幸せを運ぶ伝説の島……【KAC20214】

ひより那

幸せはどこに……

 とある無人島にひとりの女性が住んでいた。


 名前は夏美、この地に住んで幾年月、既に住処は朽ち果て多くの草木が育っては枯れ育っては枯れを何回繰り返しただろう。


 彼女はなんでこんな場所にひとりで過ごしているのか。思い返しても何年前のことかも分からない。新たに私に会いに来るまだ見ぬ人々をじっと待っているのだ。




 そう、昔起きた出来事のように……




 夏美は新婚旅行に来ていた。


 夏美夫婦と4組の新婚の計5組。『南の島で新婚旅行をプレゼント』企画に当選した者たち。新婚同士で同世代ということもあって直ぐに仲良くなった。


「いやぁ、ラッキーだったね。旅費も無料、豪華ディナー付きの夜景がキレイなホテルで過ごす新婚旅行企画に当たるなんて」

「ホントねぇ、私たちはきっと素晴らしい運を与えられた同類なのかもしれないわ」


 応募総数は非公開だが確率は東京ドームに人をいっぱい詰め込んでひとつまみした程度だったと言われている。


 

 ドガン──


 飛行機が大きな音とともに一瞬傾いた。立て直したかと思ったが地震のように揺れ始め震度を増していく。


 飛行機の中は阿鼻叫喚、必死に助けを求め夫に抱きつく婦人たち、パラシュートなどの脱出器具を探し回る者たちとまるで地獄の様相。


 夏美は操縦席へと必死に向かうが揺れる機内で中々前に進まない。揺られては体をぶつけ痣を作りながら一生懸命に這っていく。


 バッキン──


 右翼が折れた音。同時に飛行機は大きく傾いて落下する。


 落下する飛行機、落下する人々。同じスピードで重力に引かれ無重力に弄ばれるようにふわふわ浮いた。


 フッっと恐怖とともに人々は意識を失うのであった。



○。○。○。○。



「ん、んんぅ……」


 打ち寄せる白く冷たい波によって微かに意識を取り戻す夏美、体は少しづつ力を取り戻し土を掴みながらゆっくりと立ち上がる。服は破れ体中に砂がまとわりついていた。


「な……」


 絶望的な光景。海には飛行機の一部が突き刺さり部品が撒き散っている。部品の合間を縫うように女性たちがうつ伏せになって倒れていた。


「みんな」


 アドレナリンが出ているのか熱くなった体が痛みを忘れさせ体を動かす。夏美は4人の女性の頬を叩き肩を揺すり必死に意識を取り戻させる。



 意識を取り戻した5人の女性、砂浜から見える崩れかかった掘っ立て小屋に避難。なぜこんな所に小屋があるのだろうと疑問に思った者はいたが、切羽詰まった状況に誰もがそのことについて触れなかった。


「これからどうしよう」


 ひとりの女性がボソッと漏らす。それを聞いたひとりが「あなた!」と立ち上がり見回すが小屋にいるのは5人の女性。そのまま慌てて外へと出ていった……続けて小屋を出る女性たち。


 残された夏美は、走り去る4人の女性を追いかける。


 向かった先は機体が散らばっている砂浜。


 

 彼女たちが男たちを見つけるのに時間はかからなかった。突き刺さった機体のたもとに5人は並んで死んでいた……。まるで寝ているように。


 女性たちは取り乱し男たちの元で泣き叫んだ。いくら喚いたところで魂がこの世に戻ってくることなんてないのに……


 数人はいつまで経ってもその場を離れようとはしない。夏美たちは今後のことを考えようと小屋に戻った。


 飛行機の墜落。救助までどうやって生き延びるか。ここはどこなのか。さまざまな議論が交わされる。


 そんなとき、ひとりの女性が一冊の日記を持って立っていた。


「ねぇ、この日記……」


 女はおもむろにページをめくるととんでもないことが書かれていた。


『やっと吸血鬼の島を見つけた。吸血鬼の血を持って帰れば彼はきっと生き返る』


 女が読み上げると目を輝かせひとりの女が「じゃあ私たちも吸血鬼の血を手に入れれば彼達を生き返らせることができるのね」と大声を上げた。


「吸血鬼といっても私たちじゃあかなわないんじゃない。むしろ眷属にされちゃったりして」とおどおど話す。


「でも彼達を生き返らせるチャンスなのよ」

「そうね、みんなで協力をすればきっと……」


 新婚生活をやり直す夢を見る女性たち……ひとりが「もう少し日記を読んでみましょうよ」と現実に引き戻す。


「そうね、何か吸血鬼を倒すヒントがあるかもしれないわね」


 彼の元に残った女性たちを集めて作戦会議を始めた。


『吸血鬼は島の中央にある城に独りで住んでいる』

『吸血鬼ってよわーい。色々準備したのにいらなかったわね』


 そんな言葉が綴られている。更にページを読み進めると……


『やっと吸血鬼の血液を手に入れた。これでやっと彼を生き返らせることが出来る……』


 いつのまにか本を取り囲んで食い入るように見つめている。4人は何かに取り憑かれたように目を見開き怪しい雰囲気を醸し出しているが、夏美だけは恐怖のオーラを感じ取って一歩引いた場所から様子を窺っていた。



