夢ちゃんの角

ナナシマイ

第1話

 幽霊なんていない。

 そう、思っていたのに――。




 夢ちゃんは、クラスの人気者だ。

 明るくて、可愛くて、いつもにこにこしているから、誰とでも仲良くなれるのだ。ボクも、彼女とはよく話す。


 しかし――いや、人によっては更に、かもしれないが――、夢ちゃんは所謂「天然ちゃん」であった。

 時折ぼーっと空中を眺めては、まるでそこに何かがいるかのように視線を動かすことがある。そして実際に、「今、『良い幽霊』が通って行ったよ」なんて言い出すのだ。


 そうやってぼけっとした夢ちゃんは確かに可愛いし、授業中に男子が見惚れるのも分かる。しかし、だ。


「島崎くん。若い女の人がいるよ。良かったねぇ、守護霊だよ」

「あぁ……確か、親父のばあちゃんが、親父が生まれる前に死んじゃったって聞いたことあるな」

「そうなんだね。もしかしたら、見守っていてくれてるのかも」


 そんなことを言う夢ちゃん。さすがにそれは、どうかと思うよ……?


 ボクはそう思ったが、皆はそうでもないらしい。次々と群がり、自分も視てくれとせがみ始めた。

 夢ちゃんはそれにも笑顔を絶やさずに応え、その全員に幽霊が憑いていると言った。


 それは悪霊だったり、守護霊だったりと様々だった。女子はきゃあきゃあ言いながら楽しみ、男子は男子で互いの霊をからかって遊んでいる。


 何とも不思議な光景だ。幽霊なんて、誰にも見えていないはずなのに。


「ねぇ、そう言う夢ちゃんには憑いていないの?」


 女子の一人がそう言い出した。周りの子たちもそれに同意し、夢ちゃんに視線が集まる。


「私? えぇっとねぇ……」


 一瞬、彼女がこちらを見た気がした。まさかね。


「悪霊ではない、かな」

「へー! じゃあ良い霊?」

「ん? うーん、どうだろう。自分だとあんまり分からないみたいなの」


 夢ちゃんは、誤魔化すように教室の端に視線を向けた。窓際の、光が射し込んで明るくなっているところ。


「明るいところには、良い霊が集まるんだよ」


 自分にそう言い聞かせるように、彼女はうんうんと頷いた。




 今日も、夢ちゃんの周りにはクラスメイトが集まっていた。


 また幽霊の話でもしているのだろうか。ボクは耳をそばだててみる。が、今日は違ったようだ。


 流行りの有名人で、誰が格好良いとか、どういう人と付き合いたいかとか、そういう話。そしてそれは、だんだん身近な人の話に移っていく。たとえば、クラスメイトの男子のこととか。


「そういえばさぁ……」


 夢ちゃんの髪の毛を弄っていた女子が、そう切り出した。


「獏くんて、幽霊になってたりするのかなぁ?」


 静まる教室。


 他のところで話していた奴らも、聞き耳をたてていたのだろう。気まずそうにしている。


「ちょっとぉ、それ、『不謹慎』ってやつだよー!」

「そうだよね。ごめんごめん、忘れて?」


 話題を振った女子は、そうやって謝った。軽い言い方だが、教室内は幾分か雰囲気が和む。


 けれどもボクは見た。彼女の、夢ちゃんの口が動いたのを。

 それは空気を揺らすこともなく、ボクの視界だけに収まった。




 いるよ、と。

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