Twitterアカウントしか知らないんだけど信頼できるあいつを助けたいと言われたんだけど

吉岡梅

知らん奴を助けて

「みゆきち、放課後ちょっといいかな」


 コウがやけに真剣な顔でそんな事を言ってきたので、私は慌ててしまったのだけど精一杯の普通の顔で誤魔化した。


「は? 何? 急に。別にいいけど。まーた下らない事? 茉優まゆに告りたいとかー?」

「ありがとう。じゃあ放課後な」


 頑張って茶化してみたのに航は全然それには反応せず、普通にぺこりと頭なんか下げてスタスタ行ってしまった。なんなんあれ。あれなんなん? え? ひょっとしてあるかも? いやでも待って。無理。や、無理じゃなくて嬉しいけどでもちょっと。えー。いややっぱそれは無いかー。どうかなー。無い寄りの有りかもー? えー、まさかー。でも……なんて考えてるうちにすぐに放課後が来てしまって目の前には航が。


 2人以外は誰もいない教室。うっわーって思ってる私の心の準備段階とかを無視して航がでは早速要件をみたいな感じで切り出してくる。


「みゆきち、実は俺……」

「あっ、はい」


 私は背筋を伸ばして航を見る。気が付くと私の両手は胸の前でギュッと組まれていてなんか祈ってるみたいなポーズになっていてなにそれって思ったけど、そんなの割とどうでもいいくらいに航から目が離せなかった。


 航は少し迷っているようで、そこでいったん言葉を切って結構長い間(と私が思ってただけで実は短かったかも)黙っていたけど、遂に口を開いた。


「ココを助けたいんだ」

「は?」

「力を貸してくれ」

「え、ちょっとわかんない」


 なんかやけに前のめりな航をなだめすかしつつ事の次第を聞き出してみる。要領を得ないやり取りを何往復かした後、やっとなんとなく状況がつかめてきた。


「えーっと、つまり、航はココ子って子が心配で、ネットとかに詳しそうな私に探すのを手伝って欲しい、と」

「そうだ。最後にtweetしたのはもう2か月前だ」

「でもココ子って人が誰かとは全然知らないんでしょ」

「ああ。いつの間にか相互フォロー状態になってたけど会ったことはない」

「スマホのtwitterの中でしか知らない人だと」

「そうだ。でも、信頼できるんだ」

「知らない人なのに?」

「ああ」


 航は真っすぐな目で頷く。うわその顔すき。という気持ちをぐっと抑えて、私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。と、航がポンと手を叩いた。


「あ、でもアイコンがフロルなのは知ってるぞ」

「何その情報」

「みゆきちが昔好きだった漫画の奴。ほら、覚えてねーかな」

「あー、あったかもだけど。つか、え、それだけしか知らないのに信頼とか心配とかしてんの? なんかおかしくない?」

「いや、他にも知ってるし。あ、そうだ。誕生日が3月14日」

「は? 何で知ってんの」

「だって風船飛んでたし。ホワイトデーの日だから覚えてて」

「何それ。つか一方的に知ってるだけじゃないのそれ。ちょっと航やばくない?」

「まあ、客観的に見るとそうかもしれないけどさ……」


 航は何やらゴニョゴニョ言いながらスマホを取り出していじり始めた。


「……私も3月14日なんだけど」

「は?」

「誕生日」

「マジか。全然知らなかった。あれー、そうだっけ。お前早生まれだっけ。へー、まあ、それは置いておいて、この子」


 と、航はココ子のtwitterページを見せてくる。なにが置いといてだよこの野郎。置いとくなよ。拾えよ。なんでスマホの中だけの知り合いの方は覚えてて私の方知らねーんだよ。おかしいだろ、と言いたい気持ちをぐっと堪えてスマホを見る。


 ココ子はどうでもいいような日常のtweetを残していた。漫画だとか本だとか推してるアイドルとかの話題ばかりだ。最後のtweetは航が言うように2か月前。《保護カバー落として欠けた泣ける😭れんちゃんのごぼうの話聞きたかった😭》だった。


「ごぼうって何これ根菜?」

「わっかんない。れんちゃんってのはココ子が推してたグループのアイドルらしい」

「わかんない事が増えてくんだけど。つか、航、ほんと何で? このよくわからない人がなんでそんな心配なの? どうでもよくない?」

「そんな言い方無いだろ!」


 航が急に大きな声を出したので、私はびっくりしてしまった。航もそうだったらしく、慌てた様子で謝ってきた。


「あ、ごめん。悪い。でも、ほんとココ子はいい奴なんだよ。信頼できるっていうか。ほら、『猫探偵ニャーロック』あったじゃんか。お前と一緒に映画見に行った奴」

「え、うん」

「あれ、実は俺、あんま面白くなかったんだよ。でも、大ヒットしてみんな褒めてるし、お前にも悪くて良かったねー、なんて言ってたんだけどさ」


 そうだったんだ。私がいろいろショックを受けているのを尻目に、航は続ける。


「なんかモヤモヤしてた時にさ、ココ子がめちゃくちゃスカッっとするtweetしてたんだよ。なんか俺の言いたいこと言ってくれたっていうか。そうだよ! っていう内容で。で、それから気になってtweet流れてきたら見るようになって……」

「一方的に信頼するようになった、と」

「ああ。割とさ、俺にはわかんねー事もtweetすんだよ。BLとか? マニアックなアニメとか? でもさ、それは俺はわかんねーけど、ココ子が言うならそうなんだろうな、って思って。お前もわかるだろ?」

「は? わかんないけど。そういうの趣味じゃないし」

「そっかー」


 航は心底残念そうにしている。なんなのこの信頼感。つか何。え、どういう状況これ。これ、私は手助けしなくちゃいけない流れ?


「まあ、みゆきちは気に入らないかもだけどさ、ほんと心配なんだよ。2カ月もなんも呟かないとか、なんかあったんじゃないかとか。な、お前ならなんかそういうのわかる方法知ってんじゃねーか? 頼む! 別に会いたいとか連絡先知りたいとかそういうじゃないんだ。ただ、大丈夫かどうか知りたいんだ! この通り!」


 航はパチンと音を立てて手を合わせて頭を下げてくる。


「え、引くんだけど」

「わかる。でも、ほんと心配なんだ、俺」


 私がドン引きしているのに、航はまだ頭を下げている。なんなんこれ。つか、どうしよう。twitterだけでそんなの知れるわけないじゃん。知れたとしたらおかしいじゃん。もう、レベルが犯罪者じゃん。そう思いつつも、私は答えてしまう。


「あー、わかったわかった。無理かもだけど、やれるだけは調べてみるから」

「マジで! サンキューみゆきち!」


 航はパッと顔を上げて私の両手を取って喜んでいる。なにその笑顔すき。私はその気持ちを押し殺しつつ、仕方ないなあ的な顔を作ってちょっと笑って見せた。


 でも、さて、どうしよう。どうするのがいいのかな。調べてるフリでもしようか。そうすればその間は航と一緒に話せる時間が増えるわけだし。でも……。


 私はちょっと胸を痛めた。それは航に悪いかな、と。いっその事、バッサリと行ってしまった方がいいのかもしれない。


 ココ子のアカウントは、私の裏アカだったって事を。


 私の手をとってはしゃいでる航を見て、でもなー、あー、と私は悩んでしまうのでした。

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Twitterアカウントしか知らないんだけど信頼できるあいつを助けたいと言われたんだけど 吉岡梅 @uomasa

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