第6話
2組へ素早く戻り、自分のロッカーから体操服袋を手に取る。体操服はロッカーへと戻し、袋だけを取り出す。
早歩きで男子トイレに行き、個室に入った。……僕、ひとりきりの空間。
体操服袋を腕に掛け、橘さんのマスクを両手で広げる。力を入れ過ぎてはいけない。橘さんを象ったこの形が大切なのだから。
マスクを自分の顔に装着する。……しまった! どうやら橘さんのマスクは、女性子供用の小さめタイプのようだ。先程は形を似せるのに必死で、大きさの違いに気付けなかった。
だが、このマスクを再び僕の分身マスクと交換する気など毛頭ない。この、化粧品だろうか、ほんのりパウダリーで甘い香りのするマスク……手放す気などない。
戦利品の煌びやかさに恍惚としていると、
「くそ! 泉の奴、ムカつく!」
と大声で言いながら男子トイレに入って来る者がいる。僕のささやかながら甘美な時間が……邪魔をするのは誰だ。
「あんなタイミングで泉に見付かるなんて、運がなかったよなー」
仲野と行村か? ひとつしかない個室のドアをドゴンドゴン蹴るのはやめてほしい。中にいる僕がビビる。
「なんっで俺が半紙なんか買わなきゃなんねーんだよ! 俺選択音楽なのに!」
「あれもカツアゲだよなー」
「泉ムカつく!」
仲野が怒りに任せてドアを蹴る。ドアが軋む。怖い、怖い。ドアが壊されたらどうしよう。今仲野に見付かったりしたら、八つ当たりされるに決まっている。
「あー、仲野。半紙ありがとうねー、さっきお礼言うの忘れちゃったー」
泉くんの声だ! 泉くんがトイレに入って来たらしい。彼は荒くれ者だが弱者の味方だ。泉くんに助けを求めよう!
「あれ? トイレ入ってんの? えー、俺腹痛てーのにー」
腑抜けた声と共にダンッと恐ろしい音がして、床から50センチ程の高さから下、真ん中部分のドアの木材がボロッと落ちた。
「げ。脆いなーこのドア。仲野がやったことにしといてね」
「する訳ねーだろ! 半紙の件といい、チクるからな!」
「俺の本気の蹴り一閃、その足で受けてみる?」
「泉のせいじゃねーよ、きっと。俺がさっきから蹴り続けてたせいで脆くなってたのかな。先生にそう報告しとく」
「中の人もよろしくねー。下のトイレは空いてっかなー。腹痛てぇ」
泉くんが出て行ったらしい。ガンッと、今度は殴ったのか、上の方で音がしてドアが揺れる。ビクッと体が反応してしまう。が、そのまま仲野達もトイレを出て行ったようだ。
あー、殺されるかと思った……恐る恐るドアを開け、様子を伺う。良かった、誰もいない。個室を出て、鏡に映る自分が視界に入った。あ、橘さんのマスクをしていたのをすっかり忘れていた。
……まさか、当たったのか……このマスクを盗んだバチが……!
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