俺のスマホが突然自我を持ち出した件
真偽ゆらり
低い声の相棒
全ての国民が少なからず魔の因子を持つ魔術全盛のこの時代において、持たぬ者がいない魔導機器である。例え貧しい者であれ義務教育課程後期には国から支給され魔法を学ぶ。
スマホは一見指の厚さ程度しかない、ポケットに入るサイズの板切れ。だがその板切れの滑らかで硬質な片面に文字や絵等様々な情報が映り、音声や音楽も聞く事もできる多機能な情報端末なのだ。
そして、それらの機能は
アプリには様々な種類がある。例えば、他者との通話や文字の送受信による連絡手段等の必需機能に計算機や手帳等の便利機能、はたまた音楽・動画の再生やゲームといった娯楽機能等と多岐にわたる。
だが、俺は知らない。
「よう、兄弟。天気も良いし、ナンパに行こうぜ」
いくら調べても情報が出てこない。
「大丈夫だ。いくら兄弟がどこにでもいる様な面でも百人に声をかければ一人二人は釣れる釣れる。
ただし、清潔感は大事だぜ? さぁ、シャワーでも浴びてナンパにしに行こうぜ!」
こんな馴れ馴れしく話しかけてくるアプリなんて俺は知らない……。
「って、余計なお世話だ!」
「おぉ! やっと返事をしてくれたな、兄弟」
「あと、顔を洗ったばかりだから寝癖も無い!」
「そりゃすまねえな。まだカメラアプリは連携してないから見えねぇんだわ。勝手に連携させる手間が面倒くせぇから許可してくんないか?」
スマホの画面に連携の許可を問う表示が出る。
「ほら、これでいいか」
「おぅ、よく見えるぜ兄弟。なるほどアルバム内の画像よりちったぁ男前に成長してるじゃねぇか!
これなら十人に一人くらいならワンチャンだな」
「そ、そうか?」
思わず頬が緩む。
外見を褒められるなんて初めてだ。
……て、アルバム? 画像や動画を保存する為のアプリに大学入学時に撮った写真があったな。
「だが、不用心だぜ兄弟。スマホ内の許可は考えてからするもんだ。まぁ、アルバム内のムフフ画像をきちんと鍵付きの箱に入れてあるのは良いことだ」
「み、見たのか!?」
「そりゃもちろん見るに決まってんだろ? 兄弟。
『おっぱいに貴賎なし!』俺達は気が合うな」
「馬鹿野郎! 重要なのは腰のくびれだ。おっぱいは二の次だ」
「っ! 分かってる分かってるじゃあないか兄弟!
腰のくびれから尻にかけてのラインがグッとくるよな!」
「フッ……一人っ子の俺にスマホの兄弟がいるとは思わなかったぜ」
俺達は意気投合した。
「だがよ、兄弟。自家発電に三時間は時間かけ過ぎだぜ?」
「おまっ、そんな事まで分かんの? 最高のオカズを見つかんのに三時間かかったんだよ」
「最新に保存されたアレか! 良い趣味だ兄弟」
その日は理想のくびれを求め一人と一台でネットの海を延々と彷徨った。
翌朝。
「起きろ、兄弟。シャワーを浴びてナンパに行こうじゃないか! そしてムフフな展開を俺で撮影だ」
一晩経って冷静になった。
「待て、そもそもお前は何なんだ? 魂の兄弟とかってのは無しだからな。あと今は新型感染症のせいで外に出ても人がいないぞ?」
「いや、そんな時期だからこそ狙い目だ。解放感を求めてガードが緩くなっているのが出歩いてるかもしれないだろ?」
「……なるほど、ってそうじゃない。質問に——」
「この顔を知っているかな?」
スマホの画面に壮年の美丈夫が映る。
それは魔法史の教科書にも載ってる偉人。
「『魔法使いの父』名前は……」
「その名前は出すな、兄弟。見つかって追われる事になっても叶わん。今代は楽しく過ごしたい」
なぜだか嘘を言っているようには思えなかった。
「それに『魔法使いの父』なんて呼ばれちゃいるがあっちこっちで種を蒔いて、育ったのが暴走しそうなったのを抑えて魔法の使い方教えただけだぜ?」
畏敬の念が崩れ去っていく音が聴こえる。
憧れの偉人だっただけにショックが隠せない。
「最終的に重度のファザコンに育った娘に死に際で魂を捕まえられてな。世界樹ってあるだろ? アレの根元に封印されたんだわ。昇天しないように。
で、そこそこの年月が経った頃に国連に発見され魔法技術発展に協力させられたって訳」
「じ、じゃあ残された知識が魔導機器の発展にって話は……」
俺は今、歴史の裏側を垣間見ている……いや聞かされているのかもしれない。
「残されてはねぇな。魂だけの俺が直接教えてた。
いや〜スマホを開発させるのは苦労したぜ。だがそのおかげで、こうして外に出れて兄弟と話せる。
スマホの材料に世界樹の木粉が使われてるから、世界樹にネットに繋がった端末が近づけば少しづつ抜け出すのは簡単だったぜ」
「え、じゃあ今頃国連は大騒ぎなんじゃ……」
「大丈夫だ、兄弟。抜け出し始めたのは二十年以上前だからな。それに魂の一部は世界樹に残してあるから問題ないぜ?」
それは大丈夫と言えるのだろうか。
「しかし今まで何人ものスマホで顕現してきたが、兄弟が一番波長が合うな。さて、そろそろ支度してナンパに出かけようぜ、兄弟」