「今日はもう遅いから明日みんなで考えましょ」という女性の言葉に「「そうね」」と同調して女性たちは床についた。

 

* * *


 ガタッと物音に反応して目が覚めた夏美。視線の先にひとりの女性が慌てて小屋を出て行くのが見えた。起き上がって小屋を見渡すが既に誰もおらず夏美ひとりが残されていた。


「もしかして」


 急いで扉を出ると僅かに覗かせた太陽の光が夏美の視界に飛び込んでくる。慌てて手で目を覆う。地面には折れた枝が散乱し足跡の形に葉が沈み込んでいる。


「みんな……まさか吸血鬼を探しに行ったんじゃ……」


 夏美に不安が生まれたが、直ぐに確信へと変わった。本を読んでいた時のみんなの表情……そしてこの状況。彼を生き返らせるためにお城に向かったに違いない。


 

 沢山の葉が落ちている深い森。足跡が奥の方へと続いている。中に入るにつれて足跡が徐々に薄くなっているが、誰かが目印に樹木を叩いて傷を付けながら進んだのか幹の一部が抉れている。


 湿った匂い、腐葉土の匂いがあちらこちらから漂ってくる。時折草葉がガサガサと動いては小動物が駆けていく。


 木々の隙間から見える小高い丘、そこに建っている城……城の形を様しているが3階建ての洋館程度の大きさしか無い。


 夏美の歩く足も次第に早くなる。


 ビチョ──


 踏み入れてしまった水たまり……それは赤く黒い。斑点となって森の奥へと続いている。


「あれ?」


 赤くも黒い血液が斑点となって道を標したはるか先に見える海。突き刺さった機体。森の中をグルグル巡ってこの場所に辿り着いていた。


「もしかして」


 夏美は気づいた。この赤くも黒い血液の主が吸血鬼のものであることを……慌てて洋館の中に駆け込む。


 2階へと続く血痕、3階へと続く血痕。そして一つの大きな扉へと続いている。


 扉は開かれ中央に横たわる……女性? 手足は切り取られ胴と頭しか無いが美しい女性がそこにいた。


「一緒にいた女性じゃない。もしかして吸血鬼……」


 今まで麻痺していた恐怖の感情が一気に吹き出し体は慄え膝をついて頭を抱える夏美。


「おい……お前はここに来た女達と仲間か」


 四肢を失い血の水たまりの中央にいる女性が声を発すると恐怖のあまり気を失ってしまった。


○。○。○。○。○。○。○。○。


「おい……おい、いい加減に起きろ」


 呼ばれる声に目を覚ます夏美。状況は変わっていない。不思議と恐怖が緩和されたのか恐怖を感じながらも「あなたは……吸血鬼なのですか」と声をかけた。


「おー、良かったぞ。まったくあの女たちは私の両手両足を一本づつもっていきよって」


 夏美の頭に一緒にいた女性たちが思い浮かぶ。


「ごめんなさい……その人達は彼氏を生き返らせようと吸血鬼の血を狙ったんだと思う」


 恐怖を申し訳無さが上回る。普通に会話できるおかげで目に見える事実に心が麻痺をしていた。


「まぁ良い。痛みを感じることはない。しかし些かこの体だと不便でな。お前、私を貰ってくれないか。吸血鬼の血を与えた死人がどうなるか見せてやろう」


 夏美は既に正常な思考ができなかったのだろう。グルグル巡る不安、少しでも早く逃げ出したい心が「はい……」と頷かせた。


「では私にキスをしろ。ちょこっとだけ私の血液を唇に付けてな」


 言われるがまま血液を指で拭い吸血鬼の唇になぞる。夏美は言葉を発することもなく吸い寄せられるようにキスをした。


「お前は夏美と言うのか……ありがとうな……これで私もやっと開放される……」



 夏美は理解した。自分が吸血鬼となったことに……吸血鬼であった『春香』の後を継いだことに……


 夏美は走った。顛末を知るために……


 

 そこには立っていたのは4人の男性。夏美はそっと「無理やり使者の国から戻され災難だったな」と男たちを開放すると音もなく崩れ去った。食いちぎられた女性たちの亡骸の上にそっと霧散した塵が積もり風と共に消えていく……


「吸血鬼の意識なき血液は眷属を作る……か」



 夏美は小屋へと入り日記をつける。私の存在を知らせるように……私の血を求めてもらえるように……


 私に会いに来るまだ見ぬ人々をじっと待っているのだ

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