完全犯罪のシナリオ

木林 森

第1話 ミステリー

「どういう事だ?」


 一人きりの部屋で、思わず声を上げた。その理由は仕事上の不都合が生じたからだ。


 表向きの仕事はマッチングアプリの管理。私が開発したアプリケーションには、出会いを求める50万人以上の会員が登録している。男女問わず月額1000円の会費で成り立っているが、追加料金を払えばオプションを付ける事が可能だ。


 「出会い」「婚活」の2つは基本料金。「同性との出会い」「セックスフレンド」「プレミアム」となると、コースに応じて料金が設定されている。


 私が構築したAIは登録した者のSNSを自動巡回し、あらゆるパラメータを解析する。人が語る内容は実に大きな情報をもたらしてくれる。性格・知能の高さ・嗜好・友好関係・性癖・仕事の能力(知能との相関は低い)……。


 そこから得られる情報を元に算出された2人分のデータを、ある数式に入力するだけで、彼らの相性がパーセンテージで表示される。その数式も私が導いたものだ。登録者が設定した地域内で「相性度80%以上」の相手が見つかれば、それぞれに連絡が行くようになっている。


 通知を受け取った者が実際に会ってみたいと思えば「出会いを希望する」を選択する事で、お互い直接連絡を取れるようになる。アプリを介さず、SNSのやりとりで出会う事も禁止していない。


 マッチングが成功すればするほど成功データは増えるし、失敗してもそれなりのデータを得る。それらを学習する事で、私のAIは未来のカップル成立の成功率を高めてくれるというわけだ。


 このアプリを開発し運用しているのは私だけで、他にスタッフはいない。プログラムが定期的にシステムを巡回しあらゆる面を管理しているため、私のやる事はほとんどない。諸費用をさっ引いても、月に10億は稼げる。他人から見ると、まさに錬金術といったところだろう。


 そして、私には裏の仕事もある。単刀直入に言えば、殺したいほど憎い人がいる人間に、その憎い相手を殺してやる人間をあてがう。いわば「裏のマッチング」をサポートする仕事だ。


 私の開発したアプリは、単に出会いを求める人の情報を得るだけではない。人の憎悪やあらゆる欲求の度合いも全て計算し、数値化する。


 あまり知られていないが、殺人を犯した者の多くに共通するサインがある。例えば、特定の文字の書き方にある特徴が見られたりと、一見すると犯罪とは関係ないところでそれは現れる。「サインが有る」と「殺人を犯す」の相関が、不思議と高いのだ。


 ここら辺は論理的な説明は出来ない。しかし、数値はその事を強力に物語っている。


 まずAIは、表のマッチングアプリに登録した者の中から「殺したい人がいる人間」を選び出す。もちろん「殺したい」なんて直接つぶやいているわけではない。中にはつぶやく者もいるが。


 SNS上の特定のサインをAIが見抜き、次は「自分には不都合が及ばない」という確信を得られた場合、「殺したい相手を抹殺するため、金を支払う意志と能力があるか」を、ベイズ理論に当てはめて計算する。高校で学ぶ「条件付き確率」のようなものだ。そこで85%以上の者が現れれば、次は実行者の抽出をする。


 実行するタイプの人間も様々だ。自分の命をかけても、正義のために事を成し遂げたい。ある程度の金さえもらえれれば何でもやる。人を殺す事に興味があり、きっかけさえあれば実行するという人も少なくない。


 中でもこちらがコントロールできる人材を選び出す。私が用意したシナリオ通り動いてくれる人間の事だ。かつてある宗教団体の信者が、大規模なテロを起こすという事件があった。いわゆる「実行出来る者」というのは、確実のこの世間に埋もれているのだ。私のAIロボットは、そういう人間を選び出せる。


 見事マッチング出来れば、後はこちら側から声をかける。まずは、金を払ってでも殺したい者がいる人間に、100万円でこの世から憎い相手を消し去る事を持ちかける。


 相手が依頼したくなる文言もAIが自動作文してくれる。こちらが声をかけた後、実際に殺人を依頼する率は60%を超える。後は提示したルールを守ってくれれば、1ヶ月以内に依頼者が憎んでいた相手はこの世から消える。ノーリスクで。


 この4年間、私に仕事を依頼してきたのは211人。これまで、1度たりとも失敗した事はない。なのに今日、初めてほころびが出る事例が発生した。


 依頼主はとある私立学校の校長先生。女性だ。殺して欲しいと頼まれたのはその学校の英語教師。校長はその英語教師にある弱みを握られた。バレると懲戒免職になるレベルらしいが、そこはどうでもいい事。大事なのは、100万を払ってでも弱みを握った相手を殺して欲しいという点だ。


