お下がりのスマホ、はじめてのアドレス

糸花てと

第1話

 あっちの女子グループは、ファッション雑誌をみてる。


 むこうの男子グループは、ゲームをしてる。


 ぽつぽつ見えるのは、スマホ。


 いいなぁ。


「みゆちゃんもママにお願いしてみたら? わたしは学校終わりに塾行くし、心配だからって買ってくれたよ」

「うん。聞いてみるね」



 エプロンをつけたお母さん、その背中へお願いをつぶやいた。


「ダメよ。みゆはまだ小学生じゃない、スマホを持つのは早い」

「みんな持ってるよ」

「みんなって誰? 友達のさきちゃんは塾があるからでしょ?」

「おにぃは何でスマホ持ってるの?」

「テストで良い点を取ったからよ。お母さんと約束してたのを守ったから」

「じゃあ、あたしもテストがんばる」


 包丁をトントン、動かしていたのが止まる。お母さんは同じことを言った。


「良い点だったら、みゆの好きなオムライス、作ろっか。スマホはダメよ」


 ランドセルを抱えた。あたしの部屋へ行くには、おにぃの部屋の前を通らないといけない。空いていたドア。制服がみえた、スマホを片手で動かしているのが見えた。


 いいなぁ。



 ***



 なかなか馴染まない制服。スカートは膝下なんて、ダサい。ウエスト部分を二回、くるくる巻いた。


「来週みんなで遊ばない? あ、招待送るから~、グループトークしようよ!」


 親の考えで持ってない子もいると思うけど、外で遊ぶ機会が増えて、スマホがより目立って見えた。


「みゆは?」

「ごめん、あたし持ってないんだ」

「そうなんだね! じゃあ、待ち合わせはね~──…」


 可愛いメモ帳に予定を書いてくれるのが、嬉しかった。私の事情を考えてみんなとは違うやり方をしてくれるのが、辛かった。



 帰りが遅い父の分には、ラップが掛けてある。母、兄、私の三人での夕食。


「こら、ご飯のときはスマホやめなさい」

「宿題どこまでだったか重要な連絡だから、……はい! 終わり」


 高校生になった兄は、以前にも増して、スマホを触っている。そして、よく怒られている。


「みゆ、お兄ちゃんのお下がりだけど、スマホ使ってみる?」


 突然降ってきたチャンスだった。


「ほんとにっ!? 良いの!?」

「機種変更してるから、外では使えないぞ」


 兄は悪戯に言った。


「ネットを繋いで使うのは家だけね。オモチャみたいな状態だけど、初めて持つ分には充分だと、お母さんは思ってるのよ。みゆが高校生になったら、持たせてあげるわ」


 兄のお下がり。傷だらけ。それでも、初めて手にしたスマホ。兄と母が言った通り、割りと自由に使えたのは家の中だけ。学校とかで連絡を取り合ってみたかったのにな。


「あれ、みゆ、スマホ買ってもらったの!?」

「お兄ちゃんのお下がりでボロボロだし、アンテナ立ってないでしょ? 気分だけは持ちたいな~って、貰ったんだ」


 そう、気分だけは、みんなと同じことをしたかった。高校生になれば自分のが手に入るんだと付け加えた。


「じゃあさ、うちのメアド入れといてよ! 高校に入ったらメールしようね」


 教えてもらいながら、どこを開いてどこに入力したらいいか。みんながあっという間に出来ることに、時間が掛かった。


「良いな、スマホ」


 男子の声がした。隣の席の子だ。


「アンテナ立ってないよ、ほら」

「それでも良いじゃん。オレのも入れといてよ」

「せいや君、スマホ持ってないのにメアド入れてどーするの?」


 そう突っ込まれたあと、遠くを見ては、「何でもいいだろ! ちょっとトイレ」


 私の机へノートの切れ端を置く。駆け足で教室を出た。


「なにあれ~、変なの~」


 やり方を教えてくれた子は、嫌味を含む言い方をしてたけど、私はなんだか嬉しかった。兄のお下がりは、オモチャみたいものだ。でも、初めてのアドレス。



 ***



「みゆー? 遅刻するわよー?」

「わかってるー!」


 制服を着る。それは慣れた。アイロンの温度設定をして、暖まるまでに簡単にメイク。やる事が増えて、毎朝家を出るのはギリギリ。


 中学では背伸びして、お洒落なグループに無理やり入ってた。その証拠がこれだ。兄のお下がりに登録してあったメアドに送信してみるも、変更されてあるとお堅い文章が返ってくる。


 距離があるなとは思ってたよ。


 手帳型のスマホカバー。ポケットから覗く、ノートの切れ端。ピカピカ、傷ひとつないスマホを手にしてから一年が過ぎた。一度も送信していない。お堅い文章が返ってくるのは嫌だけど、中学で唯一、異性から貰ったもの。


 ゆっくりと文章を打つ。なぜか敬語になった。覚えてないかもしれないのにさ。震える指先で、送信を押した。



 兄と母と私。中学から変わらない、夕食の時間。あー、でも、ときどき、父の帰りは早かった。


 私のスマホが鳴る。


「みゆ、ご飯のときはやめなさい」


 兄に向けられていた言葉だ。鳴ったら見たくなるんだよ。画面に表示されていたのは、昼間学校で送信したもの。急いで夕食を済ませ、部屋へ駆け込んだ。


 相手は男子だけど、今感じてるこのドキドキは、まさか連絡先が一度も変わってないなんて! うん、そっちの緊張だ。


 せいや君とメールのやり取りをした。高校三年、桜が舞う季節。電車を待ってる、一人の男子生徒。


「おはよー」

「おっす。なぁ見て、桜めっちゃ取った」


 背が高くて、せいや君のがっしりした両手には、たくさんの花びら。可愛いことしてるなぁ。


「みゆ、俺ら、付き合わない?」


 せいや君はたくさんの花びらに息をふぅ──、っと、いけない! サラッとし過ぎてて聞き逃すとこだった。


「え? え? 付き合おうって言った?」

「確認するなよー、恥ずかしいだろ」


 頭をガシガシ、掻きながら距離が広がっていく。中学のとき、アドレスを教えてくれたときと、同じだ。今ならわかる、照れて離れようとしてる。追いかけて手を掴んだ。


「好き、です。──よろしくお願いします」

「誰も居ないから、いいよな」


 何の事かと思い、顔をあげる。ほんの一瞬だった。唇に残る感触。きす、なんだよね。恥ずかしくて顔、みれないや。



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