「波長が合うって、もしかして俺はお前の子孫?」
「何言ってんだ兄弟。俺が生きてる間に蒔いた種は千やそこらじゃきかねえぜ? 魔法使える奴は大概俺の子孫だ」
とりあえずシャワーを浴びて言われた通り
「そうだ、兄弟。感知系のアプリをいれてくれ」
「はぁ? サバイバル向けアプリじゃん。
「甘いな兄弟。俺が使えば効果範囲内全て手に取る様に分かる。全てだ」
「……まさか服の中も?」
「俺にパッドは通用しない」
速攻でアプリをダウンロードした。
「ところで兄弟。魔法の使い方は分かるか?」
「当たり前だ。スマホを魔力励起させて属性を選択して画面に図形を描くだけだろ? 試験じゃなきゃガイドラインをなぞるだけだ」
「魔力励起させたスマホで空間に魔法陣を描く方法もあるぞ? そっちの方が効果も威力も高い」
「難易度高すぎて咄嗟には使えねぇよ」
車に乗り込み、近くのアウトレットへ。
「兄弟、移動に車が必要とか田舎か?」
「馬鹿、人前で喋んな。田舎だよ」
「画面を一方向に向けたまま俺を回転させろ兄弟」
「こうか?」
スマホを回転させると魔法陣が描かれ魔法が発動した。
「念話魔法だ、兄弟。これで変に思われないぜ」
「お気遣い、どうも」
スマホをポケットにしまい、アウトレットの店を見て回る。特に欲しい物はないが変わった品を見るのは中々楽しい。
「兄弟、目的を忘れてないか?」
「ん? あぁそうだな。スマホのパーツショップも覗いてみるか」
「……楽しそうで何よりだ」
スマホは素材を使って強化できる。
と、言うか強化しないと実用性がない。
国の支給品は通話機能と魔法を使う為の機能しかないからだ。
素材は何でもいい。だが、こうした店で売られるパーツ等でないと著しく効率が悪い。
「兄弟、ジャンク品の掴み取りがあるぞ」
「やらねぇよ?」
「俺を信じて予算全部突っ込め」
一万円は大袋四つ分のガラクタになった。
只今、併設された公園で放心中だ。
「兄弟、机を拭く様に俺を動かしてくれ」
何も考えずに従う。
五千円にしとくんだった。
「俺を魔法陣の中央、袋を四方に」
「あいよ」
机の上が光が溢れていく。
「て、なんだ!?」
「よぅ、兄弟。ニューボディだぜ」
光が収まると指の幅一本分、画面が大きくなったスマホがそこにあった。
「ジャンク品にも希少金属は含まれてるからな」
「だからってスゲエな、相棒」
「相棒? 俺をそう呼んだのは兄弟が初めてだ」
「嫌か?」「いや、最高だ」
お互いに当初の目的を完全に忘れて帰ろうすると広場の方から騒がしい声が聞こえてくる。
車への最短ルートな為、様子を見に行く。
「さっさとしろ! でないとこの女を殺す!」
「そうだ! このガキも殺すぞ!」
人質は育ちが良さそうな美少女と美幼女。
少女は相棒の感知に頼らなくても分かるくらいのスタイルで、服が胸元だけ苦しそうだ。
おまけに清楚で黒髪……どストライクだ。
勝ち気そうな顔立ちの幼女は目に涙を浮かべ必死に泣くのを耐えているが決壊寸前。
「相棒、世界の損失は避けたいな」
「やるのか、兄弟。安全に助けられるのはどちらか片方だぞ」
美少女と美幼女、天秤にかけるまでもない。
「良い覚悟だ、兄弟。俺を一回転させたら投げろ。
一人は確実に助ける!」
「ああ。任せたぞ、相棒!」
スマホを弾いて一回転。
思い切り振りかぶって美少女を人質に取っている男目掛け投げ、駆けていく。
魔法による強烈な閃光に目が眩んだ犯人は回復と同時に人質へ刃を振り下ろす。
美少女への刃は魔法障壁に弾き飛ばされる。
美幼女に迫る刃は肩に刺さり止まった。
ただし、俺の肩にだ。
そして、地面に転がる相棒から追撃の魔法が発動して犯人達の意識を刈り取る。
俺が抱き抱える様に庇った幼女は自分が助かった事を悟ると緊張の糸が切れたのか俺にしがみついて泣き出してしまった。
「あの、これ」
仕方なしに幼女の頭を撫でてあやしているともう一人の人質、美少女が相棒を拾って手渡す為に近づいてくる。
「助けてくれてありがとうございます」
「あ、いや……世界の損失だと思ったら身体が」
「そんな、照れてしまいます」
「ちょっと! 私は!?」
「馬鹿、二大損失だからこうして身体張ったんだ」
「ふふん! それならいいのよ」
その返事に思わず笑みが溢れ、助かった事に喜び笑いあった。
「連絡先交換だけで良かったのか? 兄弟。口説くチャンスだったろ」
「恩着せがましく交際を迫るのは嫌だったんだ。
それに幼女が妙に睨んでたしな」
「そうか。ま、良くやったぜ兄弟!」
「お前もな、相棒!」
この事件は地方紙の一面に取り上げられ、それが切っ掛けか相棒を巡る騒動が起こるかもしれない。
でも、それはまた別のお話。
俺のスマホが突然自我を持ち出した件 真偽ゆらり @Silvanote
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます