第2話「魔女商店のアリサさん」

 その村には魔女が住んでいる。



 その日空は曇り「ボタボタ」と雨が落ちている、山間を切り開いて作られたゆっくりゆっくり段をなす田んぼは緑の稲をより深いアオに染めあげ、少し高い場所にある畑は土と作物の葉の香りを際だたせた、大きな川に流れ込む小さく曲がりくねった水路のような小川も何時もより水かさを増し、川と川の結節点におわす水神様は小さな祠で雨宿りをしつつこの村を見守っている、そして治水対策のためだろう古く先人達によって高く積み上げ作られた石の擁壁ようへきも雨に濡れ、その上に乗る魔女の若い森や魔女の小さな家やその魔女の商店に静かで暇な午後をもたらしていた、魔女はその場所むらでしっかりと根をはり小さな商店を営んでいる……。



 その店は魔法の道具とかを売っているの?



 いな、その店に魔法の道具などは売ってはいない。



 魔女はその商店で野菜や肉や魚、インスタント食品やレトルト食品、缶詰めや冷凍食品、お菓子やジュース、アイスクリーム、調味料から洗剤や文具、果ては手作りのお惣菜やお弁当に至るまで、村の人々が必要としている様々な商品を売っていた。


 魔法なんて無くったって人は生きて行ける、魔女はそう思っている。



「缶コーヒーぬるくなってる……」



 魔女は少し手狭なその商店で雨音に混じりながらも聞こえる冷蔵庫や冷凍庫の立てる機械音と共にその雨の時間、外の濡れ蒸せたアスファルトの道を見つめる。


 あっか~い缶飲料の入った四面ガラスの保温器で売られるロング缶の甘い缶コーヒーとその保温器の設置されたレジカウンターの後ろに置かれた大きな木製のテーブルと同じく木製の丸椅子が並べられ、魔女はその椅子に腰をおろし電卓を器用に使い会計仕事をこなし甘い缶コーヒーを飲んでいた。


 机の上には光発電式ひかりはつでんしきの使い込まれた大きめで扱い易い電卓と店の分厚いバインダーの会計帳簿、スマートフォンと整い積まれたタロットカード、樫で作られたペン程の長さの魔法の杖が綺麗に並べ置かれている。



「ぼーん、ぼーん、ぼーん」



 壁に掛けられた小さな古いネジ巻き式の振り子時計がその金属が震えた様な音で三時をつげた。



「ここで飲んでるとお客さんがついついコーヒー買ってくれるんだよね~~♪」



 魔女は自分の店の商品をみずからが消費しているていの良い言い訳と共にテーブルうえの樫の杖をすくい上げると何かの言葉を「すらすら」と杖へとささやき、その杖を軽く指の上で回したあと缶コーヒーのフチを叩いた。



「カコン!」



 缶コーヒーは軽い音を今この時は魔女だけの空間となっていた小さな商店に響かせその飲み口から静かな湯気を「ふわっ」と出して見せる。


 缶コーヒーの甘いの薫りが当りを包んだ。



 魔法なんて無くったって人は生きて行ける、魔女はそう思っている。



 でも時に魔法はとても便利がいい。



 その魔女、赤巻あかまきアリサは少し熱い缶コーヒーを口に含み「ほっ」と物思いにふけった。

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赤髪のアリサさん。 山岡咲美 @sakumi

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