管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編5 ロクたんのスマホ製作奮闘記

出っぱなし

第1話

 その職人が作る魔道具は、天賦の才による閃きと緻密なまでのこだわり尽くされた技巧が施されている。

 数多の魔道具製作職人が存在するが、追随を決して許さない。


 魔道具職人、『大魔道士』ロクサーヌ。

 フランボワーズ王国王都の一角に、その女の工房アトリエはひっそりと佇んでいた。

 世界最高峰の魔道具職人の工房アトリエとは思えないほど、小ぢんまりとしている。

 しかし、この工房アトリエから王家の秘宝や聖教会の宝物が生み出されていることは、ほんの一握りの者たちによって秘匿されている。


 見た目はまだ年若い、人族に例えると20歳程度の外見。

 スラリとした細身の長身、さらりとした長い金色の輝く髪、長く尖った耳の整った顔立ち、長命種族のエルフである。

 

 さて、その彼女はこの工房にはおらず、冒険者ギルドのテーブル席で書物をしていた。

 そこに、ヘラヘラとした調子の良さそうな顔をした若い男がやってきた。

 

 ちゃっちゃちゃららー、ちゃっちゃちゃららー♫

 どこかの情熱的な大陸のオープニングテーマが流れる。


 これが、神童とまで呼ばれた彼女にとって、未知なる魔道具との戦い、試練の始まりだった。


☆☆☆


「ハァ!?オナ◯を作って欲しい!?」


 ロクサーヌはペンを走らせる手を止め、目の前のチャラそうな男アルセーヌの頼みに眉をしかめた。

 アルセーヌは、ロクサーヌの下ネタな聞き間違いにとっさにツッコミをした。


「ち、違いますって!じゃなくて、です!ってか、ホしか合ってねえし!どんだけ脳みそピンク……アベシ!?」

「あ?何か言った?」

「ず、ずびばぜん。」


 ロクサーヌは魔力を帯びた拳で正拳突きを放ち、アルセーヌは宙を舞った。

 だが、名前を聞き間違えはしたがアルセーヌの話に興味は持った。

 ロクサーヌは顎に手を当ててしばし考え込んだ。


 スマホというのは、通信魔道具の高機能形態いや、最上級形態のようだ。


 現在ある通信魔道具は、鏡を媒介としており、魔力を込めれば遠く離れていてもお互いの姿を見て会話をすることが出来る。

 だが、これには対となる鏡同士でなければならない。

 つまり、回線は二つの鏡で一つしかないため、別の相手と連絡を取ろうとするなら、さらにもう一対の鏡が必要となるのだ。

 相手が多くなればなるほど鏡の数が多くなるのである。


 しかし、スマホというのがあれば、それ一つで様々な相手と連絡を取れるらしい。

 しかも、『いんたーねっと』という異次元空間と繋がり、神の如き伝説のチート能力『解析鑑定』が誰でも使えるようになるそうだ。

 スマホとは、まさに神の道具『神具』のようだ。

 だが、神ではない者に作れるのだろうか?


「ええ、何すか?ロクサーヌさん自信ないんすか?」


 アルセーヌは、深く考え込むロクサーヌにニヤニヤして挑発した。

 実に安っぽい挑発ではあったが、神童とまで呼ばれたロクサーヌの魔道具職人としてのプライドを刺激するには十分だった。


「はぁ!?何ナメたこと言ってくれんのよ、童貞のくせに、このバカアル!この天才芸術家『ロクたん』様に不可能はない!」


 天才芸術家と自称してはいるが、エロ漫画家『ロクたん』は、コアなファンがいるだけで大して売れてはいない。

 いずれにせよ、ロクサーヌはあっさりと挑発に乗り、平らな胸を張った。


 アルセーヌは去り際ほくそ笑んでいた。

 うしし、これで俺も異世界知識で億万長者だぜ、と。


 こうして、ロクサーヌはイバラの道を歩き始めた。


☆☆☆


 スマホは、異世界の技術である。

 この世界、初期の電話すらない世界の住人であるロクサーヌには、口頭で説明を受けただけでは、どういうものなのか想像すらつかなかった。

 しかし、ロクサーヌには秘策があった。

 

 ロクサーヌはエルフの呪術師シャーマンであり、この世界の起源『大いなる神秘グレートスピリッツ』と交信を行うことが出来るのだ。

 先代呪術師シャーマンである母親の代から授かってきた、秘蔵の数々の漫画バイブルアニメ神のビジョンの知識を貪るため、故郷の新大陸アルカディアにある世界樹の大森林に飛んだ。


 その1ヶ月後


 ロクサーヌは寝る間も惜しんで得た知識で、スマホというものが大体わかった。

 小さい薄い箱のような人の手でも持てるほど軽い物体のようだ。


 この世界の住人であるロクサーヌにとって、アニメやマンガで使われる日本語は理解不能であり、『大いなる神秘グレートスピリッツ』がデタラメによこした、新旧どころかジャンルすらバラバラなマンガやアニメから読み取っただけでも大したものだった。


 しかし、肝心の原理だけは、どれだけ探してもそれらしいものを発見できなかった。

 最後の一冊を読み終え、ロクサーヌはがっくりと肩を落とした。


 ロクサーヌのあれだけ美しかった髪は艶もなくボサボサ、透き通るほどの白

い肌もカサカサに荒れ、キレイな顔も大きなクマが出来ている。


「なぜなの?『大いなる神秘グレートスピリッツ』から授かった神託マンガとアニメにすら情報がないなんて。『神具スマホ』はあたしでも作ることは不可能なの?いいえ、違う!これは『大いなる神秘グレートスピリッツ』からの試練なのよ!あたしなら出来る!」