 「こんなことで?」と、この仕事を始めた頃はよく思ったものだが、人が人を殺したいと願う理由は、そういう「ささいない事」が積み重なったケースが多い。


 その英語教師を抹殺するのに最適な人間が、その学校の警備員だった。妻に先立たれて10年になる62歳だ。私のマッチングアプリに登録するだけして、実際にマッチングされた事も数回あったが、彼は全て無視していた。


 性格は真面目過ぎる程真面目というのはわかっている。こういうものに登録した後ろめたさがあるようだ。そして彼には精神障害を持った27歳の息子がいる。かなり重度で、今は専門の施設に預けられている。会えるのは、土日の限られた面会の時だけだ。


 ある程度の補助金でやりくりしているものの、将来に対しての不安は尋常でない。そこで私は彼にこう接触する。


 まず最初のメッセージ。あなたの学校の英語教師が、生徒に対してたくさんの暴力沙汰を起こしているが、学校は何故、こういう教師を放置しているのか……と。


 殺される対象の教師はよほどクズだったようで、そいつが生徒に暴力を働く映像は簡単に手に入った。驚いた事に、これはとあるネットの裏掲示板にそのままアップされていた。その動画もメッセージに添付する。


「多くの生徒がこの教師によって苦しめられています。警備員の方にお願いするのは筋違いと思いますが、他の先生には何度もそのお話をしたのに何もしてくれません。生徒のために、何とかしてくれませんか?」


 彼のようなタイプは、最初から「殺して」と言ってはいけない。徐々に詰めていく事が大事だ。


「私の子どもは、その教師のせいで自殺未遂にまで到りました。今は精神障害に陥り、専門の施設に収容されています」


 これで一気に相手の共感を得られる。


「実は私の息子も……」


 その言葉を引き出せれば、後は彼の心を縛るベルトをきつくしていくだけ。もちろん2人の精神障害者は同じ病院にいるというシナリオだ。


「殺してくれれば、あなた名義で病院に5000万円を支払います。そうすれば、息子さんはずっとそこで治療を受けられるはず。私の誠意として、前金の1000万円を振り込みます」


 あちらはかなり驚いただろう。すぐに病院へ確認し、自分名義で1000万円が振り込まれた事を確認した。


 高額を受け取ってしまった警備員の行動は1つ。「苦しむ生徒のため」「息子の未来のため」「金を払った精神障害を持つ金持ちのため」という大義名分で、英語教師を殺す。ただし、初めての殺人はイレギュラーな事が起こるもの。それも全て計算済みだ。


 シナリオを完璧に進行させるには、裏方の存在も重要となる。案の定、初めての殺人は成功しなかった。殺しきれなかったのだ。警備員は、夜遅く英語教師をグラウンドに呼び出した。そして何度も殴りつけたが、無意識にブレーキがかかったのだろう、殺すには到らなかった。


 大義名分より殺人に対する罪の意識が上位にきたら、行動はそこで止まる。彼は逃げだし、警備室に引きこもった。


「失敗した。あいつは死んではいない。どうしよう。この仕事はクビだ……」


 対象が生きている事を前提に、あらゆる不安に襲われただろう。だから翌朝、英語教師の死を知らされた時は顔面蒼白になったはずだ。もちろん確実な死を与えたのは、私の用意した裏方だ。


 大事なのは「警備員本人が殺したと思っている」事。後は警察と接触する前に受け取った富豪からのメッセージ。


「きっと昨夜、あの教師を殺してくれたと思います。病院へはあなた名義で残り4000万を振り込んでおきました。これであなたの息子も、少しは救われるでしょう」


 ここで彼は冷静になる。自分はお金を受け取って人を殺してしまったのだと。そう思い込んだら、それは事実となんら変わりはない。すると、このタイプの男の思考は1つの結論に到る。「私は死ぬべき人間だ」と。裏方は、彼の自殺までサポートしてくれる。


 何せその裏方は……彼を取り調べた刑事だからな。彼もまた、私のマッチングアプリを通して見つけた人物。これまで数件の殺人に携わっている、なかなか優秀な人材だ。


 警察が裏で暗躍するのは、何も映画やミステリーの世界だけではない。現実世界にはそういう「人材」が溢れていて、そのうち数人は今も私の元で仕事を手伝ってくれている。その裏方から「捜査が始まった」と連絡が来た。


「どういう事だ?」


 一人きりの部屋で、思わず声を上げた。今回用意したシナリオは完璧のはず。「英語教師を殺した警備員が自殺」という、短いストーリーで全てが終わるはずだった。実際ニュースやワイドショーでは、そう報道されている。


 捜査が始まる事自体がありえないし不可思議、ミステリーそのものだ。


 面白い。何かに気づいた者がいるのだろう。1人か? 複数か? 刑事コロンボか? 名探偵ホームズか? ミステリー作品なら、あちら側の人間が勝つだろう。しかし現実は必ずしもそうではないという事を教えてやろう。


 久しぶりに私自身が依頼する。私に近づく者を消し去れと。

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