第7話

バチくらいなんだ。受けて立ってやる。こうして、橘さんのマスクは僕の手にあるのだから。


放課後、学校を出てすぐに体操服袋からマスクを取り出す。


ああ、やっぱりどうしても形を保ったままというのは難しいな。初めの状態を写メでも撮っておけば良かった。何のために電話も鳴らない、メールもラインも届かないスマホを持ち歩いているんだ、僕は。


「ぶえっくしょん!」


と、派手なくしゃみが聞こえた。余りの音量に無意識にそちらを見ると、また仲野だ……。


仲野がマスクもしないで派手なくしゃみを2発3発と連発している。


「何これ! 急にくしゃみと鼻水が止まんねーんだけど! ぶっくしょん!」


「花粉症発症したんじゃねえ? 今年例年の17倍くらいすげー飛んでるらしいから。今年初めて花粉症発症した人すげー多いんだって。最早、日本人総花粉症状態だって」


「びえっくしゃん! 行村、予備のマスクとか持ってねーの?」


「今日マジでひどくてさ、5枚持って来てたけどくしゃみで汚れまくってこれラス1なの。買えば? すぐにコンビニあるじゃん」


「俺、半紙買わされてもう金ねーんだよ。ばえっくしゅん! あ! お前、予備のマスク持ってんじゃん!」


「え?!」


仲野が鼻水を汚らしくダラダラと流しながら、僕の手にある聖なるマスクを指差す。


「そのマスク寄越せ! びゃあっくしゃん! 見ての通り、俺全身の水分が今鼻水に変わってんだよ! このままじゃ脱水で死ぬわ!」


冗談じゃない! 橘さんのマスクを、よりによって仲野になんて!


「それはできない! 僕が今してるマスクをあげるから……」


予備のマスクをもう1枚入れておけば良かった! 仲野なんかに譲るためにマスクを外すはめになるなんて……。


「そんな汚ねえマスクいらねーよ! べえっくしゅん!」


仲野がくしゃみを連発しながら僕の宝物を取ろうと手を伸ばす。渡してなるものか! これは、これは、橘 一織のマスクだ!


「ぐぺ」


必死に抵抗する僕のお腹に、行村の拳が突き刺さる。固くマスクのゴム紐を握っていた手の力が緩んでしまう。


「死にそーな人間が目の前にいるんだからさー、手を差し伸べるべきだろ?」


と、僕の手からマスクを奪われてしまった。


「待っ……一織のマスク……」


「イオリ? 西陣織みたいな? へー、そんないいマスクなの?これ。着けてみろよ仲野」


仲野が行村から受け取ったマスクを着けた。


「あ―――」


「普通のマスクっぽいけどなあ? てか、小せえ」


一織の……一織のマスクが仲野なんかに……。


「ぶべーっくじゃん!」


「きったね! 鼻水がマスク覆ってんじゃん!」


「何っもいいマスクじゃねーわ! こんなもん!」


「しゃーねえな、コンビニでマスク買ってやるよ」


コンビニの前に設置されているゴミ箱にマスクを投げ入れ、仲野と行村はコンビニに入って行った。


「あ―――!」


橘さんのマスクが! 橘さんのマスクが……!


とんでもなく腹が痛い上に、マスクまで失うなんて、そんな……そんな……!


ゴミ箱に手を突っ込み、手探りでマスクを探す。手応えは、ない……。


……あのマスクは、もう、着けられない……。


⠀[完]


注※

分身マスクは席に戻った橘さんがサイズの違いに気付いて着けることはなく、ちょうどマスクのストックを切らしていた渡さんの彼氏・小田おだくんにあげて感謝され、橘さんは予備に持って来ていたマスクを着けました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あのマスクを着けたい ミケ ユーリ @mike_yu-ri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