 だが、ロクサーヌは諦めなかった。

 再びフランボワーズ王国に飛んだ。


 ロクサーヌは王都にある工房アトリエにこもり、鏡の通信魔道具をバラバラに分解した。

 手がかりがなければ、既存の通信魔道具の術式を一から勉強し直すことにした。

 そして、術式の一字一句、紋様の一辺すら注意して観察し、魔力回路の原子に至るまで追求した。

 

 さらに1ヶ月後。


「そうか!この術式なら!」


 ロクサーヌは凡人では見過ごす何かに思い至ったようだ。

 あの美しかった顔はやつれ、細身の身体はさらにやせ細っていた。

 だが、その目にはまだ光が灯っている。

 ロクサーヌはついに試作機を組み上げた。


 しかし。


「……まだ、ダメだわ。確かに、これ一つで全ての通信魔道具に繋げられるようになった。カメラはすでに開発されているから組み込むのは簡単だった。動画も通信魔道具の応用でどうにかなった。でも、これでは重すぎて大きすぎる。」


 そう。

 この試作機はロクサーヌの工房アトリエいっぱいの大きさだったのだ。

 だが、ロクサーヌは嬉しそうに笑った。


「うふふ!ここまでできれば、先が見えたわ!」


 ロクサーヌが言うように、改良は一気にはかどった。

 基礎となる術式と紋様が組まれてしまえば、小型化、軽量化はこの天才には造作もないことだった。

 ついに、スマホの形は完璧に組み上がった。


 しかし、ロクサーヌは最後の大きく分厚い硬すぎる壁にぶち当たった。

 ロクサーヌはついに絶望感に膝をついた。


「分からない。このあたしでも理解できない。『いんたーねっと』って、どうすればいいの?こんなの新しい世界を創り出すようなものじゃない。それこそ、神の領域じゃないの?」


 それもそうだ。

 この世界には、サイバー空間は存在しないのだ。

 それ以前の通信網すら構築されていない。

 つまり、インターネットの概念すら存在しない。

 そんな世界でスマホを作り出そうなど初めから無理な話だったのだ。


「ああ、あたしは魔道具職人の神童と呼ばれて調子に乗っていたのだわ。神の領域に手を出そうとしていたなんて、何て罪深いことをしようとしていたのだろう。ああ、もういいわ。あたしは魔道具作りから足を洗おう。」


 ロクサーヌが絶望感から諦めかけた時だった。

 ロクサーヌは何かに足を躓き、転んでしまった。


「いたた。……あら?これは。」


 ロクサーヌは床に転がるDVDに気が付いた。

 そして、何も考えずに眺めた。

 少年のような少女の旅人としゃべる二輪車が、様々な国を旅するアニメだった。

 これが、ロクサーヌにとって天啓となった。


 ロクサーヌは、飛行型魔道具シャトル◯ッドに乗り込み、旅に出た。


☆☆☆


 聖教会圏から南部の暗黒大陸、東の大海に浮かぶオルセニア大陸、再び北上し、世界最高峰の山のあるテンジク、飛行石に浮かぶ仙人界、聖教会圏の東にあるシーナ帝国、その隣『修羅の国』、そして、世界の果てと呼ばれる天高くそびえる水の壁『激動』に到達した。


 飛行魔道具とはいえ、『激動』を越えるのは困難を極めた。

 ロクサーヌは、スマホ作りで培った観察眼で、『激動』の抜け道を見つけた。


 『激動』を越えたロクサーヌは、アルカディア大陸西部、故郷の世界樹の大森林に降り立った。


 歴史上初、世界一周を達成した瞬間だった。


「ただいま、叔母さん。」


 しかし、世界一周を達成したロクサーヌだが、弱々しく笑うだけだった。

 そんな姪を気遣ったのか、叔母は何も聞かなかった。


「あらあら?ゆっくりしなさい。」

「うん。」


 ロクサーヌは何の気無しに、世界樹へと向かって歩き出した。

 初めての挫折に落ち込むロクサーヌは、そっと天高くそびえる世界樹の太い幹に手を触れた。

 その時、奇跡が起こった。


「おかえりなさい、ロクたん。あなたの頑張りをわたくしは見ておりましたよ。」

「え!?この声は、『偉大なる神秘グレートスピリッツ』なのですか!?」


 呪術師シャーマンのロクサーヌですら、ここまではっきりと声が聞こえたことはなかった。

 この旅でロクサーヌはさらなる成長を遂げていたのだ。


「ええ、そうです。あなたの作ったスマホを見てみなさい。」

「え?一体……こ、これは!?」


 そう。

 これまで無反応だったインターネット機能が使えるようになっていた。

 ロクサーヌは涙を流して跪いた。


「うふふ。これが、わたくしのあなたの頑張りへのご褒美です。」

「あ、ありがとうございます!」


 そして、ロクサーヌは再びフランボワーズ王国へと帰った。


 ついに、この世界初のスマホが完成した。

 しかし、スマホは世に出ることはなかった。

 スマホ製作を依頼したアルセーヌが、すっかり忘れて北の大陸に旅に出ていたからだが、それだけではない。

 ロクサーヌが自分だけの宝物にしたからだ。

 

 インターネットは、異世界の現代地球と繋がっただけである。

 この世界では何の使い道もない。

 だが、これで良かったのかもしれない。

 この世界でスマホは、完全に行き過ぎた科学技術オーバーテクノロジーなのだから。


 そして、ロクサーヌはスマホでBL、百合作品を投稿するようになった。

 WEB漫画家『ロクたん』伝説は、こうして始まったのだ。

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