赤髪のアリサさん。

山岡咲美

第1話「スーパームーン」

 田んぼで蛙が鳴いている、虫の声も聞こえる、彼らが騒ぐには丁度いい夜だ、何せ空には大きな月があるらしく、世界にほどよく雨も降り、そして人々は静かに過ごしているのだ。


「少し雲がかかってますかね~」


「そうですね、でもその薄雲も流れてるみたいですしまた見れますよ」


「沖縄の方はどうでしょうか? あちら晴れてるらしいですけれど……」


「メールでは沖縄晴れてるよ~てありますね」


「羨ましいですね♪」


 スマートフォンのライブ映像からは風に流される雲がかかる皆既月食の大きな望遠カメラの映像とキャスターの解説が流れている。


「やっぱりスマートフォンじゃいい月って感じしないわね」


 彼女は先ほど眺めていたスマートフォンを子供の頃買って貰った学習机の上に置くと古びた一軒家の薄い硝子窓から空を見上げる。


「うん、駄目ね……」


 空には一面雲がかかっている、月は待っていたとしても見えるようにはならないだろう、虫たちはお構いなしに鳴き続ける。


「雨は止んでるみたいだけど……少し寒いかな?」


 彼女は部屋の壁にかけられた丸いキャラクター時計を仰ぎ見る、懐かしいアニメのキャラクターたちが午後七時を指していた、行くとしたら今しかない。


「別に皆既月食なんてまたあるし、月なんて明日見ればいい」


 彼女はそういいながら薄暗く急な階段を降りていく。


「ま、少しの時間だし、ローブでいいよね」


 彼女は玄関のコートかけにかけられた真っ黒なローブをラフな部屋着の上から着込むとその美しく長い赤髪せきはつが小雨に絡まれぬように大きな唾の三角帽子をかぶる、お気に入りのカボチャ男のカンバッチが付いたやつだ。


 そして彼女は玄関の壁に立て掛けられた年期物の箒を「チラリ」見、そして鍵を「パチリ」と開ける。


「うん大丈夫、雨は止んでるね」


 ヒサシの外に手をかざし雨を確かめる、少しだけ霧のような物が触れるが雨と名乗る程ではない様子だ。



「おいで!」



 箒がするりと浮くと彼女の手に自ら納まった。



「じゃ、行きますか?」



 それは何も躊躇することのない行動だった、まるで普通の人々が軽やかにスキップするかの様に彼女は箒にまたがり軽く片足で地面を蹴りあげた。



***



 彼女は天に引かれる様に飛びたつ、何時もの様に彼女の家が下へ下へと遠ざかる、虫の声は風に書き消され聞こえない、街灯と近くの自動販売機の明かりが「ぽつん」と地上の位置を知らせる、少し遠くにコンビニエンスストアの明かり、駐車場に車が二台、彼女は何時もの夜空に少しだけ微笑む。



「さて雲をぬけるよ!」



 「ビシャリ」と霧のような雲が彼女に巻き付く、真っ暗で上も下も見えはしないが箒から伝わる重力が「ぶらり」と下がる細身の足と共に地上の位置を伝えてくれる。



「飛行機じゃなないんだから、上下感覚なくなったりせんのよさ!!」



 雲をぬける瞬間彼女はその小さな、でも特別な夜の散歩にその声を張り上げた。



***



 上空の澄んだ空気が彼女の鼻から肺を満たし暖かな空気と共に絞られた唇から吐き出される。



 彼女の夜空はほの暗く、天には赤銅色しゃくどういろのスーパームーンが輝いていた。

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