
「年頃の娘との会話に悩んで、でも匿名ならさりげなく言える、みたいなこと言ってたけど、これはさりげないどころじゃないわよね。うん、キモいわ」
お母さんは、ばっさり言いきった。
お母さんもそうだけど、お父さんは、自分が創作活動をしていたことを隠している。知られるのを恥ずかしがっているようだ。
だから、合言葉を教えてくれた。
これを言えば、お父さんは慌てるに違いないというのだ。
犯人はヤス。
よくわからないけど、それがお父さんのアカウント名の由来らしい。
もうすぐお父さんが帰ってくる時間。
お母さんを背後に従えて、私は玄関に陣取る。
門扉を開ける音が聞こえた。
玄関のノブがまわる。
私はスマホを印籠のように突きつけて、口を開いた。
SNSの向こう側 彩瀬あいり @ayase24
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます